第9話 ドラゴン討伐
「ドラゴンが現れた! これより討伐隊を結成する。まずは志願する者!」
王都セントガルドにあるギルド・アトロシーはその日、東の山間にドラゴン飛来の報告を受けて、すぐさま討伐隊が結成されることとなった。今からおよそ5年ほど前のことである。
この作戦に王国軍の参戦はない。彼らは万一討伐に失敗した時、王都を護るための砦となるからだ。
「というのは建前で、アイツらは死にたくないだけなのさ」
「オーギュド、文句を言わないの! 今回の指揮官は貴方なんだから」
「ナハルはどうして来てくれないんだよ」
「私にはマジナールでギルドを引き継ぐって大仕事があるのよ。前から決まってたんだから仕方ないのよ」
「あんな辺境なんかに行かなくても、君ならいつでもAランクに上がってここで稼げるじゃないか」
「ムエノ伯爵閣下が王国に私を指名したの。私があそこに行くのは王国の命令なんだから、断れるわけないじゃない」
衣食住は男爵位クラスを保証、その上ギルド運営に必要な依頼は優先的に回すというのが、貴族ではない彼女に王国が提示した条件だった。つまりは屋敷から使用人に至るまで全て王国が用意し、運営に困ることがないように依頼も回すということである。
むろんアメインが辺境にあるにも関わらず、運転資金に事欠かないのはこの約定のお陰だった。
余談だが隣国ザビドア王国と国境を接する地、マジナールを治めるムエノ・サバルガ伯爵は彼女の実力を知っている。王国が彼女に提示した条件も、伯爵の強い要望があればこそのものだろう。故にナハルがこの誰もが羨む待遇で迎えられても、何ら不思議ではいのである。
オーギュドは結局、およそ30人の手勢を引き連れてドラゴン討伐に向かうことになった。報酬は金貨400枚。命を賭ける仕事としては安すぎるが、王国の財政状況を鑑みれば致し方ないだろう。
取り分を減らしたくなければ討伐隊の人数を減らすしかない。しかし今回はナハルが参戦しないのだから、30人でも心許ないのが彼の素直な心内だった。
「ナハルがいれば俺と2人だけで十分だったのに」
実は自分も不要という勘定を敢えてしないのは、彼のポジティブな思考故である。
「オーギュドさん、あれ……」
その時、冒険者の1人が前方の斜面を指さして囁いた。見ると500メルほど先にドラゴンが目を閉じて横たわっている。
「ど、ドラゴ……」
「しっ! 眠っているようだ。思ったより小さいな。あれならイケるぞ」
当時のオーギュドのランクはAだったが、彼以外の討伐隊は全てCランクだった。王都にあるギルド、中でもアトロシーのCランク冒険者は、地方ギルドならAランク相当の実力を備えている者もいる。それでも相手がドラゴンとなると、たとえ数十人が束になってかかっても全滅する危険性があった。
ただ、今回の相手は当初の予想とは異なり、彼の目には幼龍のように見えたのである。当然、幼龍は成龍に比べれば討伐は容易い。もちろん油断は禁物だが、オーギュドは自分の幸運を喜ばずにはいられなかった。これなら1人も死なせずに帰れる。
「ドラゴンに物理攻撃はまず効かない。火炎系の魔法も逆効果だ」
「氷の盾を使えるのは10人ほどです」
「悪魔の雄叫びは2人です」
氷の盾はドラゴンが吐く灼熱のブレスに対する防御壁となる。悪魔の雄叫びは一時的に敵の動きを止めることが出来る魔法だ。どちらもドラゴンの成熟度によっては意味を成さないこともあるが、目の前で眠っているドラゴンは幼い。まず間違いなく効果を発揮するだろう。
「氷の盾の展開と同時に悪魔の雄叫びだ。すぐにヤツは魔法に気づいて目を覚ますだろうが、すかさず残りの者で一斉に雷撃を食らわしてやれ」
ドラゴンに雷撃は定石通りの攻撃方法である。そしてオーギュドの雷撃は他の者たちと一線を画すほど強力だった。
「よし、いくぞ!」
「氷の盾!」
「悪魔の雄叫び!」
刹那、魔法に気づいたドラゴンが目を覚ます。しかしオーギュドの読み通り、悪魔の雄叫びによってその動きは完全に停止したように見えた。
「雷撃!」
ところが彼が勝負あったと思った時、雷撃は放たれず、氷の盾もいつの間にかなくなっていたのである。そしてふと異変に気づいて周囲を見回すと、先ほどまでそこにいた仲間たちの姿が忽然と消えていたのだ。
「ど、どういうことだ……」
思わず呟いた彼に向けて、ドラゴンの口が大きく開かれていた。




