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悪役令嬢クリスタは、破滅と没落の夢を見る  作者: 日比野 くろ
第四章 侯爵令嬢と王国の行末
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第86話 侯爵令嬢と貴族の評価

 閑散としていた学園に、人が戻り始めていた。

 学園で起きた騒動は多くの貴族達を震え上がらせ、大切な後継である息子や娘を実家に退避させるように命じた。

 しかし、今や学園の門は開きっぱなしで、次々に貴族の馬車が戻っていた。不安の声も上がっていたが、そうしなければ到底、再度の学園への受け入れが追いつかなかった。もちろん検問を受けており、対策は万全だ。

 

 降りてきた学生達は背を伸ばして、見慣れていたはずの景色を懐かしんだ。


「ねえ、聞いた? 今回の騒動って平民が起こしたものらしいわよ!」


 彼らは寮や学園の廊下に集まり、さらには使われていない教室にまで集って、この期間に起きた出来事について、議論を交わすことに熱中した。


「いや俺は、商家の人間がやらかしたって聞いたぞ」

「ああ。ただの平民が、ここまでの騒ぎを起こせるはずがないだろう」

「そうね。学園の、魔法の壁に穴を開けるなんて、早々にできることではありませんわ」


 一介の貴族でしかない彼らは、今回の事件の真相を知らない。

 なぜ王都が封鎖されたのか。その情報を誰もが知りたがった。ただの好奇心ではなく、両親から情報を集めるように言い渡されているものも多かった。

 しかし、噂はひどく錯綜していた。

 王家が情報統制を命じたため、真実を知る者は、口を閉ざしていたためだ。

 だがその中で、信憑性のある話もあがっていた。


「今回の騒ぎを治めたの、ニーベル様なんですって」

「ええ。ですが、本当ですの……?」

「私の父上には、そのような話は届いていないそうですが……平民の街に降りたというのは事実なのでしょうか?」


 この一件に侯爵令嬢クリスタが関わっている。

 その部分に関しては、多くの貴族達に、事実として囁かれていた。

 

 クリスタはこの一件を収める際、大勢の平民に目撃されている。

 平民の間で噂になっているものを、貴族達が知らないはずがない。クリスタが騒動に関わったという事実は、もはや疑いようもなかった。

 

「あっ、ニーベル様よ」


 一人が視線を向けると、全員で気づいて、顔を俯かせた。

 その横を堂々と通り抜けていくのは、四人。


 噂の渦中にある侯爵令嬢、クリスタ・ドゥ・ニーベル。

 ニーベル家の右腕と名高い上級魔法の使い手、辺境伯家レティシア・ピィ。

 才能を見出されて側仕えを許された、古爵家アンリ・パトリック。

 さらにもう一人が――平民の少女、アリスだ。

 

 噂話を続けていた彼女達には目もくれず、颯爽と去っていった。

 上位貴族の彼女達は、当然、真相を知りたがっていた。

 しかし、声をかけることができない。自分たちが声をかけても、クリスタに響かないことが、分かっていたからだ。

 結局、いつものようにアリスを睨みつけて、羨むことしかできなかった。


「いつまで、ニーベル様の側に仕えているのかしら、あの平民は……!」

「ええ全く。あのような者は、学園に置いていくべきではないというのに」


 花の扇子を口元にあてがって、彼女達は嫌悪の表情を浮かべる。

 平民が、自分たちを差し置いて功績をあげるなど、おこがましい。本来であれば許さない。だが、クリスタが許している以上、手出しができない。

 いつか失敗するようにと、遠目に、呪うことしかできなかった。


 

 しかし――これまで通りの風向きが、変わりつつあった。


 

「あ、あのっ……! ニーベル様!」


 クリスタ達四人は立ち止まって、呼び掛けられた方に振り向いた。

 男女の学生が、クリスタを怖がるような表情で立っていた。

 どれも記憶にない顔であり、恐らくは下級の貴族だろう。彼らはびくびくしながら、しかし、冷たい視線を向けられても、その場から逃げようとしなかった。

 

「私に、何か用かしら」

「あ……ええっと……!」


 クリスタの冷たい視線が、彼らを見下ろした。

 彼らは怯えるあまり、言おうとしたことを忘れてしまったみたいだった。

 少し待っても、詰まってしまった言葉は出てこない。


「あなた達、クリスタ様に何の用かしら」


 そんな彼らから守るように、いつも通りアンリが前に出る。

 露払いを役割と自負しているアンリは、決してクリスタの元に通さない。


「ううむ、知らない方ですねぇ……アリスちゃんのお友達ですか?」


 レティシアも、クリスタの周囲の貴族については把握しているが、彼らのことを知らず、怪訝な表情を浮かべていた。

 下級の貴族がクリスタに声をかけてくることも、ないわけではない。

 しかし、彼らは権力を目当てにしているとか、そういった雰囲気ではなさそうだと感じていた。それゆえに、わざわざ話しかけてきたことが不思議だった。


「いえ。こほん……クリスタ様になにかご用ですか?」


 そんな中で、彼らに優しく尋ねたのが、アリスだ。

 彼らはアリスの知り合いでもなかった。だが、平民という最底辺の存在である彼女に助け舟を出されたことで、彼らはようやく覚悟が決まったらしい。


「あ……あの! わたしたち、お礼を言いにきたんです……!」

「礼ですって?」


 思い当たる節のないクリスタは、首を傾げた。


「はい。僕の家は、ニーベル様のおかげで、何とか商売を続けることができる目処が立ちました……!」

「わたしのお父さん、そう言ってました……!」

「自分もです!」


 前に出たアンリは、ぽかんと口を開く。


「ニーベル様に、ずっとお礼が言いたかったんです!」

「魔獣討伐演習の時にも、助けていただいたと聞いています……」

「ありがとうございます……!」


 集まった彼らは、皆がクリスタに間接的に救われた者達であり、口々に、感謝の言葉を述べた。

 今までに、こんなことは一度もなかった。

 アリスは主を見た。相変わらず表情は変えておらず、はっきりと彼らに返す。


「あなたたち、個人のために動いたわけではありません。礼は必要ありません」


 口々に感謝の言葉を述べていた彼らは、その冷たい口調に、しんと黙った。

 だが――微かに口元に、邪悪にも見える笑みを浮かべて続けた。


「私は王国のために動いたに過ぎません。そういう気持ちがあるのなら、より一層励み、国に忠誠を尽くしなさい」


 集まった下級貴族達は、思いもよらない言葉に、顔を見合わせる。

 彼らは嬉しそうな表情を浮かべると同時に、クリスタ達はその場を後にした。

 興奮したような声を背後に、アリスが尋ねる。


「あの、クリスタ様」

「何かしら」

「どうして、今日は、みんなに返事を返してくださったのですか?」


 少し不思議そうにするアンリの疑問に、僅かに視線を動かした。

 だが、その疑問に鼻高々になったのが、レティシアだ。


「そんなの、決まっているじゃないですか! ね、クリスタさま!」

「……私は、いつも通りに返事を返しただけです。何も変わっていません」

「えっ……? ですが……」


 アンリも、アリスも不思議そうな表情を浮かべた。

 侯爵令嬢が直々に言葉を伝えることは、それほど多くない。

 下手に対応して、会話から弱みを握られてしまってはたまらない。ゆえに、これまではアンリやレティシアが、近づいてくる貴族達を相手する役割を担っていた。

 だが、その政治的な理由を無視してでも話した理由が、納得できなかった。


「侯爵家の権力が欲しいだけの貴族さんと、本当に感謝している人で、対応が同じはずがないじゃないですか」

「あっ……」


 二人とも、はっとした表情を浮かべて、すぐに恥入った。

 考えてみれば当然の話だ。

 彼らは明らかに権力が目当てではなく、感謝を伝えにきただけだ。

 クリスタが避けてきた、権力目当ての貴族達とは、明らかに違っていた。


『ニーベル様! 今日もなんとお美しい……!』

『なんと素晴らしい魔法でしょう! まさに人の上に立つべきお方……!』

『どうか、私をお側に置いてください! あんな平民よりも、よほど役に立ってみせましょう!』


 本心ではない言葉を、クリスタとレティシアは、幼い頃から聴き続けてきた。

 クリスタにまつわるものを何でも褒めて、それ以外のものをけなす。

 纏わりついてくるのは、そんな連中ばかりだった。

 だから、クリスタにとって、真っ向に感謝を向けてくる存在は、初めてだった。


「ふふっ」


 クリスタも、三人に見られないように笑顔を浮かべていた。

 それは侯爵令嬢としてのものではなく、一人の人間としての喜びを示していた。


「どうかしましたか?」

「……何でもありませんわ」


 その表情は、誰かに見られる前に消した。

 上に立つ人間として、強くいなければならないと、必死に過ごしてきた。

 他人を排して、信の置ける人間のみを側に置いてきた。

 貴族として、それが正しい選択だと信じていた。

 

 だから――今日の感謝が、クリスタの『貴族』の在り方を、少しだけ変えることになった。



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