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埋められた『何か』

「ヤンさん、少しよろしいでしょうか?」


と、セリアさんがヤンの使っている小屋の扉を叩く。


 しかし、返事はない。二度、三度とセリアさんは呼びかけとノックを繰り返したが、中で人が動く気配さえもない。試しに、という感じで扉を少し押してみると、それは軽い軋みの音を立てながらスムーズに開く。


狼狽えるような様子で背後のララを見るセリアさんに、俺は囁く。


「……大丈夫です、セリアさん。俺が守りますから」


 既にスキル《広範囲防御》は展開してある。どこから飛び出してこようと、絶対にセリアさんには指一本も触れさせない。


セリアさんは俺を信頼してくれた様子で頷くが、扉を押す手、家の中へと踏み込んでいく足取りには不安の色が濃く出ていた。しかし、


「……いないわね」


 すっかり家の中に入ってしまって、かなり薄暗い手狭なワンルームの中を見回すが、どこにもヤンの姿はない。


 部屋の右側奥にベッドがあり、その傍には小さな机とテーブルが一つずつある。対して左側には簡素な竈があり、小さな火が入れられているそこではグツグツと何かが煮込まれていた。


 火の様子から、つい今までここにいたよう――と思いたくなるが、こっちの世界ではそういうわけではない。現代日本と違ってガスなどないこちらでは、大概の家ではこうして一日中、竈には火が入れられている(らしい)のである。


「いないじゃない」


 ララが苛立たしげに呟く。


「まさか、自分のやったことがバレたって気づいて逃げたの……?」

「それは流石に勘がよすぎる気がするが……まあ、いないならいないでできることもあるからヨシとしよう」

「できることって何、ハルト君?」

「まあ、いわゆる失せもの探し、というやつを」


 自分でも使ったことがないから上手く行くかは解らないが、俺は既にスキル《探索》をヴァン・ナビスから《学習》している。


 『付近にある宝の位置が解る』というこのスキルの力――見せてもらうぞ。


「……スキル《探索》」


呟くと、


コーーーン……。


 小さな鐘を打ち鳴らしたような澄んだ音が周囲に響き、同時、緑色に光る幕のようなものが俺を中心として放たれた。そして、


「……ん?」


 突然、地面の中で何かが光った。まるで床と地面を半透明にしたように、地面の中で輝く黄色い光が見える。


「どうしたのよ? 何か――」

「ベッドの下――いや、ベッドの下の地面の中に……何かがある」

「ベッドの下……?」


どうやらこの光は俺にしか見えていないらしい、セリアさんが訝しげに反芻する。


「何があるのかは解りません。ですが、『何か』があるのは間違いなさそうです。だから、調べましょう。アイツが戻ってくる前に」

「それって……大丈夫なの? 隠してるお金だったりしたら、アタシらまるで盗賊じゃん」

「金だったら戻しておけばいいだけのことだろ。それに――」

「……それに?」


 怪訝そうにこちらを見るララに、俺は「いや」とだけ応える。


……実は、ヤンの言っていたことで頭に引っかかり続けていたものがある。


『たとえマルセルの骨を掘り起こして弔ってやったとしても……それで全てが解決するようには思えんな』


 あの、まるでマルセルの骨がどこかに埋まっていることを知っていたかのような口ぶり……単なる言葉の綾のようなものかもしれないが、今この状況からすると『やはり』とも思えてくる。


 いや、落ち着け。まずはともかく、この床下にあるものがなんなのかをしっかり確認してからだ。


「さあ、急ごう。セリアさんも、すみませんが少し力仕事を手伝ってください」


 と、俺達はすぐさま作業に取りかかり、まずはベッドをずらした。すると、


「これって……」


 ララが驚いた声を漏らす。


 ベッドの下の床板は、永らく掃除がされていなかった様子で埃が積もっている。だが、驚いたのはそんなことに対してではない。


「これは……蓋……よね?」


 ベッドの下、その壁際付近に、縦一メートル、横三十センチほどの床板とは別の木の板が嵌め込まれていた。他とは違ってそこだけは木の床に釘が打ちつけられておらず取り外しが可能になっているのだった。


「この上にもかなり埃が積もってるな……。ってことは、おそらく中にあるのは金ではなさそうだ。金なら、それなりに出し入れをするはずだからな」

「じゃあ……何があるっていうのよ?」


 それは、俺も見てみなければ解らない。


 俺はララとセリアさんに白魔法キュアを応援としてかけつつ二人を急かし、床の蓋を開けさせ、竈の横に立てかけられていた鍬でその土を掘らせた。


夜の帳が下り始めた小屋の中に、土を掘り返す音と薪の静かに爆ぜる音がしばらく響く。そして、


「何か……」


 壁に身体を寄せた窮屈な姿勢で土を掘り返していたセリアさんが、その手を止める。


 見ると、確かに土の中から何か茶色い布のような物が見えていた。


「なんだ……? 服か何かか?」

「いや、違うわ。これは……」


 ララはサッと青ざめたような顔をしながら「貸して」とセリアさんから鍬を取ると、どこか慎重な手つきで土を掘り起こす。


 それから床の穴へと手を突っ込んで、ずるずると土の中からその布を――数カ所、穴の空いた、大きな麻の袋を取り出した。


「袋……? まさか、それは……!」


 先程のララの話を思い出しながら俺が驚くと、ララは小さく頷く。


 袋の土を軽く払い落とすと、中にある『何か』が触れ合い、カラカラと軽い音で鳴った。袋の下の方にある小さな穴からは、薄茶色く変色した『何か』の一端がわずかに見えている。


「……里中の人間で捜しても見つからないはずよ。マルセルはどこにも行っていない。ずっと屋敷のすぐ傍にいたんだから……」


 セリアさんは、驚きと戸惑いのあまり声も出ない様子である。だが、それは俺だって同じだ。遺棄されていた人骨をどう扱えばいいかなんて、俺には解らない。だから、


「ここは一旦、里長に報告をしにいこう」


俺がそう言うと、ララとセリアさんは表情を強張らせながら頷いた。


 こちらの動きはなるべくヤンに気取られないほうがいいだろう、という判断の下、部屋を可能な限り元どおりにしてから、俺達はヤンの小屋を離れたのだった。

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