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価値を示せ

 その夜、俺は単なる暖炉上の置物と化していた。


スキル 《空中浮遊》を使えば家の中を見て回れるのだが、そんなことをすればララに家を叩き出されそうだからやめておく。


 だが、いくらなんでも壁のほうを向けられたまま放置されるのは精神的に辛すぎる。だから、せめて後ろを見たい。


 そう思っていたら、


『アクセプト。スキル 《視界拡張》をダウンロードしますか?』


はい。


『スキル 《視界拡張》――ダウンロード成功』


 と、なんとも便利に真後ろまで見ることができるようになってしまったので、これでよしとしておくことにした。


それを知らない二人が、パンとゆで卵と水だけの貧しい食事をしていたのも見ていたし、下には何も着けていないらしい、身体のラインが丸わかりしてしまうような薄手のローブ姿でリビングを歩いていたのも、バッチリ見てしまっていた。


 が、このことは黙っておく。


 いや、違う。


 黙っていれば、またセリアさんの『たゆんたゆん』と揺れる胸を見られるという下心があってのことでは断じてない。


 一度見てしまった時点でその罪は消せないのだから、誰にも明かさない秘密として黙り続けるしかないのだ。なので、次回からはなるべく見ないよう注意する所存である。間違って見てしまうことはあるかもしれないが。


 そして、それからさらに時が経つことしばし……。


 今はもう、家の中はしんと静まり返っている。


 窓から見える窓の外も闇の中に落ちていて、たまに酔っ払いらしい男の喚き声が聞こえてくるが、それ以外はまるで夜の雪原のように静かである。


 俺は兜になってから、一度も眠気というものを感じていない。脳や肉体がなくなったのだから当然かもしれないが、俺にはもう睡眠というものが全く不要らしい。


 表面的には便利なようでもあるが、よく考えてみるとそれは怖いことだ。


 死ぬことも、眠ることもない。


 目を逸らすことのできない、永遠の孤独の中に取り残されるようなことになったら……どうなるのだろう。


そう考えて、俺は改めてゾッとする。


 深夜という時間がそうさせるのか、ひたすら鬱々としたような気分で闇を見つめていると、キィ……と不意に家の中から音がした。


 ドアを開ける音だ。


 それから少ししてリビングに姿を見せたのは、フードつきのマントを羽織ったセリアさんだった。チラリとこちらの様子を窺いつつ、そっと通りへと出て行く。


 と、それからほどなく、ララも姿を見せた。シャツにホットパンツ、胸当てに一本の剣という、昼間見たのと同じ格好をしている。


「二人とも、どこに行くんだ?」


 ギクッ、としたようにララはこちらを見る。


「な、何よ、アンタ、起きてたの?」

「起きてたというか、俺はこの姿になってから睡眠が必要なくなったんだ」

「そ、そう……それは大変ね」

「で、どこに行くんだ? しかもララはそんな格好で」

「アンタには関係ない。これは家族の問題よ」

「家族の問題に剣が必要なのか?」

「…………」


 ララは闇の中でその緑色の瞳を輝かせながらこちらを睨み、やがて嘆息する。


「うちが借金をしてるって話は、昼間にしたわよね」

「ああ」

「アタシたち姉妹がしてるその借金は……意図的にさせられたものなの」

「意図的にさせられた……?」

「最近、セリア姉はメイドのお給料を急に減らされて、アタシはなぜかほとんどギルドで仕事を回してもらえなくなった。それで仕方なく借金をすることになったんだけど……ギルドにいる仲間が、アタシにこっそり教えてくれたのよ。全部、里長のしわざらしいって」

「里長の……? 里長が、どうして?」

「解らない? 目的はセリア姉よ」


 吐き捨てるようにララは言う。


「無理矢理借金を背負わせて、それを自分が肩代わりする。そしてそれに対する見返りとして、セリア姉を妾にでもしようとしてるのよ」

「その証拠は?」

「証拠は……ないわよ。でも、現にセリア姉はこんな時間に一人で出ていった。アタシになんの相談もしないままね。これだけで、アタシには証拠として充分よ」

「いや、待て」

「止めても無駄よ。アタシは行く。そしてアイツを――」

「いや、止めるつもりはない。俺の恩人であるセリアさんの身が危ないかもしれないんだからな」


 それに、この里の長が俺の知っているルナール――変態ルナールだとすれば、ララの予測が当たっている可能性が高い。


「戦いになるかもしれない………そう思ってるなら、なら、俺を連れていってくれ。そんな胸当てより、よっぽど役に立てるはずだ」

「アンタが役に……? 何よ。そのよく喋る口で、ルナールを説得でもしてくれるってわけ?」

「違う。自分で言うのもなんだが……いや、説明するより実際に試してもらったほうが早いか。お前の持ってるその剣、俺に思いっ切り叩きつけてみろ」

「……それ、本気?」

「本気の本気だ」

「本当にいいの? これ以上、アンタとお喋りしてる時間なんてないから、本気でやるわよ」

「ああ、来い!」

「なら……! っ!」


 本当になんの遠慮もなく、本気でララは斬りかかってきた。


 実際に目の前で剣を抜く人間を見たのは初めてだったからか、あるいは勇者ブレイクから受け継いだ気迫の凄まじさのためか、正直かなりギクリとしてしまったが、


「なっ……!?」


剣を振り下ろした直後、俺のすぐ目の前に、一瞬、亀の甲羅のような模様をした青い光の線が輝いた。


と思うと、ララの剣は俺の金属製の身体に触れることなく弾き返され、ララは大きく後ろへ仰け反っていた。


「な、何よ、今の……? 当たったはずなのに、その瞬間もの凄い力で……」

「お、俺は、スキル 《物理属性ダメージ無効》を習得している。だから、剣の一撃など俺には届かない」


 内心、まだドキドキしているんだが……この場で自身のないところなど見せられない。どうにか平然を装う。


「解っただろう。さあ、俺を装備して、早くセリアさんを追うんだ。俺を装備すれば、俺のスキルは装備者――つまりララに付与される」

「……解ったわ」


 状況を呑み込めないという様子ながらもララは頷いて、しかし、


「と言ってやりたいところだけど、アタシには無理よ」

「無理って、何が」

「見れば解るでしょ? アタシの耳じゃ――」


 と、自らの尖った耳に軽く触れて、


「アンタを装備できないわ。この耳を切り落としでもしない限りはね」

「なるほど……いや、でも、問題ない」


『アクセプト』


 スキル 《神層学習》。こちらの意志に間髪入れずに応じて、頭の中に声。


『スキル 《形状変化》をダウンロードしますか?』


 ああ、頼む。


『スキル 《形状変化》――ダウンロード成功』


すると、その瞬間に、なぜか忘れてしまっていたことをふと思い出したように、その『やり方』が解る。俺はうにょりとまるでスライム化したように身体をくねらせ、


「いいぞ、俺を被ってみてくれ」

「な、何……!? なんか気持ち悪いんだけど……どうしたのよ?」

「いいから早くしろ、時間がないんだろ」

「う……」


 ララはまだ渋りながらも、意を決したように表情を引き締めると、俺をその頭に被った。俺の身体はララの頭を柔らかく包み込み、その尖った耳にもジャストフィット――そして元どおりに硬化する。


ツノがやや前方へ突き出ているおかげか、俺を被っているララの表情が見える。ララはパチパチと目を丸くしながら、


「アンタ、一体何者……?」

「そんなことはどうでもいい。行くぞ。――あ」


 スキル 《学習》が発動。自動的に、装着者の能力が学習される。


『スキル 《超聴覚》――ダウンロード成功』


「何よ?」

「いや……いい匂いがするなって思って」


今はこれ以上、ここに留まっている場合ではないから、誤魔化しておく。


が、ララからいい匂いがすることは紛れもない事実。


 花のような、ふんわりと甘やかな匂い。


 ――これが夢にまで見た、ダークエルフ族の体臭か……。


 スキル 《超聴覚》を習得したことよりも、俺はそれに思わず感動してしまっていた。


「アンタ……変なことしたら、ただじゃおかないわよ」

「へ、変なことなんてしない」


これは自分の居場所を作るための、俺の戦いでもあるのだ。ララのいい匂いにクラクラしてる場合じゃない。


ここで必要とされるために……俺は自らの価値を示さなければならない。


 気を抜くなよ、俺。


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