第10話 一夫多妻制の女神
「今さらだけど、本当によかったのか?」
「何がでしょうか」
「婚約解消のことだよ」
夕食を終えてしばらくした後、アントナとクラントン、それにロージーは一旦帰宅したのでこの場にはいなかった。アントナは奥さんに、ロージーは母親にこの屋敷への引っ越しの件を話すためだ。クラントンは独り身なので、荷物をまとめると言っていた。
残ったルーナは、ひとまず今夜はここに泊まらせることにした。両親は健在だが彼女は独り暮らしだったため、万全を期してのことである。カイゼルたちが短気を起こさないとも限らないというわけだ。
「はい。正直に申しますと、今はまだ信じられません。ですがさっきの彼を見て、未練はもう残っておりませんので」
「さっぱりしてんなぁ」
「リュオって本当にバカね」
「な、何でだよ!」
「楽しかった思い出だってたくさんあるのだから、辛くないわけがないでしょ! まったく、これだから男は……」
「いえ、ユリア様。確かにその通りなのですが、それはもうここ数カ月で慣れましたので」
カイゼルが変わってしまった直後は、彼女も毎晩泣いて過ごしていたらしい。しかしもうダメかも知れないと覚った瞬間から、どこか冷めた気持ちになっていたのも事実だという。優しかった彼の面影は、彼女の中にはもうほとんど残っていないそうだ。
「それに私、決めたんです」
「決めた? 何を?」
「ユリア様とリュオナール様に、一生涯お仕えさせて頂こうと」
俺とユリアは思わず互いに顔を見合わせた。そこまで言ってもらえるのはありがたいが、いずれは彼女にも幸せな結婚生活を送ってもらいたいと思う。ま、どうしてもと言うなら俺がもらってもいいかも知れない。ルーナは年上だけどその分色っぽさを感じるし、何より性格が優しそうだ。
「リュオ、今イヤラシイこと考えたでしょ」
「へ?」
コイツ、俺の心が読めるんじゃないだろうな。
「貴方の腕も折っちゃえばよかったかしら」
「待て待て、考えてないって!」
「ホントにぃ?」
「イヤラシイこと?」
ルーナ、その時間差攻撃はやめてくれ。
「リュオってば、きっとそれならいっそルーナを俺の嫁に、くらいに考えてたのよ」
「まあ!」
まあ、じゃねえ!
「リュオナール様、ありがとうございます」
「いや、だからぁ……」
「でも申し訳ありません」
「へ?」
「え?」
俺とユリアは再び顔を見合わせた。
「さすがに今はまだそこまで心に余裕がありませんし、私は年下の男性を恋愛の対象に見ることが出来ないのです」
「あ? あ、ああ、そう……」
「残念だったわね、リュオ。告白してもいないのにフラれちゃって」
憎まれ口を叩いてはいるが、ユリアがホッとしているように見える。まさかマジで俺に惚れてるんじゃないだろうな。まあ、抱かれてもいいみたいなことは言ってたし、実際そんな行動もしてるから嫌われてはいないのだろうけど。
しかし、だとしたら最低あと7年は待ってくれ。そして今のまま成長してくれたら、俺は間違いなくお前を嫁にするから。
「お前なぁ」
「あ! も、申し訳ありません! 私そんなつもりでは……」
「あはは、いいっていいって」
「あ、でも……」
「うん?」
「ロージーはリュオナール様のことを、今まで会った中で1番素敵な男性だって言ってましたよ」
マジか! だがルーナ、それは俺だけに伝えてくれればいいことだよ。見ろ、ユリアの表情が変わっちゃったじゃないか。
「リュオ!」
「ひゃいっ!」
「私が1番! それだけは忘れないで!」
この時、俺に一夫多妻制の女神が微笑んだのは間違いなかった。




