第2話 悪役令嬢と入学式
それは、王立シエル魔術学園の入学式の日のことだった。
毎年恒例行事のために、王家、侯爵家、辺境伯家・宮中伯家が、学園に訪れる。
理由はさまざまだが、これほどの大貴族が一同に会する場は他にない。例年通り、他のどんな行事よりも派手で、盛大な盛り上がりを見せていた。
男爵や古爵などの爵位の低い貴族の子供は、戦々恐々と振る舞っている。
中位以上の貴族は、新しいステージに、胸を膨らませている。
熱っぽい空気の中、白水色の美しい髪の大人びた少女が、悠々と壇上に上がった。
ここは本来、舞踏会を行うためのホールだ。
ワインや談笑を嗜んでいた貴族達の視線を、全て集めた。
それを確認してから、侯爵令嬢クリスタ・ドゥ・ニーベルは、首席の挨拶を始めた。
「学園に選ばれた皆様。ご入学おめでとうございます――」
壇上の挨拶は、男女関係なく全ての視線を奪う。
可憐で美しく、凛とした姿に、皆等しく魅了された。
クリスタは今年で、学園に在籍する最後の年だ。
首席の挨拶は、最上級生の貴族の子女で、かつ最も成績の高い者が行うこととなっている。学園の在校生で、彼女が最も優秀な人間であることを示していた。
集まった数百の学生に対する挨拶は、つつがなく、完璧に行われた。
彼女の父親であり、厚い髭を蓄えた侯爵、モーリス・ドゥ・ニーベルも腕を組んでその様子を真剣に見つめていた。
親子揃った、堂々とした様子に、多くの貴族が羨望の眼差しを向けた。
学園長の挨拶を終えて、全ての過程を終えると解散となる。
周囲がそわそわと、クリスタとお近づきになりたいという雰囲気で見つめる中、ためらわずに彼女に近づいていく二人の少女がいた。
「お疲れ様です、クリスタ様!」
「いやー、さっきの挨拶、すっごく格好良かったですよー!」
「ええ」
灰色の髪の、そばかすが目立つ小柄な少女の名前は、アンリ。
人懐っこくクリスタに迫り、赤髪のポニーテールを元気に揺らして喜んでいるのが、レティシアである。
どちらも侯爵令嬢の取り巻きとして認知されている、クリスタ配下の学生だ。
彼女達にとって、自らの主が首席を取ったのは誇らしいことであり、手放しで褒め称え続けた。クリスタも満更ではなく、僅かに微笑みを浮かべていた。
彼女たちは、しばらくは入学式の話題を繰り返していた。
だが、クリスタは時を見計らって、気になっていた話を彼女達に持ちかける。
「それで。平民の少女が学園に入学したと言う噂は、本当かしら」
「えっ。あー、そういえばそんな噂も聞きましたねえ」
ふわっとした相方の返事に、アンリが表情をしかめて問い詰める。
「ちょっとレティシア、わたしと一緒に、その平民の近くにいたじゃない。そばで噂話してるのが聞こえなかった?」
「そうだったんですか? あははー、学園長のお話の辺りですかね。ちょっと意識が飛んじゃいまして……」
「レティシア」
「ううっ……すみません、クリスタさま」
苦笑いで言い訳していたレティシアだが、主に怒られて、やっとしょんぼりと首を垂れた。
「学園側も何を考えているのでしょうか。平民を学園に入れるなんて、ありえないわよ」
「えー、どうしてですか?」
「当たり前じゃない。ここは、貴族のための場所なのだから」
アンリが冷たく切り捨てたが、クリスタは何も言わなかった。
王立シエル魔術学園は、由緒正しい貴族のための学び舎である。
クリスタの知る歴史上では、平民が入学した話など、一度も聞いたことがない。
今年の貴族達は今、その噂でもちきりだった。
「その平民が、魔法を使えるという話も耳にしましたが」
「魔法ですか……そういう噂もあるみたいです」
「でも、平民の子なんですよね。魔法なんて本当に使えるんですか?」
「知らないわよ。きっと、嘘をついているんじゃないかしら」
魔術学園と名前の付く通り、クリスタたちの通うこの場所は、魔法が使えなければ入学を許されない。
そして、魔法を使えるのは貴族のみだ。
だからこそ、平民で魔法を使える者が現れたことが、大きな話題となっていた。
アンリは、暗い笑みを浮かべて、クリスタに進言する。
「いずれにしても、学園にはふさわしくないです。クリスタ様。手を回して追い出してしまいましょう」
「えー、やめましょうよアンリちゃん。そんなことしても、いいことないですよ……?」
「ええ、そのような些事、私には関係ありませんわ」
クリスタが冷たく言い放つと、二人とも身体をこわばらせた。
「そのようなことに手を回すよりも、アンリ。あなたは魔法の適性を見つけることを優先するべきではありませんの?」
「すっ……すみません。その通りです……」
「あー、アンリちゃん怒られてますー!」
「レティシア、あなたもよ。歴史学の課題はもう済ませたの?」
「うぐっ。いえ、まだです……あはは……」
行きすぎたアンリも、調子に乗ったレティシアも、揃って叱咤を受けてしまう。
配下の態度に、クリスタは呆れたようにため息を吐いた。
二人とも、もっとしっかりとしてほしいと考えながら、厳しく言いつける。
「私には、平民にかける時間などありません。あなたたちも同じではありませんか?」
「はい……すみません」
「うう……ごめんなさい」
二人はしょんぼりと、うつむいた。
クリスタは、分かればいいとばかりにそっぽを向き、再び歩き出す。
「あっ! 待ってください、クリスタ様……!」
「置いていかないでくださいー!」
そうやって彼女達が人が集まる場所を走り抜けると、廊下で雑談をしていた幾人もの貴族たちがクリスタに気づき、慌てて、さっと道を開けた。
その中心を、悠々と、三人が通り抜けていった。
新入生以外でクリスタに声をかけようとするものは、誰一人としていない。
クリスタは、王国の中でも最も美しいとされる、少女であった。
透き通るような白水色の髪が特に有名で、揺れるたびに、星が煌めくようだ。
婚約者である王位継承権第一位のジャン=ポール王子が贈った髪飾りが、前髪を束ねている。
それが実質的に、次代の王族に最も近い貴族であることを示していた。
いずれ、この国の王妃となることが約束された、大貴族。
それがニーベル侯爵家の娘である、クリスタ・ドゥ・ニーベルであった。




