表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢クリスタは、破滅と没落の夢を見る  作者: 日比野 くろ
第一章 侯爵令嬢クリスタと平民アリスの出会い
PR
1/108

第0話 悪役令嬢クリスタは、破滅と没落の夢を見る

 侯爵令嬢クリスタは、無数の冷ややかな視線を集めていた。


 ここは本来、舞踏会などが執り行われる学園のホールだ。

 だが、今は学生だけではなく、教師や、貴族の親などの大人の姿もある。


「離せッ! 離せ、この下民がっ……!!」

「暴れるんじゃない、余計に罪を重くしたいのか!」


 百人を超える大勢の貴族たちの中で、無礼な、二人の兵士に両腕を掴まれて拘束されているのがクリスタだ。

 侯爵家の人間に対して、ありえないほどぞんざいな扱いだ。

 しかし正面に立ちはだかっている三人の存在が、その無礼を許容させる。


 一人は、濃紅色の礼服をまとい、潤沢に茶髭を蓄えた壮年の男。

 クリスタの実の父親である、モーリス・ドゥ・ニーベル侯爵だ。


「お父様、助けてくださ……」

「お前には失望したぞ、クリスタ」


 ゾッとするような声色だった。

 その暗い瞳は、もはや娘を見るような視線ではない。他人を見下すような、冷たい感情を向けられていた。

 初めて、周囲を罵倒し続けていたクリスタは、青ざめた表情を見せる。

 だから今度は、助けを求めるように、婚約者であった男に頼った。


「ポール様、あなたは、私を助けてくださいますよね……?」


 媚びる相手は婚約者であり、王位第一継承者である、王子ジャン=ポール。

 王族の礼服を纏った金髪の、絶世の美青年である。

 だが婚約者を見る視線も、今やひどく冷たいものであった。


「残念だよ、美しかったあの君が、こんな風に堕ちてしまうなんて」

「えっ……ポール、様……?」

「その目。かつての君が宿していた輝きは、もはや失われてしまった」


 二人は見つめ合う。

 クリスタは怯えきった瞳で、ポール王子は悲しむような視線を向けていた。

 だが、彼は力なく首を振った。


「……いや、やめておこう。今の君には、何を言っても届かない」


 彼は、クリスタの全てを諦めたような態度だ。

 なぜ自分に対してそんな目を向けるのか――クリスタは、恐怖した。

 そしてポールは腹を決めた。

 全ての貴族の集まる、この公の場で、はっきりと宣言する。


「君との婚約は、今この場で、破棄とさせてもらう」


 それは婚約者との決別だった。

 煌びやかな、白色の衣をまとった王子の言葉に、周囲がより一層ざわついた。

 クリスタは、無限に落下していくような、絶望感を味わった。


「そ、んな……」


 クリスタの破滅が決まった瞬間であった。

 王子の言う通り、今のクリスタはボロボロだ。美しかった髪は乱れ、服は惨めに灰色に汚れている。抵抗して暴れたせいで袖も破れ、惨めなことこの上ない。


 しかし、何よりも醜かったのは、その表情である。

 かつては王国一とされていた美貌は、見る影もない。

 王子の言う通り、恐ろしい悪魔が取り付いたかのように、歪んでいた。


 王族が決定した以上、それは王国の意思であり、誰も異を唱えなかった。

 婚約者からも親からも見放された彼女に、なす術はない。

 貴族たちは、こうなって当然といわんばかりに、この場に集った誰もが、孤独に没落した令嬢クリスタを見下していた。



 だが、そんな中でもう一人。

 中央から、ゆっくりと歩みを進めて、正面に立った女性がいた。


「クリスタ様……」


 この場の全員が、息を呑んだ音がした。

 綺麗な金髪の少女の、透き通るような緋色の瞳が突き刺さる。


「アリス……ッ! お前がっ、お前が全部悪いんだ……!」


 噛みつかんばかりに、目の前の怨敵を睨みつけた。

 この女が元凶だ。

 こいつさえいなければ、こんなことにはならなかった。

 だがアリスは、恨み顔のクリスタを、悲しそうな顔で見下ろすばかりだった。


「ニーベル家、侯爵令嬢クリスタ。君の罪は重い」


 かつての婚約者であり、王族であるジャン=ポールが間に入る。懐から取り出した羊皮紙を、淡々と読み上げた。


「アリス・エル・セラフィン殺害未遂の罪。これは極めて重いものであると、我々王家は考える。よって君を、ニーベル家当主モーリスの合意のもと、国外追放とする」

「なっ……!」


 クリスタは、顔を上げて、そして立ち上がった。

 だが、兵士に両腕を抑えられて、動くことは叶わない。自らの父親に、必死の形相で助けを求めた。


「そんなっ、お父様……!?」

「もはや、お前は私の娘ではない。大人しく罪を受け入れるがよかろう」

「ではっ、私はどうなるのですかッ!?」

「君は、一体アリスに何をしたのか、覚えていないようだね」


 ジャン王子の、冷たい言葉が心臓を貫いた。

 もはや婚約者であったことさえも忘れたような、道端の薄汚れたものを見るような目で、決別したクリスタを見ている。喉の奥から、悲鳴が溢れかけた。


「君が処刑にならないのは、アリスの温情だ。有り難く思うことだね」

「そんな……では、爵位は? 私の爵位は、どうなるのですか……!」

「そんなことも分からないのかい。君はね、廃籍されたんだよ。侯爵令嬢どころか、貴族ですらない。これからは平民のクリスタとして生きていくんだ」


 くらりと、世界が歪んだ気がした。

 兵士に腕を抱えられたまま、力なく座り込む。

 そして、ブツブツと唱えた。


「そんな、そんなこと、ありえませんわ……あるはずが、ない……侯爵家の娘に、こんなこと、許されるはずがありませんわ……!」

「君がしたのは、それ程のことだ。ここに来ても理解できないとは、悲しいことだね」


 世界の全てが耳に入らない。クリスタが考えることは、自分の世界の事柄のみ。

 おかしい、こんなのは、決してありえてはいけないことだ。

 自分は、選ばれた人間だ。

 侯爵家に生まれて、最高の教育を受けてきた。魔法も最高の腕を持っている。

 この国を背負って立つ人間のはずだ。

 そのはず、なのに。

 それが、このアリスという女のせいで罪を負い、婚約者と親に捨てられる……?


「ふざけないでッッ!」


 クリスタは、かつての婚約者であるポールに掴みかかろうと、腕を伸ばした。

 だが、横に控えていた兵士が、それより先に両腕を掴んで取り押さえる。


「離しなさいっ、離せッ……!」

「この後に及んで見苦しい。連れて行けっ!」


 クリスタは腕を掴まれたまま、引き摺られていく。

 地面に擦れた服が、ますます汚れた。足をばたつかせて抵抗しても、兵士は手を離す気配がない。貴族の女性の力で、男性二人に抵抗できるはずがなかった。

 唯一の頼みの綱である魔法の杖は、既に手元にはない。

 もはやクリスタは、貴族の特権である魔法を使うことさえも叶わない。



 そうやって暴れている間も、周囲の人間が、揃ってクリスタを見下していた。

 侮蔑、嘲笑、哀れみ。

 今にも連れて行かれそうな彼女に向ける視線は、どれも悪意に満ちていた。

 必死にもがく彼女を助けようとする人間は、誰一人としていない。


「私の杖をッ、返せ! 返せ、返せぇぇっ……!」

「大人しくしろ! もう、貴様は貴族ではないのだぞ。杖を持つ資格などない!」


 父であるモーリスが、婚約者のポールが、他人のように背を向けて去っていく。

 その中で唯一、アリスだけが、彼女を見続けていた。

 広間を連れ出されるクリスタを、ひどく哀れむように見つめていた。


「さようなら、クリスタ様」

「くそっ、お前さえっ、お前さえいなければぁあああっ……!!」


 学園の者だけが立ち入ることの許される、広間の扉が、徐々に閉じていく。

 その最後の瞬間を、唯一哀れんだのは、敵であったアリスただ一人。


 この扉が閉ざされれば、その瞬間に失う。

 クリスタの爵位も、名誉も魔法も、輝かしい未来も。

 全てが閉ざされてしまう。


「待って……!!」


 そのことに、直前になって焦りが生まれた。兵士を振り解いて手を伸ばす。

 指先の銀色の指輪が、きらりと輝いた。



 だが。

 学園への扉も、貴族としての人生さえも、閉ざされた。

 侯爵令嬢クリスタ・ドゥ・ニーベルは、愚かな平民クリスタに堕ちたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 短編から来ました もっと読みたい!と思っていたら まさかの連載作で、只今嬉々として拝見させていただいております ありがとうございます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ