第3話 顔は近いし柔らかいし
「で、どうしてクビになっちゃったの? 何かヘマでもやらかしたとか?」
「おいユリア、失礼だぞ」
アントナは苦笑いしながら話を続ける。
「陛下のお食事に髪の毛が入っていたのです」
「国王に出す食事なのに、ちゃんと確認したりしないの?」
「毒物は陛下のお召し上がり直前に宮廷魔導師がチェックします。ですが髪の毛などの異物に関しては、盛り付けの段階で細心の注意を払っており……」
「ふーん。でも実際には入ってたってわけね」
ユリアのヤツ、言いにくいことをズケズケと言いやがって。そう思って彼女を睨みつけたが、意に介さずといった感じで流されてしまった。
「ねえ、アントナさん」
「何でしょう?」
「お料理する時はいつもその帽子を被ってるのかしら?」
「もちろんです。汗や髪の毛が料理に入ってしまうのを防ぐ意味もございますので」
「それを被ってて、国王のお皿に髪の毛っておかしくない?」
「ですが事実は事実ですし、もう済んだことです」
ユリアは納得していないようだったが、この後のアントナの話を聞いて落ち着いたようだった。ま、それはそれとしてだ。
「アントナ、余った肉は持って帰るといい」
「よろしいのですか?」
「さすがに豚1頭は食い切れないさ。施設の子供たちに腹いっぱい食わせてやれ」
「旦那様……」
「だ、旦那様ぁ?」
「違うのですか?」
「いや、その呼び方はやめてくれ。なんか小っ恥ずかしい」
「でしたらリュオナール様と呼ばせて頂きます」
「私もユリアでいいわ」
「ではユリア様、今後ともよろしくお願い致します」
その後、厨房の片付けを終わらせたアントナは、何度も礼を言いながら肉を持ち帰ったのである。
◆◇◆◇
「それにしても驚いたわね」
「ああ、まさか王国騎士団がそこまで陰湿だったとは」
王城の総料理長ともなれば、報酬はかなりの額になる。しかし騎士団にとっては、それが面白くなかったらしい。自分たちは命を張って王国を護っているのに、ただ料理を作るだけで何倍もの金を手にしやがって、というのが彼らの言い分だ。
はっきり言って言いがかりも甚だしいと思う。
現在の王国は平和そのもの。騎士団が命を落とすような事案は発生していない。災害級の魔物でもない限り、奴らの討伐は冒険者の役目だ。犯罪者への対応も王国警備隊と冒険者が行うので、騎士団に出番などない。それこそ、城門の立哨くらいしかやることはないはずである。
そんな彼らからの誹謗中傷に、アントナは疲弊していたそうだ。髪の毛混入もおそらく彼らの仕業だろうと見当を付けていたようだが、上申する気にはならなかったという。それよりも妻と2人、娘が暮らすこの地で料理屋でも開いて、のんびり過ごしたいと考えたらしい。
ただ、店を開いても採算が取れるか微妙だったため、ひとまずギルドに登録して機を窺っているうちに、半年が過ぎてしまったということだった。
「ま、人間無駄に時間ばかりあるとろくなことを考えないのよね」
「騎士団のことか? お前、達観してるな」
「それよりどう? ムラムラしない?」
「しねえよ! 腰をくねらせるな!」
ユリアは入浴の後、買ってきたばかりの白い綿のシャツと、ピンクの短パンに着替えていた。髪は洗いざらしのポニーテール。ラフなスタイルを見せられて、幼児体型でもそそられるというのが正直なところだ。もちろんそんなこと彼女に言えるわけがないが。
「なあユリア、考えたんだが」
「なぁに?」
隣にちょこんと座って顔を覗き込む仕草は反則だ。それに石鹸の香りも漂ってきて、どんどん理性が削り取られていくのを感じる。まずい、落ち着け、俺。
「あ、アントナのことだよ。常駐するならいっそ、奥さんとここに住んでもらうのはどうかな」
「どうしたの? 顔が赤いわよ」
「気にするな。ちょっと長湯し過ぎただけだ」
「ふーん。でもそうね。部屋もあるし、問題ないと思うわ」
「よし。じゃ明日にでも早速話してみることにするか」
それからしばらく雑談した後、俺たちは大きなベッドに横になった。一緒に寝ると約束したのだから仕方ない。それでも本当は離れて寝るだけのつもりだったのだが――
「ね、腕枕して」
「はぁ?」
「それだけでいいから、お願い。怖いの」
「仕方ねえな」
腕というより肩に頭を乗せて、ほどなく彼女は静かな寝息を立てていた。顔は近いし柔らかいし、いい匂いまでするからたまらない。
その夜俺はユリアに気づかれないように、2度ほど用足し以外でトイレに行く羽目になってしまった。




