第2話 柔よく剛を制す
「そう言えば、私まだ貴方の名前を聞いてなかったわ」
ギルドに向かう道中で、ユリアが思い出したようにつぶやいた。
「聞かれなかったからな。リュオナール・アキオス、25歳だ」
「へえ、20歳くらいにしか見えないわね」
「そ、そうか?」
なに喜んでるんだよ、俺。貫禄がないって言われたのも同然なのに。
「長い名前ね。リュオって呼んでいいかしら?」
「ああ、構わない。皆そう呼んでるし。ところでお前は何歳の設定なんだ?」
「設定って……まあいいわ。8歳よ」
どうやら俺の見立てに間違いはなかったらしい。
「女神様が言うには、無限の魔力を大人の身体で持ってしまったら大変なことになるからだって」
「大変なこと?」
「この世界の魔法の威力って、魔力量に依存するものもあるんでしょう?」
お前が授かったと言うメテオレインがその代表例だけどな。
「だからこんな小さな子供にしたって言ってたわ。でもそれ以外の女の機能は全て満たしているそうよ」
「女の機能?」
「行為も出来るし、子供も産めるって言ってたわ」
「行為……」
いいから腕に纏わりついて、上目遣いで見るのをやめろって。思わず生唾飲みこんじまったじゃねえか。体型はともかく、顔だけはめちゃくちゃ可愛いんだから。
「お前、本当にアタマ大丈夫か?」
「失礼ね! これでも前世ではモテモテの女子大生だったんだから!」
「じょしだいせい?」
わけ分からん単語を口にしやがって。
「取っかえ引っかえ男たちを……」
「マジかよ」
「でも……だったの……」
「は? 聞こえなかったんだけど」
「処女だったって言ったのよ!」
「だって今、男を取っかえ引っかえって……」
「いざとなると怖くて、男の人を突き飛ばして逃げてたのよ! 悪い!?」
「わ、悪くはないけど……そうは言っても男に力で敵うものでもないだろう?」
「私、柔道でインターハイ優勝経験があるの」
またまた分からない単語が飛び出したので、意味を聞いて驚いたよ。柔道というのが格闘技で、インターハイという競技で優勝するには相当の実力を要するらしい。並の男性なら、組み合ってからわずか数秒も立っていられないとか。一体どんな格闘技なんだろう。
「しかし今はそんな小さな体だし、これなら俺にも勝ち目が……」
「試してみる?」
そう言ってユリアが俺から離れたので、すかさず彼女の腕を捕まえて組み敷いてやろうと力をこめた。いや、もちろん組み敷くだけでそれ以上は何もする気はなかったよ。だがそう思った次の瞬間、俺の目には広大な青空が広がっていた。あと背中が痛い。
「は、はれ?」
「どう、これで分かったかしら?」
彼女は俺の顔を上からのぞき込むようにして微笑んでいる。おいおいちょっと待て。一体何が起きたっていうんだよ。
「なんで俺は仰向けに寝てるんだ?」
「私に投げ飛ばされたからに決まってるじゃない」
「な、投げ飛ばされただぁ!?」
「柔よく剛を制す。これが柔道よ」
起きるのに手を貸してくれようとしたが、それではあまりに情けないので俺は自力で起き上がった。しかし今のはどういう原理だよ。俺は確かに彼女の腕を掴んだはずだ。だが、その先の記憶がない。まさかこれも女神様から授かった魔法とでも言うのだろうか。
「まだ分かってないみたいね。いい? 貴方が私に体当たりしようと一直線に走ってきたとするでしょ?」
「あ? ああ」
「でもぶつかる寸前で、私が体を横に逸らしたらどうなると思う?」
「まあ、勢い余って何歩か走るだろうな」
「そう。その時に私が足をこう出したら?」
「そりゃお前、転ばされるに決まってるじゃないか」
「つまりそういうこと。体格差があっても相手の力を利用すれば、弱い方にも勝ち目があるってことなの」
騙された気もしないではないが、言ってることは理に適っている。それでも、大の男が8歳の幼女に投げ飛ばされたというのは納得がいかない。だから今度は後ろから羽交い締めにして、押し倒してやろうとしたのだが――
「ってえ……」
「バカね、諦めなさい」
背負い投げという技で、俺は再び背中を地面にしこたま打ちつけていた。