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クラブ・デニス、再びpart3

 扉は正面にあった大きな執務机にぶつかって壁まで吹き飛び、机の前の床には大男が二人仰向けになって昏倒していた。どうやら、部屋の中でアンズを待ち伏せしていたらしい。


 アンズはその様子を見ながら部屋に足を踏み入れる。と、


「かあああああああああああああああああああああああっ!」


 裂帛の気合いを吐きながら、扉の右に潜んでいた男が斬りかかってきた。


 アンズは咄嗟の様子でそれを右の掌で受け止める。が、そんなもので防げるはずもなく、男が振り下ろした刃はアンズの腕を肘辺りまで一気に裂いた。


「アンズ!」


 反応しきれなかった。


 俺は思わず声を上げるが、アンズはその無表情をピクリとも変えない。


 対して、剣を振り下ろした男は血走った目をしながら初めは笑っていたが、次第にその表情を凍りつかせる。


「バ、バカな……!?」


 どうやら剣を引き抜こうとしているようだが、それができないらしい。


 やがてアンズがグイとその手をやや持ち上げると、剣を握っていた男の重心も一緒に持ち上がった。


「な、なな……!?」


男はようやく剣から手を放し、床に尻餅をつく。


アンズは腕に残された剣を左手で抜き取る。すると、斬り裂かれた右腕は、まるでスライムが元の形を取り戻していくように痕ひとつなく回復した。


「あなたがデニスさんですね?」

「な……なんだ貴様は! オレが誰だか知っててこんなことをしてんのか!」


禿頭で、ガッシリとした顎には短い髭を蓄え、まるでラグビー選手のようにゴツい体格をした、見るからにただの金持ちではないその男――デニスは、その頭をタコのように真っ赤にしながら怒声を上げる。


 が、アンズはただ淡々と、


「解らないので確認をしているのです。――もう一度訊きます。あなたがデニスさんですね?」

「あ、ああ、そうだ! オレがデニス・ノヴァク! 役人でさえ恐れて頭を下げる男だ! ふ……ふはははっ! 今さら謝ってももう遅い! 生きてここから出られるとは思う――ガッ!?」

「うるさいですよ。静かにしてください」


 躊躇なく男の顔を蹴り飛ばし、アンズは冷ややかに言う。


 おいおい、あまりやり過ぎるなよ……?


 という俺の心の声をよそに、アンズはデニスへと歩み寄ってその胸ぐらを掴み挙げる。右手一本で、自分よりも遥かに大きい男を軽々と頭上まで持ち上げる。


「き、貴様っ……どこの手下だ……!? いや、誰に雇われたっ……!?」

「そんなことは、自分で考えれば解ることではありませんか?」


アンズは無表情のまま、デニスの襟をさらに締め上げる。


 デニスは呻き声を漏らしながらもがき、その両手足でアンズを突き飛ばそうとするが、それはアンズには届かない。


 いくら二度と見たくなかったヤツとは言え、流石に人に殴られたり蹴られたりしてるところは見たくないからな。ここは俺のスキルで守らざるをえない。


「ありがと、ハルくん……。このお礼は後でいっぱいしてあげるからね」


 言いつつ、アンズはデニスの襟を放し、だがそれとほぼ同時、左手に持っていたデニスの剣を振るった。


「ッ……!」


 剣の腹で横っ面をぶっ叩かれたデニスは、微かな声を上げながら吹き飛び、壁に衝突。そのままずるずると床に崩れ落ちる。


 しかし、アンズはそんなデニスにさらに歩み寄り、もはや涙を流すことしかできなくなっているその襟を再び掴み挙げると、剣を捨て、その左手をデニスの顔へと伸ばして――


「な……や、やめ……! アガアアアアアアアアアアアッ!?」


 その前歯――燦然と輝く金歯を、指で無理やり抜き取った。


「お、おい、アンズ! やり過ぎだ! いい加減にしろ!」

「どうして? これはクエストなんだから、ちゃんと達成したっていう証拠が必要なんだよ?」

「そ、そんなものはもうここに来るまで充分すぎるほど残してる! いや、お前に斬られた連中は何も憶えてないんだろうが……少なくともこの男はよく憶えてる! だから、もういい! 充分だ!」

「……うん、解った。ハルくんがそう言うなら、そうするね」


 内気な少女が見せる恥ずかしげな微笑のような笑みを浮かべながら頷いて、身を翻して部屋を、戦場跡となり果てたクラブ・デニスを後にした。


 そして、血がついたデニスの金歯をまだ高い太陽の陽射しにかざして見るようにしながら、


「どう、ハルくん? あんな女たちより、私のほうがずっとハルくんにふさわしいっていうこと、ちゃんと証明できたよね?」


 そう言ったのだった。


 まるで、頭上の一点の曇りもない青空のように晴れやかな笑顔で……。

『忘却の剣』編・前編はここで終了となります。

後編は現在、鋭意執筆中です。

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