第48話 侯爵令嬢と裏町の女性
女性を案内しているうちに、昨日シャーロットを見つけた裏路地が見えてきた。
だがクリスタは、女性が探し求めているであろう場所を全く無視して通り過ぎ、アリスが目を丸くした。
やがて全く関係のない路地の前で立ち止まる。
クリスタは、その薄暗い先に視線を向けながら言った。
「この向こうに、走っていきましたわ。何かから逃げている様子でしたけれど」
「こんなところに……あの。その子は、一人でしたか?」
「ええ。そうですわね、レティ」
「はい。気になったので、少しだけ追いかけたんですけど……途中で見失ってしまいました。そうですよね、アリスちゃん」
「えっ。あ、え、えっと。はい……!」
急に振られて、アリスはおどおどと、ぎこちなく答えた。
わざわざ表通りからこんな場所に一人で……と、女性も訝しんでいるみたいだった。しかしクリスタは彼女を置いて、入ったこともない裏路地の先に進んでいく。
「えっ!? あの、そっちは危ないですよ……!」
「追いかけたところまで案内しますよ。そのほうがいいですよね?」
レティシアが促すと、少し困っていた様子だったが、渋々後をついてきた。
裏路地は複雑に入り組んでいるため、できれば、分かる場所まで案内して欲しいというのが女性の本音であった。
やがて表通りの声が聞こえなくなる、人通りのない場所まで歩いてきた頃、女性はようやく断ってくる。
「あの……この辺りは本当に危ないので、戻った方がいいですよ。もう大丈夫ですから」
「ええ、ここまで来れば問題ありませんわね」
クリスタが女性に視線を向けた。
先ほどまでの柔らかい表情ではなく、冷たい笑みが現れていた。
「っ、あなたは……!?」
そこで女性も、クリスタが"嵌めた"ことに気付いたのだろう。
あからさまに不味いという表情を浮かべて、距離をとった。そんな相手にレティシアが説明する。
「すみませんが、あなたに聞きたいことがあって、お呼びしたのですよ」
「あなたたちッ、リノヴァーの人間だったのね……!?」
「はえ?」
「くそっ……!」
惚けたレティシアの隙をついて、女性は来た道のほうへ踵を返そうとした。
だがしかし、それはかなわない。
「よっ、と。困りますので、逃げないでくださいっ!」
「あっ!?」
反対側の道は、今まで先行していたはずのレティシアが塞いでいた。
前にはクリスタとアリス、後ろにはレティシア。
挟まれた女性は逃げ場を失い、今度は懐に手を伸ばして威嚇してくる。
「あたしを捕まえて、何が目的なのっ!」
「あなたは裏の人間ですわね。用件はただ一つ、私をボスの元に案内しなさい」
「……っ! スクルド様に何の用!?」
「理由は、会ってから話しますわ。あなたのボスに用があるのよ」
「案内なんて、するわけないでしょう!」
女性はことごとくクリスタに牙を剥いてくるが、クリスタは逆に気分を良くしており、全く気にかけてはいなかった。
何せ、彼女はクリスタの知らない情報を次々に吐いているのだ。
スクルドというのが、彼女のボスの名前なのだろう。
そしてリノヴァーという名前も、報告書で見た覚えがある――確か王都に巣食う最大の裏組織が、その名前だった。
紛れもなく、彼女は"裏"と呼ばれる場所の関係者だ。
(さて……この前の連中とは、雰囲気が違いますわね)
クリスタはそれ以上に情報を引き出すため、女性を深く観察して、思考する。
貴族界で長く過ごしてきたクリスタは、人を見る目に絶対の自信を持っている。
昨日の三人組のような明らかな外道ならば、叩きのめして情報を得ることに躊躇いはなかった。しかし、この相手はどうも毛色が違っている。独特な、犯罪者の気配をまるで感じない。
クリスタは、すぐさま決断した。
必要な情報を吐かせるために、暴力に頼る必要などない。
「あなた。主の命令で、その子供とやらを探しに来たのでしょう」
「……それが、何よ」
「あの子の――シャーロットの居所を知りたければ、主のもとに案内しなさい」
「ッ……! あなた、なぜ、その名前をッ!」
悪どく笑んで、見下し続けるクリスタに対して、女性は明確に敵意を示した。
逃げの姿勢は一変し、今にも食いかからんとばかりに姿勢を低くする。
「あの子を、どこにやったッ……!」
両手をクリスタに伸ばして、勢いをつけて飛びかかった。
しかし、その途中で、地面に叩きつけられる。
「それはダメですよっ!」
「ぐうっ!?」
背中から、魔法をかけられたレティシアのほうが先に馬乗りになったのだ。
地面に押さえつけられた女性は、立ち上がろうとする。しかし、不可能だ。
「な、何よこの力っ、こんな小娘がっ……!」
だが、レティシアの軽そうな身体とは裏腹に、全く体が動かなかった。
体重が重いわけではない。抑えられた腕と腰が、地面に固定されたみたいになっていた。
そんな女性を見下ろして、クリスタは冷静にもう一度告げる。
「もう一度言いますわ。シャーロットの居場所が知りたければ、私達をボスの元に案内しなさい」
「……くそっ!」
敵わないことが分かって、やっと女性も聞く気になっただろう。
抵抗を諦めて、口惜しげに歯噛みした。
一連のやりとりを側から聞いていたアリスは、完全に表情を引きつらせていた。
(く、クリスタ様が、誘拐したみたいになってるっ……!?)
むしろ助け出したはずなのに、どうしてこんなことになってしまっているのか。
アリスには、主が誘拐犯に誤解されないことを、祈らずにはいられなかった。
そして女性は、地面に伏している間に逡巡し、やがてどうにもならないことを悟ったのだろう。
諦めの雰囲気を出しながらも、言葉では抵抗してくる。
「あの子は、無事なんでしょうね……」
「ええ、もちろん。私には、危害を加える理由がありませんわ」
「……分かったわよ。でも、急には連れていけない。まずわたしを解放しなさい。スクルド様に話を通すのは、絶対よ」
そこだけは譲れないと歯を食いしばって、せめてもの抵抗の意思を見せた。
だがクリスタは、涼しい顔で受け流し、その要求を受け入れた。
「ええ、全く構いませんわ。昼までに話をつけておきなさい」
「えっ……」
その反応が意外だったのか、女性は口を半開きに、間抜けな声を出した。
準備の時間を与えれば、対策も打てる。
それなのに、この場から自分を逃す――それは即ち、クリスタに奇襲の意思がないことに他ならない。
「あなた……一体、何が目的でスクルド様を探しているの?」
「それは今、ここであなたと話すことではありませんわ。レティ、もう構わないわよ」
馬乗りになっていたレティシアが背中からどくと、女性は、全く納得がいっていない表情で起き上がった。
そしてクリスタを睨みつけたあとは、無言で横を走り抜けて、姿を消した。
だがクリスタはシャーロットの名前を出した。
間違いなく、彼女はここに戻ってくるはずだ。
「あ、あの……クリス様。あんなことを言ったら、わたしたちの方が誘拐犯にされてしまうんじゃ……」
引きつった表情のアリスが、恐る恐る申し出た。
しかし、そんなことは分かっているとばかりに、クリスタは笑みを崩さない。
「あら。今は、手段を選んでいる余裕なんてありませんのよ」
クリスタは、王国の運命を左右するほどの、大きな使命を背負っている。
国の中枢に属する人間として、多少の無理は最初から承知だ。
悪役を名乗ることに、全く躊躇いはなかった。




