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悪役令嬢クリスタは、破滅と没落の夢を見る  作者: 日比野 くろ
第三章 侯爵令嬢とアンリ・パトリックの奪還
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第48話 侯爵令嬢と裏町の女性

 女性を案内しているうちに、昨日シャーロットを見つけた裏路地が見えてきた。

 だがクリスタは、女性が探し求めているであろう場所を全く無視して通り過ぎ、アリスが目を丸くした。


 やがて全く関係のない路地の前で立ち止まる。

 クリスタは、その薄暗い先に視線を向けながら言った。


「この向こうに、走っていきましたわ。何かから逃げている様子でしたけれど」

「こんなところに……あの。その子は、一人でしたか?」

「ええ。そうですわね、レティ」

「はい。気になったので、少しだけ追いかけたんですけど……途中で見失ってしまいました。そうですよね、アリスちゃん」

「えっ。あ、え、えっと。はい……!」


 急に振られて、アリスはおどおどと、ぎこちなく答えた。

 わざわざ表通りからこんな場所に一人で……と、女性も訝しんでいるみたいだった。しかしクリスタは彼女を置いて、入ったこともない裏路地の先に進んでいく。


「えっ!? あの、そっちは危ないですよ……!」

「追いかけたところまで案内しますよ。そのほうがいいですよね?」


 レティシアが促すと、少し困っていた様子だったが、渋々後をついてきた。

 裏路地は複雑に入り組んでいるため、できれば、分かる場所まで案内して欲しいというのが女性の本音であった。

 

 やがて表通りの声が聞こえなくなる、人通りのない場所まで歩いてきた頃、女性はようやく断ってくる。


「あの……この辺りは本当に危ないので、戻った方がいいですよ。もう大丈夫ですから」

「ええ、ここまで来れば問題ありませんわね」


 クリスタが女性に視線を向けた。

 先ほどまでの柔らかい表情ではなく、冷たい笑みが現れていた。


「っ、あなたは……!?」


 そこで女性も、クリスタが"嵌めた"ことに気付いたのだろう。

 あからさまに不味いという表情を浮かべて、距離をとった。そんな相手にレティシアが説明する。


「すみませんが、あなたに聞きたいことがあって、お呼びしたのですよ」

「あなたたちッ、リノヴァーの人間だったのね……!?」

「はえ?」

「くそっ……!」


 惚けたレティシアの隙をついて、女性は来た道のほうへ踵を返そうとした。

 だがしかし、それはかなわない。


「よっ、と。困りますので、逃げないでくださいっ!」

「あっ!?」


 反対側の道は、今まで先行していたはずのレティシアが塞いでいた。

 前にはクリスタとアリス、後ろにはレティシア。

 挟まれた女性は逃げ場を失い、今度は懐に手を伸ばして威嚇してくる。


「あたしを捕まえて、何が目的なのっ!」

「あなたは裏の人間ですわね。用件はただ一つ、私をボスの元に案内しなさい」

「……っ! スクルド様に何の用!?」

「理由は、会ってから話しますわ。あなたのボスに用があるのよ」

「案内なんて、するわけないでしょう!」


 女性はことごとくクリスタに牙を剥いてくるが、クリスタは逆に気分を良くしており、全く気にかけてはいなかった。

 何せ、彼女はクリスタの知らない情報を次々に吐いているのだ。


 スクルドというのが、彼女のボスの名前なのだろう。

 そしてリノヴァーという名前も、報告書で見た覚えがある――確か王都に巣食う最大の裏組織が、その名前だった。

 紛れもなく、彼女は"裏"と呼ばれる場所の関係者だ。


(さて……この前の連中とは、雰囲気が違いますわね)


 クリスタはそれ以上に情報を引き出すため、女性を深く観察して、思考する。


 貴族界で長く過ごしてきたクリスタは、人を見る目に絶対の自信を持っている。

 昨日の三人組のような明らかな外道ならば、叩きのめして情報を得ることに躊躇いはなかった。しかし、この相手はどうも毛色が違っている。独特な、犯罪者の気配をまるで感じない。

 クリスタは、すぐさま決断した。

 必要な情報を吐かせるために、暴力に頼る必要などない。

 

「あなた。主の命令で、その子供とやらを探しに来たのでしょう」

「……それが、何よ」

「あの子の――シャーロットの居所を知りたければ、主のもとに案内しなさい」

「ッ……! あなた、なぜ、その名前をッ!」


 悪どく笑んで、見下し続けるクリスタに対して、女性は明確に敵意を示した。

 逃げの姿勢は一変し、今にも食いかからんとばかりに姿勢を低くする。


「あの子を、どこにやったッ……!」


 両手をクリスタに伸ばして、勢いをつけて飛びかかった。

 しかし、その途中で、地面に叩きつけられる。


「それはダメですよっ!」

「ぐうっ!?」


 背中から、魔法をかけられたレティシアのほうが先に馬乗りになったのだ。

 地面に押さえつけられた女性は、立ち上がろうとする。しかし、不可能だ。


「な、何よこの力っ、こんな小娘がっ……!」


 だが、レティシアの軽そうな身体とは裏腹に、全く体が動かなかった。

 体重が重いわけではない。抑えられた腕と腰が、地面に固定されたみたいになっていた。

 そんな女性を見下ろして、クリスタは冷静にもう一度告げる。


「もう一度言いますわ。シャーロットの居場所が知りたければ、私達をボスの元に案内しなさい」

「……くそっ!」


 敵わないことが分かって、やっと女性も聞く気になっただろう。

 抵抗を諦めて、口惜しげに歯噛みした。


 

 

 一連のやりとりを側から聞いていたアリスは、完全に表情を引きつらせていた。

 

(く、クリスタ様が、誘拐したみたいになってるっ……!?)

 

 むしろ助け出したはずなのに、どうしてこんなことになってしまっているのか。

 アリスには、主が誘拐犯に誤解されないことを、祈らずにはいられなかった。


 

 そして女性は、地面に伏している間に逡巡し、やがてどうにもならないことを悟ったのだろう。

 諦めの雰囲気を出しながらも、言葉では抵抗してくる。


「あの子は、無事なんでしょうね……」

「ええ、もちろん。私には、危害を加える理由がありませんわ」

「……分かったわよ。でも、急には連れていけない。まずわたしを解放しなさい。スクルド様に話を通すのは、絶対よ」


 そこだけは譲れないと歯を食いしばって、せめてもの抵抗の意思を見せた。

 だがクリスタは、涼しい顔で受け流し、その要求を受け入れた。


「ええ、全く構いませんわ。昼までに話をつけておきなさい」

「えっ……」


 その反応が意外だったのか、女性は口を半開きに、間抜けな声を出した。

 準備の時間を与えれば、対策も打てる。

 それなのに、この場から自分を逃す――それは即ち、クリスタに奇襲の意思がないことに他ならない。


「あなた……一体、何が目的でスクルド様を探しているの?」

「それは今、ここであなたと話すことではありませんわ。レティ、もう構わないわよ」

  

 馬乗りになっていたレティシアが背中からどくと、女性は、全く納得がいっていない表情で起き上がった。

 そしてクリスタを睨みつけたあとは、無言で横を走り抜けて、姿を消した。

 だがクリスタはシャーロットの名前を出した。

 間違いなく、彼女はここに戻ってくるはずだ。


「あ、あの……クリス様。あんなことを言ったら、わたしたちの方が誘拐犯にされてしまうんじゃ……」


 引きつった表情のアリスが、恐る恐る申し出た。

 しかし、そんなことは分かっているとばかりに、クリスタは笑みを崩さない。


「あら。今は、手段を選んでいる余裕なんてありませんのよ」


 クリスタは、王国の運命を左右するほどの、大きな使命を背負っている。

 国の中枢に属する人間として、多少の無理は最初から承知だ。

 悪役を名乗ることに、全く躊躇いはなかった。

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] クリスタ様、カッコいい。 [一言] 回を追うごとにクリスタ様の魅力に囚われていき、クリスタ様沼から抜けられなくなりそうです。 叶うならクリスタ様の下で働いてみたいものです。
[一言] 今日もクリス様がカッコいい…… 悪役が板についてて貫禄が違う!
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