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再会 -エンカウント-part2

「き、来ちゃったって……! で、でも、お前ホントにアンズなのか? なんか顔が微妙に違うぞ」

「そ、そんなことないよ。ちょっとだけ……ほんの少しだけ弄っただけだもん……」


 そう頬を染めるアンズだが、俺が元々知っていたアンズはこんなアイドル級の美少女ではなかった。もっとどこにでもいるような、平々凡々で目立たない女だった。もしこの子が本当にアンズなら、弄ったのはちょっとどころの話じゃない。もはやフルモデルチェンジである。


 そんなことより、とアンズはスッと表情を冷たくさせてこちらを見据え、


「ハルくん、そんな所にいないで、私と一緒になろうよ。そんなガサツ女、ハルくんにふさわしくないよ」

「だ、誰がガサツ女よ! っていうか、アンタは一体なんなのよ!?」

「私? 私はハルくんの恋人ですが」

「こ、恋人!?」

「断じて違う! 俺はお前を恋人だなんて思ったことは一度もない!」

「もう、そうやってハルくんったら、すぐに照れるんだから……。でも、そういうところも可愛いんだけど……」

「へ、へぇ……恋人」


ララが口角をヒクヒクさせながら笑う。


「だ、だから違うって……!」


 間違いない。この話の通じなさは間違いなくあの女――影野アンズだ。俺がそう確信していると、アンズが再び冷然とした表情になってララを見る。


「そういうわけなので、ハルくんを私に渡してください。あなたのようにガサツで、しかも弱い女には、ハルくんはふさわしくありません」

「だ、だから誰がガサツよ! アンタがアタシの何を――」

「これまでずっと見てきました。あなたがハルくんを投げたり叩いたりしているところを。その度に私はあなたを殺したい衝動に駆られましたが、ハルくんの手前、それを堪えてきてあげたんです。

 でも、もう限界です。あなたはハルくんに守ってもらう資格なんてありません。ガサツな上に弱いなんて……どれだけハルくんを苦しませれば気が済むんですか? あなたなんかといるハルくんが可哀想だと思ったことはないんですか? ないんでしょうね、無神経なあなたは」


 まくし立てるように喋る。


 ララはその勢いに押された様子で、何も言い返せない。


 と、その隙を衝いたように――アンズはララの頭から俺を奪い取った。俺にもほとんど見えないような、疾風のような速さだった。


「な、何するのよ! 返しなさい!」


ララはすぐさまアンズに詰め寄ったが、その足は止まる。アンズが、その背から抜き取った大剣を、既にララの首へと突きつけていたからだ。


「返しなさい? あなたは誰に向かってそんなことを言っているんですか。ハルくんはずっと私の物なのに」

「誰がお前の物だ! 妄想も大概に――」

「ねえ、ハルくん、これからは私と一緒にいようね。私のほうがこんな女よりずっと強いし、ハルくんを大切にしてあげられるから……」

「ふざけるな! 俺は――」

「まさかイヤなんて言わないよね? ハルくんにそんなこと言われたら、私、悲しくて――この女を殺してしまうかも」

「――――」


 俺は思わず息を呑む。


 経験上、知っている。コイツはいつだって本気だ。冗談を言うようなヤツじゃない。だから、今は刺激を与えず、下手に反感を買わないほうがいいだろう。


 俺にはスキル・《広範囲防御》も《自動防御》もあるが、それでも常に、絶対にララとセリアさんの安全を保証できるというわけではない。コイツの執念としつこさは本物だ。いつ、どんな隙を衝かれるかも解らない。


 だが、ここで頷いてしまえば、俺はアンズの物になってしまう。そしてそうなってしまった時、俺は本当に二人のもとへ帰れるんだろうか……?


「ハルくん、どうして迷ってるの?」


 ララに剣の切っ先を向け続けたまま、アンズは俺に屈託なく微笑む。


「ああ――でも、うん、そうだよね。私はちゃんとハルくんにその証拠を見せてあげないとね。でないと、ハルくんもこれからのことが不安だよね。……うん、解った。じゃあ、一緒に行こう? デニスっていう男を懲らしめに」

「な……なんでお前、俺たちのクエストのことを知ってるんだ?」

「そんなの知ってて当たり前だよ。私はハルくんのことをいつも見てるんだから……ハルくんのことで知らないことなんて何もないよ」


 言うと、アンズはようやくララへ向けていた大剣を下ろし、


「さあ、そうと決まったなら行こっか? こんなくだらない仕事なんかすぐに終わらせて、二人で何か美味しい物でも食べに行きたいな」


 そうララに背を向けたが、


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 ララが怒声を上げながら剣を抜く。と、アンズが再び大剣を握ったが、俺がその間に割り込むように言った。


「待て、ララ! ここは……退()いてくれ」

「え……? な、なんでよ? まさかアンタ、これからはソイツについていくなんて言うんじゃ……?」

「頼む。今は退いてくれ、俺を……信じて」


 どうか解ってくれ。今はそうとしか言えないんだ。今ここで下手なことを言えば、アンズがどんな行動に出るか、俺も想像がつかない。だから一旦、ここは。


 フッ、とアンズは嘲笑うような笑みをララへ向けつつ背中の剣から手を放し、再び歩き出す。そして、


「ふふっ。――えぃっ」


 と、無邪気な声を出しながら、俺をその頭に被った。


「ごめんね、ハルくん、ビックリしたよね? でも、こういうのって勢いが大事だっていうから……」

「こういうのって……なんだよ?」

「もう、ハルくんったら解ってるくせに……。今の私たち……一つになってるんだよ? これって、つまり……そういうことなんだよ?」


 そういうことってどういうことだよ。


 背中にゾッとしたものを感じながら内心でツッコむ。


すると、アンズは俺の沈黙を何か勘違いしたように言う。


「大丈夫だよ、ハルくん……。これからは私がずっと一緒にいるからね。ハルくんは優しいから、あんな役立たずにも恩を感じていて、それで少しだけ別れるのが辛いのかもしれないけど……安心して? どうせすぐに――ぜんぶ忘れちゃうから」


『忘れる……?』 


 その妙な表現が気に懸かったが、俺はそんなことよりも、ひとり取り残された――いや、置き去りにしてしまったララに気を奪われていた。


ララは……まるで捨てられた子供のように呆然とした目で俺たちを見ていた。



 が、その姿もやがて裏路地の角の向こうへと消え、アンズは何食わぬ顔で表通りを歩き始める。

 

 まるで、初めから俺たちはこうして旅をしてきたかのように……。

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