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悪役令嬢クリスタは、破滅と没落の夢を見る  作者: 日比野 くろ
第一章 侯爵令嬢クリスタと平民アリスの出会い
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第3話 悪役令嬢と魔法の講義

 入学式から数日が経ち、新入生も学園に慣れてきた頃。

 クリスタ達は他の貴族に紛れて、魔法の講義を受けていた。


 クリスタ達が、この講義に参加することは義務ではない。

 すでに魔法に関しては習熟しており、中級の魔法など自在に扱えて当然だ。

 しかし、参加することには目的があった。

 目的の一つは、配下であるレティシアの実力を、彼らに示すためだ。


「次、レティシア・ピィ。魔法の実演を」

「はいっ!」


 彼女の快活な返事に、新入生の何人かが、眉をしかめた。

 貴族受けがよくないレティシアだが、しかしすぐに、その評価は覆ることになる。

 レティシアが取り出したのは、粒状の突起を持った、真紅の外装の杖だ。

 年中燃え盛る大地にのみ生えるという『炎樹』の幹から作られる逸品。

 それに気づいた何人かが、目を見開いた。


 しかし、本当に価値があるのは、その杖ではない。

 それを指先でくるくると回転させ、空に向かって掲げる。

 そして、高らかに宣言した。


「『トルリダ・ウィール、渦巻く火炎っ』、ですっ!」


 杖先から、魔力が、弾けた。

 背中に束ねたポニーテールが跳ねる。

 レティシアのことを知らずに侮っていた貴族たちは、表情を引きつらせる。


 天井に現れたのは、一匹の蛇のような、火炎のうねり。

 渦巻いた太い炎の柱は、天井でとぐろを巻いた。

 続いて杖を二振りすると、内側から弾ける。

 真上から、火の粉が降ってきた貴族たちは、慌てて頭を覆った。


「あちっ……! あ、えっ。熱くない……?」

「おい、あれ見ろ……!」


 レティシアが振った杖先に現れた、炎の球体に、無数の火の粉が集まっていく。

 仕上げとばかりに、魔法で炎球をかき消す。

 うねり、荒れ狂っていた炎の蛇は、幻のように消失した。


 その一連の魔法の完成度は、学生ではありえないレベルだった。

 講義を受けていた人間は、全員が唖然とした。

 本人は、得意満面な笑みで、主のクリスタに胸を張る。


「どーですか、クリスタさま! これが練習の成果ですっ!」

「……そうね。あなたが風の中級を、ここまで使いこなせるようになっているとは、驚きました」

「そうですよね! そうですよねっ!」


 レティシアはいつになく、自慢げで嬉しそうだった。

 周囲の貴族も、レティシアを侮ることができなくなる。それほどの隔絶した差があった。

 しかし、喜ぶ様子とは逆に、クリスタは腕を組んで冷たく言い放つ。


「風属性単体では、問題ないといっていいでしょう」

「はいっ!」

「ですが、複合魔法の制御が甘すぎます。言いつけておいた練習を怠りましたわね」

「うへっ……うぅ、すみません……」


 がくりと落ち込んだ。心なしかポニーテールも垂れ下がっている。

 確かに言う通り、複合魔法の制御は、あまり練習できていなかったのだ。

 しかし、そんな厳しい評価を下したのはクリスタのみ。

 他の貴族の生徒や、そして教師でさえも、今の魔法は感心するばかりの出来であった。


 歴史上、ニーベル侯爵家と深いつながりを持つレティシアが、高い適性の魔法を使いこなすのは、ある意味当然のことであった。

 しかし複数属性の複合魔法となると、話は別。

 一線級の貴族しか使えない高度な術だ。

 だからこそ、今のでダメなら自分なんてどうなってしまうんだと、密かに落ち込む貴族が大勢出た。



 とぼとぼと戻ってくる中で、また次に順番が回る。


「次は、アリス! 前に出て来なさい」


 しばらくして、教師がその名前を呼んだとき、周囲がざわついた。

 クリスタはぴくりと顔を上げる。

 隣に戻ってきたレティシアも、不思議そうに首をかしげた。


「家名が呼ばれない……?」

「おい。あれが、この学園に入学して来た、噂の平民らしいぜ」


 すぐ近くに立っていた男子同士が、耳を寄せ合って話している。

 それを聞いたクリスタは、おどおどと前に出て来た金髪の少女を見て、目を細めた。



 その少女は、弱々しい体躯で、おどおどとした雰囲気でこの場に立っていた。

 一応学園の制服を着てはいるが、浮いている。

 貴族としての堂々とした貫禄もなく、貧乏くささが滲み出ていた。

 噂には聞いていたが、あれが学園に入学してきたという「平民の少女」なのだろう。


「君は今年からだったね。初級魔法の『ライト』は?」

「えっ、でも、わたし……自信がありません」 

「いい。やってみなさい」


 先生に促されて、アリスは渋々と杖を持った腕を伸ばした。


「らっ、『ライト』……!」


 しかし、杖の先に変化が起きることはない。

 本来なら光が灯るはずだ。

 最も単純な属性魔法と言われるそれを、発動できない。

 周囲で見ていた生徒たちから、クスクスと嘲笑の声が聞こえてくる。

 アリスはかっと赤くなった。

 もう一度、魔法を試そうとした。だが、それも失敗する。



 ――あの平民、ライトも使えないで入って来たのかよ。

 ――俺、入学の前に、使えるようになったぜ。魔法を使えるってのも嘘だったんだな。

 ――あの子、なんで学園に入ってきたのかしら。



 もともと、平民が学園に入ってくることを良く思っている貴族は一人もいない。

 好感的な視線は一つもなく、評判は下がっていくばかりだった。


「あちゃー……やっぱ噂だけで、魔法使えないんですかね、クリスタさま」


 人を高く評価しがちなレティシアでさえ、頭を抱える。

 平民の少女は、それほどの醜態を晒していた。

 この場で最も位の高い、侯爵令嬢のクリスタは、不快に思っていた。

 彼女一人のために、講義の時間が無くなっていく。不機嫌度合いが高まる。


「すみません、ちょっと止めてきますっ」


 それを敏感に感知したレティシアが、先回りして注意しようと、平民のところに行こうとした。


「やめなさい、レティシア」


 しかし、それをクリスタが止める。レティシアは声をしぼった。


「でも、クリスタさま……!」

「放っておくのよ。魔法もろくに扱えないのなら、放っておいても彼女を止める者が出るわ」

「むぅ……そうかもしれないですけど」


 講義の邪魔になる者は、例え誰であろうと、責められて当然。

 おそらく、あと数秒もすれば誰かが声をあげて、彼女は退学に追い込まれるだろう。

 侯爵家として動くほどのことではない。



 様子を見守っていたが、不思議なことに、誰も表立ってアリスを責めようとはしなかった。

 彼女が魔法を試し続けても、誰一人として何も言わない。

 予想を外したクリスタの機嫌は、ますます悪くなっていく。


「…………」


 結局、その時間の間に『ライト』の魔法が発動することはなかった。

 しかし教師も仕方ないという雰囲気で、学生も視線と陰口ばかりで、誰も表立って批判は行わない。


 そして講義が終わったあと、クリスタが席を立った。

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