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悪役令嬢クリスタは、破滅と没落の夢を見る  作者: 日比野 くろ
第二章 侯爵令嬢と悪意の邂逅
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第20話 侯爵令嬢と最弱の魔獣 前編

 討伐演習は各グループ毎に分かれて、それぞれ異なる地点で行われる。

 無事に規定数の魔獣を倒せば演習は終了し、学園に戻ることが許される。

 クリスタ達に割り振られたのは、湖付近の魔獣の出現場所だった。


 王国の領土の中でも『球面鏡』と呼ばれる特殊な湖がある。

 普通の湖は、水面が平坦になるはずだが、まるで何かに引かれるように湖面が球状にへこんでいる。

 自然界の魔力が影響を及ぼしているためである、というのが通説であるが、なぜ、このような不自然な現象が起きているかは、いまだに解明されていない。


 魔力を浴びた生物は、体躯が大きく育ちやすく、質の高い食料資源として王国に流通している。味も素晴らしく、クリスタのような上級貴族や、王族の食卓にも、よく登場していた。



 その不可思議な湖の外縁に、小さな城が築かれていた。

 高い石垣の上に建てられた建造物の名前を、ラクス城という。


 その茶色の煉瓦で築かれた、尖塔の大扉が開く。

 その瞬間に、強風がクリスタの髪を大きく靡かせた。婚約者からの贈り物の髪留めが外れないように、指先で抑える。

 城から出てきたのは、演習のためにやってきた三人の貴族。

 クリスタ、アンリ、そしてマルセル。

 そして、その演習を見届ける護衛たち。

 さらにラクス城の人間が先導して、彼女達を案内した。


「あれが、ここの魔獣ね」

「す、すごい数ですね……あそこにも、向こうのほうにもいますよ」


 塀の淵まで歩いてきたクリスタは、石垣の下を見下ろした。

 彼女達の眼下には、大量の魔獣が存在している。

 水色に染まった硬質な甲羅。

 この湖にのみ生息する、巨大な体躯の亀が、五十ほど集まっている。


 肉食亀と呼ばれるそれらの魔獣は、のそのそと動き回り、城まで這い上ってこようとしていた。

 だが、足を伸ばして垂直な石垣に触れるものの、それ以上は進めない。諦めては、また挑戦する。彼らは無意味な行為を繰り返していた。


「あれは、何をしているのかしら」

「城に蓄えている食料の匂いを嗅ぎつけているのでしょう。ラクス城には、大量の食料資源が集められていますから」


 この湖に城が築かれている理由は、採れた資源を加工して蓄えておくためだ。

 解体したあとに、貴族が氷魔法をかけて保存する。いまも大量の食料が詰め込まれており、飢えた魔獣達がそれを嗅ぎつけてくるのは、日常だ。

 アンリは、魔獣の貪欲さと数に引き気味で、クリスタは冷たく見下した。


「それで。ここら一帯の魔獣を、どの程度討伐すればよいのかしら」

「合計で十匹討伐すれば問題ありません……ですが、その」


 護衛の兵士がクリスタの質問に答えたが、ちらりと、背後を見やった。

 建物の影に姿を隠した、クリスタ達を覗くような視線がいくつも存在している。

 彼らは城に勤めている者達だ。


(……あれを全て討伐しろと、そういうわけですか)


 クリスタはため息を吐いた。

 城の貴族は、倉庫の維持に魔力を使うため、討伐にまで手が回っていないということは聞いている。皆がクリスタのように、膨大な魔力を持っているわけではないので、それは仕方がない。

 しかし、そんな意図さえも理解していない者もいるようだ。


「なぜ、僕がそのようなことをしなければいけないのですか?」

「ま、マルセル様……いえっ。その……」


 マルセルはといえば、頻繁に平民が出入りしているためか、魔獣よりもそちらのほうが不満げだった。

 クリスタは冷たく彼に言いつける。


「やめなさいマルセル。嫌なら、さっさとお帰りなさい。あとは私たちがやっておきますわ」

「……わかりましたよ、クリスタさん」


 素直に引き下がったことに、クリスタは、ますます違和感を抱えた。

 この男は、普段こそ笑顔だが傍若無人、子供のような性格のはずだ。あまりに聞き分けがよすぎて、何かを企んでいると直感する。

 探るようにマルセルを睨みつけるが、その表情からは何も読み取れない。

 その雰囲気を怖がったアンリが、空気を変えるために兵士を急かした。


「とにかく、何でもいいから倒せばいいのよね、どうなの?」

「は、はいっ! あの魔獣は食料にはなりませんので、討伐さえしていただければ、後は城の者が何とかするそうです」


 魔獣の中には、食料資源として重宝される種類もある。だが肉食亀の肉は、臭くて食べられたものではない。甲羅にも使い道はなく、積極的に狩られるような魔獣でないことも、討伐が進まない要因だ。

 それでいて、繁殖力が非常に強いのが厄介な点だ。


「クリスタ様。では予定通り、下に降りましょう」

「ええ。あなたたち、下がっていなさい」


 クリスタはその場から動かず、杖だけを取り出した。

 それを見た兵士たちや、城の人たちは首を傾げた。まさかこの場所から討伐でもするつもりなのだろうかと、目を疑った。

 杖を薙ぐように払って発動するのは、中級の複合系統魔法だ。


「『グラシャ・オルビス』」


 蒼色の液体が、澄んだ杖先から溢れんばかりに流れ出す。

 波打つそれを、もう一方の氷魔法が、食らいつく。

 次々に凍結させた水が段状になって、冷気は石垣の下まで届いた。


 現れたのは、美麗な氷の結晶。

 ただの数秒で、眼前に、王城とも見紛う程の美しい階段が現れた。


「さ、さすがです、クリスタ様!」


 配下のアンリは、心底感激していた。

 水系統と氷系統。二種類を手足のように自在に操るのが、クリスタの得意魔法だ。


「本当に、素晴らしい力ですね……」


 護衛の兵士や城の人間がどよめき、マルセルでさえも、そう言わざるを得ない出来だった。

 ただ魔法を使うだけではなく、精密な制御がなければ、同じ高さの段差は作れない。侯爵令嬢クリスタのみがなしえる、高度な技術だ。

 クリスタが率先して踏み出し、足を乗せる。アンリとマルセルも、そのあとに続いた。


「す、すげえ、滑らないぞ、これ」


 護衛の兵士たちも、恐る恐る、階段に足をつけた。

 靴で踏みしめる。しかし滑らない。地面と謙遜ない、硬い感触だ。


「どうなってるんだ……貴族様って、みんなこんなことができるのか?」

「おいっ、遅れるな! お前ら行くぞ!」


 半透明な足場に怯えてはいたが、演習中の貴族の側にいる義務がある以上、この道を進まなければならない。回り道でもしようものなら、それは侯爵家を疑うも同然だ。

 むろん、その心配は杞憂で、全員が乗ってもびくともしない。

 一同は下まで降りてきて、そこで足を止めた。


「あ、集まってきていますよ、クリスタ様」

「ええ。ですが、魔獣達は決して登ってこれませんわ。安心しなさい」


 登り道に気づいた肉食亀が、さっそく這い上がってこようとしてきた。

 しかし、腕を伸ばして氷に触れた瞬間に、手を引っ込める。

 彼らの弱点は冷気。

 冷たいものを極端に嫌がる性質を持っている。

 攻撃の際は氷系統魔法が極めて有効に働くため、クリスタにとって非常に相性がいい相手だ。

 アンリもそれを知識として知っていた。だが魔獣と対面するのは初めてだったため、緊張しており、杖を両手で握りしめている。


「アンリ。今回、私は手をだしませんわ。あなたがおやりなさい」

「は、はい……やってみます」

「それで構いませんわね、マルセル」

「ええ、勿論ですよ。僕は僕でやらせてもらいますが」


 マルセルが取り出したのは、アリスやアンリが持っているものと同じ、何の変哲もない樫の杖だった。

 あんな安物を使っていただろうかと、クリスタは考え込む。

 二人は、登ってこられない肉食亀に対して、魔法の詠唱をはじめた。


「『フレーマ・リベルタ』っ……!」

「『フレーマ・パーセル』」


 アンリと、マルセルの炎系統魔法が、同時に放たれる。

 だが、二人の違いは歴然だった。

 アンリの杖先から出る炎の威力は、焚き火よりも少し弱い程度だ。

 唱えたのは、身の丈に合わない中級魔法。

 適性のない魔法の威力は、レティシアのものよりも数段劣っている。亀は甲羅の中に頭を引っ込めて、すぐに倒すには至らない。


 一方で、マルセルの杖から放たれた魔力は、そのまま魔獣の全身を、紅色の炎で包み込んだ。抵抗もできずに、中級魔法の檻に閉じ込められた魔獣は、そのまま瞳の光を消失させる。


 二人の差は歴然であった。

 マルセルが軽々と魔獣を、アンリに見せ付けるように葬ってゆく。

 得意魔法を持たないマルセルは、かわりに複数属性を、そつなく使いこなすことができる持ち主だ。中級程度の魔法はそつなく使いこなせる。

 一方でアンリは、マルセルが十を倒したあたりで、ようやく一匹を討伐した。

 焼け焦げた体がひっくりかえり、そして水色の魔力が霧散する。

 濁った臭いに、クリスタは表情を歪ませた。

 息を絶やしたアンリもそれに気付いて、慌てて謝罪してくる。


「す、すみませんっ……クリスタ様、わたしっ、うまくできなくて……っ」


 アンリは悔しさに、膝を強く掴みながら、必死になって謝ってきた。

 彼女は、自身の才能のなさを心底恨んだ。

 自分がうまくできないことは分かっていた。しかし、こんなにも苦労しているのに、マルセルは軽々と魔獣を倒し続けている。

 相手は侯爵令息であり、比較すること自体がおこがましいのかもしれない。

 それでも、どうしても悔しくて、泣きそうになった。


 ――マルセルは、そんなアンリを横目で見て、口元を歪ませる。



「アンリ、もう魔力は尽きたのかしら」

「…………」


 クリスタはアンリに近づいて、彼女を見下ろした。


「貴族なら、顔をあげなさい。他にも練習した魔法があるのでしょう」

「……っ、はい、っ」


 彼女を叱咤するように、冷たく促す。

 アンリは歯を食いしばった。主に、これ以上みっともない姿は見せられない。情けないと思う気持ちを耐えて、涙をぬぐった。

 まだ、やらなきゃいけない。終わっていないのだから。

 これ以上情けない姿は見せられないと、彼女は次の魔獣を探した。

 マルセルが狩ったあとの、亀を焼いた甲羅が、平原上にいくつも転がっている。


 場所を変えるべきだろうか。

 そう考えて、アンリは魔獣を探して、湖のほとりを見回した。


 そこで、見つけてしまった。


「えっ……?」

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