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クエスト・風紀粛正part3

「今の、って?」

「い、いや、その……俺のことが『好き』と……」

「……ふふっ」


 セリアさんはどこかイタズラっぽく微笑む。普段は優しさと清らかさに満ちた聖母のようなのに、たまにセリアさんはこうしてサキュバス的な笑みも見せるのだ。

「どういう意味か……知りたい?」


 つーっ……と、その人差し指で俺のツノを先のほうへと撫でながら、囁くように言う。


「は、はひ……」


 まるで電流が背骨を流れたように感覚が麻痺して、俺は力の抜けた声で言う。


 うふっ、とセリアさんはその目を細めて、


「じゃあ、ララちゃんが帰って来ないうちに少しだけ――」

「ちょ、ちょっと!」


バン! と扉を開けて、ララが部屋に飛び込んでくる。長い耳を朱くして、肩を怒らせながら、


「なんか話してるなと思って様子見てたら……い、いま何しようとしてたのよ!?」

「別に何もしてないわよ?」


 けろりといつもの表情でセリアさんが言う。


「う、嘘! いま何か……へ、ヘンなことしようとしてたでしょ、絶対!」

「そんなことはないぞ」


 と、俺もセリアさんをならって平然と言う。


「だから、ララ。もう一回トイレに行っててくれ。できれば今度はもっと長めに――」

「そんなに何回も出るわけないでしょ、バカっ!」


ララは俺のツノをガシッと掴んで、開いていた窓へと俺をブン投げる。


 この姉妹の、俺に対する態度の違いはなんなんだ。セリアさんが俺を宝のように扱ってくれるとしたら、ララの俺の扱い方はまるでゴミだ。日ごろの感謝も何もあったもんじゃない。


 と言いつつ、俺はこういう扱われ方も割と好きだったりする――のだが、そんな嗜好をララに知られたらマジで軽蔑の眼差しを向けられてしまいそうだから、黙っておくことにしよう。


なんてことを思いつつ、俺はさっきのセリアさんの言葉を思い返していた。


『だって、ハルト君がいるもの。ハルト君なら絶対に――もし引き離されるようなことになってしまったとしても、ちゃんとララちゃんを守ってくれる。だから、わたしは何も心配していないわ』


 ――もし引き離されるようなことになったとしても、か……。


確かにそれができるなら、もし俺が二人の傍にいられない事態になっても、二人を守ることができるんだが……。


『アクセプト』


突然、頭の中に声が響いた。


『スキル・《自動防御》をダウンロードしますか?』


「自動防御……?」


スキル・《神層学習》が発動して、毎度のことながら俺は自分自身で驚く。


自動防御? なんだそれ? と思わず戸惑うが、習得しておいて損はないだろう。ああ、と返事をすると、


『スキル・《自動防御》――ダウンロード成功』


再び頭の中で声が響き――同時、俺はそのスキルを理解する。


 スキル・《自動防御》は、その文字どおり、俺の意識とは無関係で、対象として選んだ人物を守ることができるスキルである。


 ただし、いくつか制限はある。


 そのうちの一つ目は、《自動防御》が及ぶ範囲は半径約十ミレ(約十五キロメートル)であること。


 二つ目は、防御できるのは物理攻撃に対してのみであること。


 三つ目は、防御対象の上限は二名までであること。


 四つ目は、俺がその顔を知っている人物でなければ、防御対象として選ぶことはできないということ。


 だから、その防御は全く完全というわけではないが、これは俺の『不意の攻撃に弱い』という弱点をかなりカバーしてくれる便利なスキルに違いない。消費する魔力もかなり少なめで疲労も起きにくそうだし、常時展開しておくべきスキルかもしれない。


と、まるで桃のようにどんぶらこと用水路を流れ続けていきながら思っていると、ララが走って俺を拾いに来てくれた。


「なに暢気に流されてんのよ……! アンタは空が飛べるんだから、自分でちゃんと戻ってきなさいよね……!」

「――そうふくれっ面を作りながらも、息を切らせて俺を拾いに来てくれるララなのであった」

「な、何よ……!」


 ララは少し顔を朱くして、


「言っとくけど、アタシはアンタが心配で走ってきたわけじゃないんだからね。アタシはアンタなんて別に放っておけばいいって言ったんだけど、セリア姉がもし何かあったら大変だって不安そうだったから、それで……」

「じゃあ、ララはもし俺がこのままいなくなってもよかったのか?」

「え? い、いや、別にそういうわけじゃ……ない、けど……」

「俺がいなくなっても不安じゃないし、寂しくもないと」

「だ、だから別にそんなことは……!」


ララは慌てて言い繕うように言って、目を泳がせながら、


「ア、アタシだって、それなりに、その……アンタのことは頼りにしてるし……。――って、アンタ、いまニヤニヤ笑いながらアタシのこと見てるでしょ!」

「ん? いや、笑ってなんかいない。ただ、お前の太ももを見てただけだ」

「アンタ……もういっぺん河に投げ捨てられたいのかしらね?」


そうやって耳を朱くしてムキになるところが可愛いし、なんだかんだ優しくて俺を大切に扱ってくれるところも可愛い。


 だから、というわけでもないが、俺は当然ララを、そしてセリアさんを《自動防御》の対象に選んでおく。


この力は、二人を守るためにあるものだ。いや、俺という存在そのものが、そのためにあると言っても過言ではない。


 俺は二人を守るために、二人の旅を見届けるためにこの世界へ呼ばれたのだ。初めから、そういう運命だったのだ。


 最近、俺はそう信じ始めている。

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