第3話 大男と幼女
「よう、リュオナールじゃねえか! って、そっちの可愛い子ちゃんはお前さんのコレかい?」
小指を立ててニヤニヤしながら話しかけてきたのは、パシル・フラデリという俺と同じAランク冒険者だ。もちろんここアメインでのランクなので、王都に行けばよくてCといったところである。何かと俺に絡んでくる面倒な男で正直ウザい。
「初めまして、ユリアよ」
「へぇ、ちゃんと挨拶は出来るんだな」
案の定、パシルはユリアに興味を持ったようだ。無遠慮に彼女に近づくと、小さな顎をクイッと持ち上げて挑発的な笑みを浮かべている。
「おいパシリ、止めといた方がいいぞ」
「俺の名はパシリじゃねえ! パシルだっ! い、イテテテ」
彼が大声で叫んだ直後だった。ユリアは自分の顎をつまみ上げていた彼の腕を両手で掴むと、そのまま飛び上がって両足をかけたのである。たまらずバランスを失った巨体は仰向けに倒れ、腕をロックされたような状態になっていた。
後で聞いたのだが腕ひしぎ十字固めという、これも柔道の技らしい。
この騒ぎに何人かのギルメンが集まってきた。彼らは大男が小さな幼女に翻弄されている様を興味深そうに眺めている。どうでもいいけどユリア、パンツ見えてるぞ。
「降参しなさい。じゃないと腕が折れるわよ」
「なっ! ガキのくせに……」
「そう、ならもっと痛くしてあげる」
言うと彼女は背伸びでもするように体をグイッと反らせた。その瞬間、パシルの表情が苦悶に歪む。足をばたつかせて何とか起き上がろうとしているようだが、首に掛かった彼女の足のせいで自由に身動き出来ないようだ。
「暴れても無駄よ。早く降参しないと本当に折れちゃうんだから」
「い、痛ぇ! 分かった、降参だ! 降参する!」
あまりの情けなさに、見ていたギルメンが腹を抱えて笑い出した。あれ、そんなに痛いのかな。その思いは周りの者たちも同じようで、皆自分の腕を曲げたり伸ばしたりしている。
「ふう。まったく、レディに対する態度がなっちゃいないわね」
「お、おい、ユリア!」
「こんのクソガキがぁっ!」
ところがようやく腕を解放されたパシルが、鬼の形相で背後から彼女に掴みかかろうと迫っていた。いくら何でもやり過ぎだろうと、この後の展開を想像した数人が止めに入ろうとする。
たが、彼女が肩越しにパシルを見た瞬間だった。巨体がふわっと浮き上がったかと思うと、1回転して背中から床に落ちていたのである。
なるほど、俺がやられたのもあれだったんだ。
しかし彼女の反撃はそれだけに留まらなかった。なんと再び腕ひしぎ十字固めの体勢に入ったのである。
「降参したのに後ろから襲いかかるのは反則よ。今度は容赦しないわ」
その言葉と同時にユリアが大きく体を反らせると、ミシミシという嫌な音が聞こえてきた。
「い、いってえっ! いて……痛ぇっ!」
「私を小馬鹿にしたことを後悔なさい」
「やめっ! い、痛ぇっ! 降参する! 本当に降参するからっ! いぎっ! た、助けてっ!」
涙と鼻水を垂れ流して痛がるパシルの様子に、俺を含めた周りの誰もがその場から1歩も動けないでいた。やっぱりあれ、相当痛いんだ。武闘派として知られるパシルが、為す術もなく泣き叫ぶほどだし。
「お待ちなさい。もうその辺にしてあげなさいな」
「ギルマス?」
その時、凛と響く美しい声と共に現れたのはこのギルド、アメインのギルドマスターであるナハル・アメインだった。