第1話 神話級の魔法
グゥ、キュルルル~。
家についた途端、幼女の腹が可愛らしい音を奏でた。他人の空腹音なんて聞いたのは何年ぶりだろう。だが当の彼女は、心外とばかりに俺を睨みつけてきている。
「腹が減ってるのか?」
「し、仕方ないでしょ! あんな森に放り出されて、何が食べられるのか分からなかったんだから!」
「まあ、そういきり立つなって。とりあえずパンとミルクでいいか?」
「パンとミルク……もう何でもいいわよ!」
椅子に座って足をぶらぶらさせている姿は幼女そのものなのに、可愛らしい口から出てくる言葉はどこか大人びている。それでも、20歳という設定の割には礼儀を知らないらしい。やっぱり年相応の幼女なんじゃないのか。
憎まれ口を叩いた傍から、目の前のパンとミルクをあっという間に平らげてしまったし。
「私の名はゆりあ、花の百合に愛と書いてゆりあね」
なんだなんだ、聞いてもいないのにいきなり名乗ったよ。だが言ってることがさっぱりだ。可哀想に、やはり頭がおかしくなっちまったんだな。
「何だそれ? 意味が分からねえ」
「そっか、こっちの世界では漢字とかないのね。ならユリアでいいわ」
どこが違うのか分からないが、とにかくこの幼女はユリアという名前らしい。
「こっちの世界って何だよ。まるで別の世界があるみたいに言うんだな」
「だからそう言ったじゃない。私は前世で死んだんだって。こことは別の、日本という国がある世界でね」
「ニホン? そんな王国は聞いたことが……」
「貴方バカなの? たった今別の世界って……」
「あ~、分かった分かった」
面倒臭い。これ以上幼女の与太話に付き合ってられるか。それより早いとこギルドに火噴き豚を届けて、報酬を受け取らないと今夜の晩飯が抜きになる。それにコイツを助ける時に倒した方は生だから、時間が経てば経つほど値が下がるのだ。ところが彼女の言葉は、俺の思考を停止させるのに十分だった。
「それより貴方、メテオレインって魔法知ってる?」
「メテオレイン……? ああ、神話級の魔法と言われているが、使える奴は見たことがないな」
メテオレインとは、辺り一面に無数の巨大な火の玉を降らせ焦土と化す極大範囲魔法だ。火の玉とは言っても実際は無属性で、火に耐性を持つ防具や魔法も役には立たない。しかも威力は術者の保有する魔力に依存し、場合によっては大陸を1つ潰してしまうほど強力な魔法である。
「どうやって使えばいいのかしら」
「はぁ? 俺に分かるわけないだろ。てか、どうしてそんなことを聞くんだ?」
「転生する時にちょーすごい魔法が欲しいって言ったら、女神様がくれたの」
「ちょっと待て。女神様って言ったか?」
出会った直後もそんなことを言っていた気がするが、あの時は聞き流してしまった。
「ええ。私の死に方が不幸だったから特別なんだって。魔力も無限だって言ってたけど、使い方が分からないんじゃしょうがないわよね」
「ま、まさかその女神様ってアテルナ様……?」
「確かそんな名前だったと思うけど」
神話に伝えられる、かつてこの地の魔族を一蹴した軍神アテルナ。その女神が魔族を滅ぼす時に使ったのが、メテオレインと言われている。お陰で魔族のほとんどが死に絶え、わずかに残った彼らは人間の住むところから離れた森などで、ひっそりと暮らす羽目になったのだ。コイツ、そのアテルナ神と会ったと言うのか。
「うっかりしてたわ。女神様も教えてくれればよかったのに」
「お、おいっ!」
「何よ急に大声出して。びっくりするじゃない」
「他には?」
「はい?」
「他にはどんな魔法を授けてもらったんだ!?」
「それだけよ。あとは魔力が無限だから何でも出来るでしょって」
彼女の言葉が事実なら、このユリアと名乗った幼女はとんでもない化け物ということになる。
だが待て、これは単なる彼女の妄想かも知れない。メテオレインという魔法名だって、神話を聞いたことがあればこの年で知っていたとしても不思議はないのだ。しかし、一笑に付すにはどうしても躊躇われる。よし、それなら――
「お前、ユリアだっけか。俺についてこい」
「どこへ?」
「ギルド、アメインへさ」
「そこに行けば私の魔法の使い方も分かる?」
「さあな、言ったろ。使える奴なんか見たことがないって」
「そう。それは残念だわ」
肩を落としてシュンとする姿がまた、何とも庇護欲をそそる。いかんいかん、相手は幼女だ。庇護欲から征服欲に飛び越えそうになるのを、俺は頭を振って必死に自分を制するのだった。