第2話 王城の総料理長
俺とユリアが寝室に決めた部屋は2階の一番奥、建物の正面から向かって右に位置していた。すぐ隣はメイドさんの控え室となっている。
巨大なベッドは2人が大の字で寝てもまだ余裕があるほどで、バルコニーには露天風呂まで設置されていた。そう、この屋敷には天然の温泉が引かれていたのである。もちろん、露天風呂には外側からも内側からも目隠し出来るよう、木製の間仕切りが置かれていた。
「すごいわね、部屋に温泉なんて」
「贅沢にも程があるな」
「せっかくだから一緒に入りましょうよ」
「ダメだって言ったろ? 先に入ってきていいから」
「まあ、それはいいんだけど……」
「どうした、まだ何かあるのか?」
「ないのよ」
「ないならいいじゃないか」
「違うってば。着替えがないの。私、これしかないから」
そうか、ユリアが着ているのはギルドでナハルからもらった赤いワンピースだ。しかしそれ以外の衣類は、下着も含めて全くないのである。
「お風呂上がりに1度着て脱いだものを、また着るのは嫌だわ」
「その気持ちは分かるな。仕方ない、買い物にでも行くか」
ギルドから派遣されてくる執事さんとメイドさんの着任は、早くて明日からとのことだった。料理長も夕方には来てくれるが、火噴き豚を料理したら帰るそうだ。ギルマスによると、今日の今日からの常駐はさすがに無理だと言っていた。つまり、今夜は文字通りユリアと2人きりということである。
「俺も家から荷物を取ってきたいし、そっちにも付き合ってくれるか?」
「もちろんいいけど、大事な物でもあるの?」
「これと言って特にはないかな。服が何着かと、あとは食器くらいだが」
独り身の冒険者に大層な持ち物などないのだ。ほぼ身一つと言っても過言ではない。
「それならリュオも新しく買い揃えちゃえば? 食器はどう考えてもここにある物の方が上等そうだし」
「それもそうか。じゃ、お前と俺の服と、今日どうしても必要な物だけ買いに行くとしよう」
それから俺たちは町に出て、互いに着替え数着とタオルや石鹸の類など、最低限の必需品を買って屋敷に戻った。その頃には料理長も到着しており、すでにあの火噴き豚が香ばしい香りを漂わせていたのである。
「お初にお目にかかります。アントナ・コーレムと申します」
広間に入るとすぐに、白いコックコートとコック帽を身につけた料理長が挨拶に出てきた。年の頃は40半ばくらいだろうか。品の良さが滲み出ているような雰囲気を感じる。
この広間の隣にはだだっ広い食堂があり、そのさらに奥が厨房になっているのだ。
「俺はリュオナール・アキオス。こっちはユリアだ」
「ユリアよ。はじめまして」
「急に来てもらって悪いね」
「いえ、お仕事を頂けるのはありがたいことです」
「いい匂い。もうお腹ペコペコ」
「間もなくご用意出来ますが、お食事は食堂でなさいますか? それともお部屋で?」
「食堂にしよう。アントナも一緒にどうだい?」
「お気遣い、感謝致します」
それからほどなく、食堂で待っていた俺たちの前には様々な料理が並べられていた。中でも卵の衣をつけて焼いた肉が絶品で、追加でリクエストしたくらいだ。ユリアはそれのことをぴかたとか言っていた。
彼女が前世で住んでいたニホンという王国にも、同じような料理があったそうだ。もちろん、他のどの料理もこれまで食べたことがないほど美味かった。
「アントナ、家族は?」
「妻が1人と娘が2人おります」
「妻が1人?」
ユリアが訝しげな表情を浮かべている。
「甲斐性がございませんので、妻は1人で精一杯なんですよ」
「はあ? それが当たり前なんじゃ……まさか、もしかして……」
「ああ、王国は一夫多妻制だぞ」
「そ、そうなんだ……」
「もっとも他の女性を妻に迎えるつもりはございませんが」
「素敵! 奥さんを愛しているのね?」
「苦楽を共に歩んできた相手ですから」
「娘さんは何をされているんだ?」
「王国から補助金を頂いて、2人で小さな児童養護施設を営んでおります」
予定していた定員6人に対し、施設には現在10人の子供たちがいるという。補助金も多少上乗せされてはいるそうだが、育ち盛りの子供たちを抱えて内情は火の車らしい。
「生活は苦しいのか?」
「半年ほど前にお城での任を解かれまして、それからは無収入でしたから食うや食わずでした」
「ちょっと待ってくれ。まさかアントナは元お城の……?」
「はい。総料理長を務めておりました」
道理で料理が絶品だったわけだ。俺は改めてギルドが派遣した人材の凄さに、驚かずにはいられなかった。




