第8話 クソガキゃぁ!
「どうした?」
「擦り傷でもよろしければ……」
そう言って袖をまくったルーナの肘から下には、痛々しい擦り傷が出来上がっていた。
「どうしたの、それ?」
「今朝カイゼルに会った時に突き飛ばされて……」
金をせびられて拒んだらやられたらしい。結局それ以上暴力を振るわれたら仕事に差し支えると考え、彼女は仕方なく1万ベルを渡したそうだ。
「可哀想に、痛かったでしょう。そういうことは早く言いなさい」
「も、申し訳ございません」
ユリアは改めてもう1度魔道書を開いてから、治癒魔法の使い方を確認して頷いた。
「じゃ、やってみるわよ」
「お願い致します」
ルーナの傷にユリアが手をかざす。すると彼女の手先からキラキラと淡い光が降り注ぎ、次の瞬間には傷が跡形もなく消えていた。
「おおっ!」
「す、すごい! 痛みも消えました!」
「まったく、女の子の体に傷を負わせるなんて、ロクな男じゃないわね」
「ホントだな」
「昔はあんな人じゃなかったんです」
「決めたわ」
ユリアが拳を握りながら呟く。そのぷくっとした手も可愛いぞ。
「決めたって何を?」
「うんっと痛くしてやるのよ」
「ああ、例のうでひしぎ何とかだっけ。だけど相手は6人もいるのにどうするんだ?」
「まあ見てるといいわ。面白い魔法を見つけたの」
「面白い魔法?」
「そう言えばリュオもあれの痛さに興味を持ってたわよね?」
「い、いや、別に俺は……」
「うふふ、楽しみにしてるといいわ」
そう言って笑うユリアの表情に、俺は底知れぬ恐怖を感じずにはいられなかった。
◆◇◆◇
「どういうことだよ!」
一般的には間もなく夕食時を迎えようという時刻、屋敷の外が騒がしくなった。やってきたカイゼルたちの相手をしているのはクラントンである。
「来たわね」
「ユリア、その格好は?」
「柔道着よ」
「じゅうどうぎ?」
ユリアによると、魔法は何もないところから物を生み出すことは出来ないが、素材があれば作り直すことは可能らしい。つまりじゅうどうぎという服を作るためには、布なり何なりの繊維があればいいということである。
「ちょうど丈夫そうな生地があったから、それを使って作ったの」
そう言って彼女が指さしたのはカーテンだった。屋敷の中を見て回って、誰も使わないと思われる小さな部屋から拝借してきたという。目の覚めるような鮮やかな青は、ユリアが元いたニホンの物をイメージしたそうだ。
「その白地に丸くて赤いシミはなんだ?」
「失礼ね。これは日本の国旗よ」
「国旗? 赤い丸が?」
「日の丸って言うの。説明が面倒だからこれ以上は聞かないで」
またそれかよ。
「おいルーナ! いるのは分かってるんだ。出てこい!」
「ユリア様……」
「何も心配しなくていいわ。さ、行きましょ」
「はい」
ユリアがルーナを伴って玄関に向かったので、慌てて俺も後について行く。扉を開けるとクラントンの胸ぐらを掴んでいた男が、彼女たちを交互に見てから俺を睨みつけてきた。
「アンタがAランクの冒険者か?」
「そうだが」
彼は乱暴にクラントンを突き飛ばし、肩を怒らせながら5人の仲間を引き連れて近寄ってきた。
「クラントンさんに何ということを……」
「ルーナ! このオッサンが俺たちを屋敷に入れないってほざきやがったんだが、そんなこたぁねぇよな?」
「カイゼル、ユリア様のお許しが出なかったの」
「ユリア様? 俺が聞いたソイツの名前はリュオ何とかだったぞ」
人を指さすな。無礼な男だ。
「ユリアってのは目の前の青い服を着た女の子のことだ。もちろん、俺も許可しないがな」
「何だと! マジナールの冒険者風情が笑わせるな!」
「待ちなさい!」
怒り心頭という感じで俺に殴りかかろうとしたカイゼルをユリアが止める。さすがに見た目が幼女なので、彼女まで突き飛ばす訳にはいかないと考えたのだろう。彼は拳を振り上げたまま、立ち止まってユリアを憎々しげに睨みつけた。
「ガキはすっこんでろ!」
「リュオのことをバカにしてるみたいだけど、貴方の相手は私で十分よ」
「な、何をっ!」
「悔しかったらかかってきなさい。子供だからって手加減なんていらないわ」
「こんの、クソガキゃぁ!」
どこまでも愚かな男だ。いくら挑発されたからといって子供の、しかも女の子に本気で殴りかかる奴があるか。
だが思った通りだった。ユリアは彼の腕を掴むと、そのまま俺がやられたのと同じようにせおいなげという技で投げ飛ばしたのである。そして――
「い、痛ぇ! 離せ! 痛ぇっ!」
あっという間にうでひしぎじゅうじがためが決まっていた。すかさず彼女は大きく体を反らせ、カイゼルの腕からミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
「痛ぇ! おい誰か! このガキを何とか……痛ぇ!」
「こ、コイツっ!」
呆気に取られていた男の1人が我に返り、ユリアの許に走り寄る。しかしこの時、俺には彼女が微かに鼻で笑ったように感じたのだった。




