第3話 体長3メルの子熊
鉄腕熊が目撃された地点まで2キメルとは言っても、道があるわけではないのでおそらく1時間くらいはかかるだろう。しかも相手は生きているのだから、いつまでも1つ所に留まっているはずはない。
それでも俺とユリアは辺りに注意を払いながら、ひとまず魔物が出たという場所を目指した。
「ねえ、リュオ」
「うん?」
「子供たち、気にならない?」
「やっぱりお前もそう思うか?」
姿が見えなくなったスコットとカレンは、施設では年長組らしい。リリーともう1人の職員であるシエナをよく手伝い、他の小さな子供たちの面倒を見てくれるそうだ。
その2人が森に入ったのではないかというリリーの不安には理由があった。ドロムが話していた通り予算に困窮している施設の食事は、森で採れる山菜がメインだったのである。
「自分たちで食べる以外にも肉や魚を得るために、町で売る分も採っていたそうだからな」
「それが出来ないなんて死活問題よね」
「リリーとシエナが困っているのを見ていたって言うし、責任感も強いとなると……」
「ドロムさんの目を盗んで森に入ったということも十分に考えられるわ」
「鉄腕熊にとって人間の子供は格好の餌食だ。森に入ったとしても出くわさなければいいんだが……」
その時、グワーッという動物の鳴き声と子供の悲鳴が俺たちの耳に届いた。悪い状況は重なるものだ。どうやら子供たちは森に入り、そして鉄腕熊に見つかってしまったらしい。
「ユリア!」
「行くわよ!」
声のした方に駆け出すと、前方50メルほど先の木陰から手を繋いだ子供2人が飛び出してきた。続いてすぐ後ろに、体長3メルはありそうな鉄腕熊が現れたのである。
「子熊だな」
「あ、あれで子熊!?」
「まずいぞ。近くに親熊もいるはずだ」
親熊は子熊の倍の大きさはあるだろう。
「クソッ! ウインドカッター!」
あと数メルで子供たちに手が届くところまで来ていた子熊に、俺は風魔法のウインドカッターを放った。しかし案の定、ヤツは魔法を感知して素早く身を躱す。だがそれでいい。ハナから当たるとは思っていなかったからだ。俺の目的は、子供たちと子熊の距離を離すことだった。
そこで2人の子供は俺たちに気づき、一目散にこちらに走ってくる。
「た、助けてっ!」
「スコットとカレンだな?」
「どうして僕たちの名前を……?」
「そんなことはどうでもいい。 早くその木の影に隠れて!」
親熊の姿が見えないのは妙だ。子連れの鉄腕熊は決して子熊の傍から離れないからである。しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。子熊とはいえ相手は歴とした鉄腕熊である。倒さなければこちらが食われてしまうのだ。
「ユリア、イルーチの小瓶をヤツに投げつけてくれ」
「分かったわ!」
投げた小瓶を俺がブリーズの魔法でコントロールして、子熊に当てるという作戦だ。もちろん、そんなことをしても手で振り払われるだけだろう。それにこんな小瓶が命中したところで、ヤツには小さな傷すら負わせることは叶わない。だが、こちらの狙いはまさにそこにあるのだ。
「投げるわよ!」
「ブリーズ!」
ユリアが放り投げた小瓶は見事に俺の魔法の風に乗り、一直線に子熊へと向かった。それを見た子熊は右に左にと体をずらすが、俺はその度にブリーズで軌道修正する。魔法に狙われているのではなく、物が飛んでくるのでヤツも戸惑っているようだ。
やがて小瓶は子熊の鼻先に到達し、思惑通り鉄のように硬い皮膚で覆われた腕で払われた。
パリンッというガラスが割れる音と共に、中の液体が子熊の腕に飛び散る。そして次の瞬間、子熊は悲鳴のような咆哮を上げるのだった。




