第5話 余所行きの服が必要ね
「これが金貨千枚……!」
約束通り、オーギュドはあの数日後には王国からの報酬を届けてくれた。本来ならこのうちの6割をギルドに納めなければならないのだが、回収に来たナハルをユリアが追い返したのである。
「ギルドの取り分は600枚。頂くわね」
「あら、依頼書はあるのかしら?」
「依頼書?」
「悪いけど私とリュオはナハルさんが来る前から森に行こうとしてたの」
「でも契約だから……」
「だったら依頼書を出してみなさいよ。契約は正式な手続きが必要なものなの。知らないとは言わせないわ」
「緊急だったから依頼書は作ってなかったのよ」
「なら当然、今は持ってきてるわよね?」
「え? それは……」
「緊急だったから後出しで、と言うのなら分からなくもないわ。でもあれから数日経ってるのに依頼書は出さず、手ぶらでお金だけ取りに来るなんて、職務怠慢もいいところね」
ユリアの言っていることは正しい。ナハルにしては珍しいチョンボだが、金貨の数に目がくらんだということか。金の亡者め、ランパオスとの決闘では1ベルもファイトマネーを寄越さなかったのだ。いい気味だと思われても自業自得だろう。
ユリアにしても、乳当ての件を根に持っていたのかも知れない。
そんなこんなで結局彼女は、ナハルにただの1枚の金貨も渡さずに帰らせたというわけだ。
ところでユリアは決してケチということはない。その証拠に使用人全員と、屋敷で同居している家族に等しく金貨を1枚ずつ分け与えたのである。
「本当は必要な分を除いたら山分けにしてもいいんだけど、いきなり大金を手に入れると人間、おかしくなることがあるから」
金貨1枚、10万ベル程度なら何かちょっとした贅沢は出来ても、人が変わってしまうことはないだろう、というのが彼女の考えだった。
「ところでリュオ」
「うん?」
「この辺りの土地って高いの?」
「土地? うーん、そうだなぁ。高いと言えば高いけど、町の中心部と比べたら安い方だと思うよ」
「じゃあ、金貨500枚だとどのくらい買えるの?」
「この屋敷の土地10個分くらいかな」
俺たちが住んでいる広い屋敷は、およそ100メル四方の土地に建てられている。建築面積は幅80メルで奥行き40メルくらいだが、とにかく広大な庭と裏庭があるのだ。
それでも金貨50枚も出せば買える。何といってもマジナールは辺境の地なので、王都に比べたら土地の価格は雲泥の差があるということだ。
「そう。それは多過ぎるわね。ここの5分の1もあれば十分だから、そうすると金貨10枚くらい?」
「まあ妥当な線だな。狭くなれば多少は割高になる可能性はあるけど」
「そこに子供10人がゆったり暮らせるような建物を建てるとしたら、いくらくらいかかりそう?」
「そうだなぁ。材質にもよるけど、そこそこ頑丈に造っても金貨200枚もあればお釣りがくるんじゃないか?」
「なら問題ないわね」
「なあ、一体何を考えて……ってお前まさか!?」
「多分、そのまさかよ」
どうやらユリアは、リリーとシエナが営む児童養護施設を移転させようと考えているらしい。
「だって近くの森の向こうには、ドラゴンや魔道士を送り込んでくる敵性王国があるのよ。そんな危険な場所で子供たちが安心して暮らせるわけないじゃない」
「しかしあそこは王国の管轄だぞ。いくら土地と建物を用意しても、王国から許可をもらわないと……」
「忘れたの? 私たち、国王様にお呼ばれしてるのよ」
「お前まさか謁見の時に……?」
「渡りに船とはこのことだわ」
そう。はた迷惑なことにオーギュドは俺たち、というより主にユリアのことを王国に報告していたのだ。結果、国王の希望で謁見のために、近日中に王国から迎えが来ることになっていた。
しかもナハルも一緒に、である。
「ひとまず金貨はクラントンさんに預けるわね」
「かしこまりました」
「私たちが不在の時に何かあったら、遠慮なく使っていいわよ」
「心得ました」
万一強盗に押し入られでもしたら、金より命を守れと彼女は言う。もっともその時はきっちり報復するそうだ。
「それと悪いんだけど、私とリュオの余所行きの服を何着か買っておいてくれるかしら」
「そう言えば、まともな余所行きって持ってなかったな」
「お好みはございますか?」
「私は可愛ければいいけど、そうねぇ。思わずリュオが押し倒したくなるような、丈の短いワンピースなんかもあるといいかも」
「お、おい、ユリア!」
「ユリア様は何をお召しになってもお似合いかと存じます」
「お世辞って分かってても、クラントンさんに言われると嬉しいわね」
「お世辞などではございませんが、恐縮にございます」
こうして3日後には俺たちの余所行きの服も揃い、さらにその2日後、王国から迎えの馬車が到着したのだった。




