第9話 婚約は解消よ
「ぎゃぁっ!」
カイゼルの連れがまさにユリアに掴みかかろうとした瞬間だった。彼らは技をかけられているカイゼルと同じ左腕を押さえながら、転げ回りだしたのである。てかウソだろ、俺の腕もめちゃくちゃ痛いんだけど。
「って、てぇっ! ユリアっ!」
いやこれ、痛いなんてもんじゃないぞ。肘が勝手に逆方向に曲がろうとしている。
「ユリア、やめっ! お、折れる……!」
何で俺まで奴らと同じ目に遭わされなきゃいけないんだよ。仕方なしにバンバン地面を叩いて降参の意思を伝えると、必死の形相の俺を見て彼女はクスッと笑った。それでようやく痛みは治まったが、俺を真似て地面を叩いている彼らはまだ続いているようだ。
「貴方たちに降参なんかさせるわけないじゃない」
「ユリア、これは一体……?」
「ちょっと待って、折っちゃうから」
「や、やめ……ぎゃぁっ!」
「折っちゃうって……」
ユリアの体がひときわ大きく反り返ったのと、ボキッという音が聞こえたのはほぼ同時だった。しかもカイゼルを含めた6人全員からである。彼らの中には泡を吹いて気を失っていたり、失禁している者もいた。
「えげつねぇなぁ」
「痛覚共鳴って魔法なの。複数の相手を1度に苦しめるための拷問魔法らしいわ」
「拷問……」
「痛かった?」
「そ、そうだっ! 痛いなんてもんじゃなかったぞ」
「えへへ、あと一息で折れちゃうところだったもんね」
「お前なぁ……」
えへへ、じゃねえよ。それにしてもこの小さな体で大の男の腕を折ってしまうとは。ユリアが凄いのかじゅうどうが凄いのか。
「うう……痛ぇ……助けてくれ……」
「助けてあげてもいいけど、これにサインしなさい」
「誓約書?」
ユリアが彼らに突きつけた紙に書かれていたのは、2度とルーナに手出しをしないことと、これまでの悪行を反省して今後は真っ当に生きていくことを誓うという内容だった。強請たかりで得た金の返還も無論のことである。そしてこの誓約書はルーナも了承済みだ。彼女は完全にカイゼルとの決別を決めたのである。
「アメインのギルマスに口利いてやるから真面目に働け。ルーナにたかるくらいだし、どうせ脅し取った金なんて使っちまって残ってないんだろう?」
「うっ……」
「言っておくが、ギルマスのナハルは王都のギルドでBランクだったそうだ。なめてかかると痛い目を見るぞ」
「そんなぁ」
「あら、嫌ならいいのよ。言っておくけど、折れるのは腕だけじゃないんだから」
ユリアは自分の首をちょんちょんとやりながら言ったので、男たちは一斉に青ざめていた。
「ちゃんと働いて、今まで迷惑をかけた町の人たちに詫びるんだな」
「くっ……」
彼らはユリアに、誓約書にサインすると約束して折れた腕を治してもらった。さすがにサインするまで我慢させるのは無理だと考えたのだろう。そして6枚の誓約書はルーナが受け取り、管理することとなった。
「カイゼル」
「何だよルーナ」
「最後に一言、クラントンさんに謝って」
「はぁ?」
「そうだな。それは必要だ」
「暴力は犯罪よ。ここにいる私たちが見たんだから、謝らないと言うなら王国警備隊に届けなければいけなくなるわ」
「おまっ! 婚約者の俺を突き出すってか!」
「申し訳ないけど貴方との婚約は解消よ」
「諦めた方がいいわよ。女は1度心が離れると戻るのは難しいの。たとえ貴方が改心したとしてもね」
初めてユリアから20歳っぽい言葉を聞いたような気がする。
「さあ、早く謝って!」
「す、すみませんでした」
「逃げようなんて考えないことね。そんなことをしたら、次は折れっぱなしにするわよ」
「ひ、ひぃっ!」
ユリアはカイゼルに近寄って、軽く彼の袖口に触れただけだ。しかし彼は飛び上がって、今にも泣きそうな顔を見せていた。治してもらったとはいえ、容赦なく腕を折られたのだ。無理もないだろう。
その後、俺はギルドに下働きとして6人を紹介し、事情を知っているギルマスは彼らをこき使いまくることを約束してくれたのだった。




