第7話 ちょっとでいいの
「あの、出来れば私もご相談させて頂きたいことが……」
雰囲気的に言い出しにくかったのだろう。ようやくルーナの話が一段落したところで、ロージーが恐る恐る手を挙げた。それにしてもこの子は本当に可愛いな。
「何だい、相談って?」
「私には病気の母がおりまして」
「病気?」
「はい。寝たきりになって3年になります」
「それで?」
「母も一緒に、というわけにはいきませんでしょうか」
そんなことか。
「別に構わないと思うけど、ユリアはどうだ?」
「その病気というのはもう治らないの?」
「いえ、お医者様からはきちんと栄養のある物を食べて療養すれば、治る可能性があると言われました」
しかしその栄養のある物というのが実は曲者で、一般の人にはそうそう買える値段ではないのである。ましてロージーの父親は早くに流行病で亡くなっており、母1人娘1人の母子家庭だ。これまでの彼女の収入だけでは、食べていくだけで精一杯ということだった。
「そういうことなら問題ないわ。遠慮せずお母様と引っ越してらっしゃい」
「あ、ありがとうございます!」
「それにしてもユリア様は、とても聡明で慈悲深いお方ですね」
クラントンが、これまでのユリアに対する感想を口にした。
「そのような主様にお仕え出来るこの身を、とても幸せに感じます」
「よ、よしてよ。人として当然のことをしているだけなんだから」
そう言いながらも、満更ではない様子の彼女は見ていて笑える。それはそれとして見た目は幼女でも、中身は異世界のニホンというところから来た20歳のじょしだいせい、ということは黙っておいた方がいいだろう。
「そうそう、ユリアちゃん」
「何かしら、ナハルさん」
「これ、貴女にあげるわ」
ギルマスが彼女に差し出したのは、辞典のような分厚い本だった。表紙には魔法大辞典と書かれている。って待て待て、それってまさか――
「ま、魔道書!?」
通称魔道書と呼ばれる魔法大辞典は、王国全体でも非常に希少価値が高いと言われている書物である。加えて、たとえ金があっても部数自体があり得ないほど少ないので、簡単に手に入る代物ではないのだ。それをあげるって……
「ユリアちゃんの魔力は無限だって言ってたし、他の魔法も使えるんじゃないかと思ったのよ」
「ふーん、ちょっと見せてもらえるかしら」
ユリアはギルマスから魔道書を受け取ると、パラパラとページをめくって何やら頷いている。なるほど、彼女が女神であるアテルナ様に言われた何でも出来るとの言葉は、これに通じていたのか。
「面白いわね。病気を治すには高度な医学の知識が必要だけど、外傷ならわりと簡単に治せるみたい」
「そうなのか?」
「ええ。しかもほぼ全ての魔法に共通して、事象をしっかりとイメージ出来れば呪文の詠唱も必要ないって書いてあるわ」
「マジかよ」
すると俺が風魔法を使う時に唱えている呪文も、実はいらなかったということなのか。そう考えると、今まで得意になって大声で唱えていた自分が恥ずかしく思えるよ。
「でも無詠唱で魔法を使うには、相当な訓練を要するんだって」
「ま、そりゃそうだろうな」
簡単に出来ないから、みんな魔法を使う時には呪文を唱えているということだ。ちょっとホッとした。
「試してみたいわね」
「怪我人なんていないぞ」
「別に治癒魔法じゃなくてもいいのよ。火を起こすとか水を操るとか」
「そういった類の魔法はやめておけ」
能力測定の時に使ったメテオレインのことを忘れたのかと、俺は小声で彼女を窘めた。小さな火を出すつもりが、コイツの尋常じゃない魔力では大火事にさえなりかねないからだ。
「仕方ない。ねえリュオ、ちょっとでいいの」
「な、何だよ」
「その腰のナイフでちょっとだけ、指を切ってみてくれない?」
「はぁ? 無茶言うな!」
「大丈夫よ。すぐに治してあげるから」
「ちっとも大丈夫じゃねえ!」
「あの……」
その時、俺たちの言い合いに割り込んできたのはルーナだった。




