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地下室・封じられた井戸part2

「夢?」


 うん、とララはセリアさんに白魔法キュアをかけてもらいながら、自分が見ていたという夢を俺達に話してくれた。まるでシルヴィアに乗り移っているようだったという夢を。


「それって……」


 セリアさんが驚いたように目を見張る。ララは頷いて、


「うん。夢が本当ならだけど……マルセルを殺したのは、あのヤンっていう小間使いだと思う」

「だが、動機はなんだ? それに、もしヤンが本当に犯人だとして、どうしてそれをリタが口止めするんだ?『自分が間違ったことをしてしまった』とは、どういう意味だ?」

「そんなことはアタシにも解らないわよ。でも……」


 と、ララは狭い部屋のほとんどを締めている古井戸を見下ろす。


「アタシがシルヴィアにここへ連れてこられたんだとしたら、ここに何かがあるのかも……」

「『何か』ってなんだ? だって、お前さっき、マルセルの死体はヤンが運んでいった、って……」

「ええ。でも――」


 ドンッ。


 突然、井戸の木蓋が強く叩かれた。そして、


「うっ……」


 ララが顔をしかめながら鼻を押さえ、セリアさんも同じように後ずさった。


 井戸から、強烈な悪臭――ねっとりと喉の奥に染みつくような生臭さが漂い始めたのだった。


 と思うと、ドン、と再び井戸の蓋が下から叩かれ、


「……助けて……」


 少女の弱々しい声。


 突然のことに、俺達は思わず息を呑む。が、セリアさんはやがてハッとしたように、


「だ、誰かいるの? いま助け――」

「待ってください、セリアさん!」


 と、俺は慌ててセリアさんを制する。


「こんな場所に誰かがいるなんて考えられません。というか――この井戸、強い魔力で外から封じてあります」

「封じてある……?」


 ララは訝るように俺を見てから、井戸へ目を戻す。


「別に、ただ蓋が置いてあるようにしか見えないけど……」

「なら、開けてみればいい。たぶん、動かすこともできないはずだ」

「……『たぶん』? もし開いちゃったらどうするのよ?」

「い、いや、たぶんじゃない、絶対に開かないはずだ。その井戸の蓋に、物凄い魔力が込められてるのは間違いないから――」


 ドンッ、と再び下から木蓋を叩く音。


 ヒッと声を上げて、ララはセリアさんの後ろに隠れる。


 俺はいつでも二人を守れるよう気を張りつつ……ふと、扉の横、右手の壁に、黒いインクで何か文字が書かれていることに気がついた。


「これは……? ええと……『この井戸、開けるべからず』……?」


 俺がその楔形的文字を読み上げると、セリアさんが「あっ」と声を上げる。


「これ、お父さんの字じゃないかしら……?」

「え? 父さんの……?」


 と、ララが目を丸くする。


「ええ、たぶん、だけれど……」

「いや、可能性は大いにあります。何せ、このクエストはかつてブレイクが請け負ったものなんですから」

「じゃあ、父さんは金だけ受け取って逃げたわけじゃなかった……。一応、この屋敷で何かはしていってた、ってわけ……?」


 そうかもしれない、と俺はララに同意して、


「というか、ブレイクは一番危険な場所を封じていってくれたのかもしれない。俺としても、ここは、なんていうか……かなりヤバい場所だっていう直感がある。だから、この封印は解かないほうがいいと思う」

「でも、中に誰か……もしかしたら、殺されたマルセルちゃんの魂が……」

「かもしれないです。でも、危険である可能性がある以上、今これを開けるのは得策ではありません。開けるのは、もう少し先にしておきましょう」


 そうね、とララはセリアさんを井戸の部屋から押し出し、扉を閉めて、


「アタシ達には、先にやっておくべきことがあるわ。ヤンの奴を捕まえて、色々と吐かせないと」

「そ、そうね……。でも、ララちゃん、大丈夫なの? まだ具合がよくないんでしょう?」

「うん……。けど、大丈夫。さっきよりは少しマシになった気がするし、それにアタシの身体に何か問題があるわけじゃないみたいだから」

「……?」

「たぶん、これはシルヴィアの感覚なんだと思う。さっき、アタシがシルヴィアの夢を見たのも、いつの間にかここへ歩いてきていたことも……アタシが妹で、シルヴィアと感覚を共有しやすかったことが原因なんじゃないかって……そんな気がするの」

「……なるほどな」


 つまり、『波長』が合ってしまったということか。しかし、


「言っとくが、ララ、これからが本当に危険なんだぞ。まだヤンが犯人だと確定したわけじゃないけど……もしそうだったとしたら、アイツがどんな反撃をしてくるか……」

「そうね。でも、アタシは一刻でも早くこの件に片をつけたいの。シルヴィアが、ずっとこんな辛い状態のまま、この場所に縛りつけられてるなんて……あまりにも可哀想じゃない」


 その目は疲労に満ちていながらしかし、赤々と燃える熾のように強い光を持っていた。


 セリアさんとララ……この二人はエルフとダークエルフという種族の違いなんて関係ない、本当に似た者同士の姉妹だ。


その優しさは、いやその優しさこそが、この暗い屋敷を照らす明るい光のように俺には感じられた。


「……解った。行こう、ヤンの所に」

いよいよクライマックスへと入って行きます。

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