第2話 俺たちの負けだ
王都セントガルド、王城を中心に据えたカントナーラ王国の一大都市である。国王の名はガストローザ・クワイ・カントナーラ。先代から王位を継いで10年、特にこの3年で見事に王国の財政を再建した齢46の若き支配者だ。
「国王陛下におかれましては益々ご健勝のこと。謁見の栄誉に浴しましたるこの身は今この時、悦びに打ち震えております」
「うむ。冒険者オーギュド・マカエナーよ、面を上げるがよい」
「ははっ!」
王城の絢爛豪華な謁見の間では壇上の玉座に国王、隣には王女の姿があり、オーギュドの左右には剣を携えた衛兵がずらりと並んでいる。もちろん王国唯一のSランク冒険者には、彼らが束になっても敵うはずはない。
「其方を呼び立てたのには訳がある」
「何なりとお申し付け下さい」
「ムエノが治めるマジナールという町は知っておるか?」
「ザビドア王国に国境を接する町。もちろん存じております」
「その北の森、王国直轄の地にドラゴンが現れたとの報せが入った」
「なんと!」
「あの森は貧しい辺境の地に住む民が糧を得るための地だ」
本来そのような土地は、財政面から見ると捨て置くのが一般的である。なのに王国が気にかけるのは、そこが敵性国家であるザドビア王国と国境を接しているからにほかならなかった。
それにしても、ギルドで依頼は直接国王から聞けと言われてきてみたら、まさかドラゴン退治だったとは。
「森がドラゴンに荒らされれば、ザドビアに侵攻の足がかりを与えることになるだろう」
「仰せの通りかと」
「ドラゴンはザドビアの魔道士が呼び寄せたとの報告もある」
「それは明確な敵対行為と存じます」
「そこでだ、冒険者オーギュド・マカエナー」
「はっ!」
「見事ドラゴンを討伐し、ザドビアの陰謀を暴いて見せよ」
「1つ申し上げてよろしいでしょうか、陛下」
「許す」
「ドラゴン討伐は造作なきこと」
ここで周囲の衛兵たちから溜め息が漏れる。ドラゴン討伐は本来、多くの犠牲を伴う一大事業と言えるのだ。それをたった1人で、しかも彼は造作ないと言い放ったのである。むろん、彼の実力を知る彼らはそれを嘲笑ったのではなく、素直に感嘆したに過ぎない。
「ですが此度、私は万全を期すために、パーティーとして追加したい人物がおります」
「ほう。その者は其方の役に立つと言うのだな?」
「御意」
「ならばその者にも王国より金貨千枚を授与するものとしよう」
「はっ! ありがたきお言葉。その者の陛下に対する忠誠心は天をも貫くことでしょう」
「吉報を待っておる」
「ははっ!」
不公平だ。王城からの帰り道、オーギュドは肩に乗った妖精の頬をくすぐりながら思った。自分がアトロシーから提示された報酬は金貨200枚。5年前の討伐報酬が31人で400枚だったことを考えれば、今回は単独報酬だから決して安いというわけではない。
しかし、国王はその者にも、と言った。つまり王国はドラゴン討伐の報酬として、金貨千枚を1つの基準にしているということだ。
Sランク冒険者には多くの特典が与えられるとはいえ、ドラゴン討伐依頼を引き受けられる冒険者などそうはいない。さらに今回はザドビアの魔道士も捕らえるというオプションまでついている。それなのにギルドは、約定通りとはいえ8割もピンハネしたのだ。
「少しくらい色付けろよ」
確かに、敵に人間の魔道士1人が増えた程度で、依頼の遂行難易度が上がるわけではない。こちらには人が足許にも及ばない力と魔力を持ったフィーがいるからである。それでも釈然としないのに何ら変わりはなかった。
そんなことを考えていたのだが――
「まさかあっちの魔道士も神龍と会っていたとはな」
しかもフィーによると、彼が会ったソルアークとは比較にならない大きな神龍とのこと。そして今回現れたのはその神龍の眷属、フィー本来の姿の5倍ほどの大きさがある大物だ。とても勝ち目などなかった。
「オーギュド、しっかりして!」
「フィー、お前だけでも逃げろ」
敵のドラゴンに殴り飛ばされた彼は、ほぼ全身が傷だらけで骨折もしているようだ。即死でもおかしくなかったが、今は何とかフィーの回復魔法で命を繋ぎ止めているといったところだった。
「何を言っているの! 諦めないで!」
「君が生きていれば、僕はまた復活するんだろう?」
「貴方を置いて逃げることは出来ないの。これが私の枷よ」
フィーが何やら祈りの言葉を囁くと、その首に巻きついているものが見えた。
「そ、それは……!」
「貴方の髪よ」
「そんなもの引きちぎって……」
「これはソルアーク様の魔力で出来ているの。伸縮は自在だけど引きちぎるのは無理ね」
妖精はそう言うと力なく笑った。
フィーを越える力を持つ者が2人も現れるなんて、あの時神龍はそんなこと言ってなかった。だから彼は、辺境のマジナールの冒険者が旧ムエノ伯爵邸を与えられたと聞き、間違いなくその者がフィーを越える者だと確信したのである。
そして予想は的中。残念ながらソルアークより大きいとフィーが恐れた、ユリアとかいう女の子とはパーティーを組むことは出来なかったが、少なくとも敵対はしなかった。これで安心と高をくくっていたのに、まさかこんなことになるとは。
およそ3日に渡る戦闘で、フィーの魔力も尽きかけていた。もはや彼の全身を治癒させる魔力など残っていないだろう。それでも懸命に魔力を注ぐ妖精の姿に、彼は涙せずにはいられなかった。
「フィー、俺たちの負けだ。こっちにおいで」
「オーギュド……」
その時、わざとらしく足音を響かせながら、敵の魔道士が彼らの前に姿を現した。




