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呼ぶものpart2

「セリアさん」


 と、俺は久しぶりにしっかりと声を出して喋る。


「このドアを叩いてるみたいな音……どうします? 様子、見に行っておきますか?」

「やっぱり……そのほうがいいかしら?」

「いや、でもセリアさんが怖いのであれば、別に――」


 うふっ、とセリアさんは微笑んで、


「ううん……大丈夫よ。だって、ハルト君がいるもの。ハルト君がいてくれれば……何も怖くなんかないわ」

「そ、そうですか……」


その健気な笑顔に、俺はこんな時にも拘わらずドキリとしてしまう。


 だが、これは別に悪いことじゃない。この笑顔があるから、俺は『兜』になり果ててしまった今でも自分を保っていられる。自分のベストを尽くそうと思っていられるんだ。


 よし、と俺は流石に恐怖を感じ始めていた心に活を入れ、


「じゃあ……様子を見に行っておきましょうか。もしかしたら、誰かここに入り込んだ人が助けを呼んでるのかもしれませんし……」


そうね、とセリアさんは頷いて、ララが休んでいる部屋の前を離れて三階へと向かい始める。


 ギシギシと軋む階段を上って三階へと着くと、誰かがドアを叩いている音がハッキリと耳に届いた。


 気のせいか、その音がさっきまでより激しくなっているような気がするし、「ねえ」と言っているように聞こえる女性の声に、どこか怒気が含まれ始めているように聞こえなくもない。


 セリアさんはその足取りを重くさせながらも、それらが聞こえる西側の廊下を歩んでいく。


 どうやら音は、北の方角へと折れる手前の部屋から聞こえているらしい。セリアさんがそこへ近づくにつれて、まるで俺達を呼んでいるようにその音は強くなって、


「ねえ! 助けてっ!」


と、鮮明過ぎるくらい鮮明に若い女性の声が聞こえたのだった。


「お願い! 助けてっ! ねえ! 誰にも言わないから! だから助けて! ねえ!」


 セリアさんはギョッとした様子で足を止めている。俺も思わず唖然としながら、


「セリアさんも……聞こえてますよね?」

「え、ええ……」

「幽霊の声って……こんなにハッキリ聞こえるものなんですか?」

「さ、さあ……。もしかして、本当に誰か女の人が助けを呼んでるのかしら……」

「返事をするんですか?」

「だって……無視をするのは可哀想よ」


セリアさん、あなたは幽霊に対しても礼儀正しい人ですね。


という俺の心の声をよそに、セリアさんは扉の前に立ち、ノックをしようと右手を軽く上げる。と、


 ドゴンッ!


 と、部屋の中から割れそうな勢いで扉が叩かれて、


「助けてって言ってるでしょ! そこにいるんでしょ! ねえ、助けて! お願いよ!」


 ……これはひょっとして、本当に人がいるのかもしれない。でないと、こんなにハッキリ声が聞こえるはずがない。そうだろ、なあ?

 

 誰にともなく俺はそう尋ねながら、


「……《サンクチュアリィ》」


 念のため、セリアさんの周囲に聖なる力の結界を張る。


「いつでもどうぞ。俺も準備はできています」


 ええ、とセリアさんは頷いて、恐る恐ると手を伸ばし、ドアノブを握る。そして、


「…………」


 ゆっくりとそれを回す。


「……開いてるわ」


 扉は開いているのに……女性はなぜ叫んでいたんだ? その不可解さに俺は思わずゾッとするが、


「あの……」


 セリアさんは、苦手だと言った割には臆することなくゆっくりと扉を押し開く。と、そこには――


「誰もいない、ですね」


 灰色の光に照らされる、ベッド机、そして一脚のイスがあるだけだった。


 ベッドには毛布が残されたままで、まるで誰かがつい先日まで使っていたかのよう。しかし、その布の色合いは埃を厚く被って鼠色になっていて、この部屋が無人のまま永らく放置されてきたことはすぐに解った。


「――――」


 先程は『大丈夫』と健気に微笑んでいたセリアさんだったが、流石に胆が冷えたのだろう、何も言わずにスッとドアを締めて、どこか早足で本拠地へと戻り始める。


 俺は思わず呟く。


「真夜中でもないのにこれだけ『出る』なんて……まるで幽霊の集合住宅だな」

「さっきハルト君が見たっていう影も、今の声も……この家で亡くなった誰かなのかしら?」

「それは断言できません。こういう場所は色々なものを外からも引き寄せていそうですし……」

「でも、それならやっぱり、この屋敷には『引き寄せるもの』……つまり渦の中心のような存在がいるということよね? なら、それさえ解決できれば――」

「おねえちゃん」

「えっ?」


 不意に呼びかけられて驚いたといった感じで、セリアさんは背後を振り向いた。


 すると、そこ――階段が折り返す踊り場には、七、八歳くらいの少女が立っていた。


 髪は肩にかかるほどの金髪で、円らな瞳は緑がかった青。爽やかな水色のワンピースを着て、腕には羊のような動物のぬいぐるみを抱えている。


 その声と姿があまりにもハッキリしているせいで、むしろ俺はその姿を見て全く驚かなかった。――が、すぐにハッと息を呑む。


「セリアさん、ダメだ! この子を見ちゃいけません!」


 って、既に少女と見つめ合っているセリアさんにそんなことを言って何になる!


「《ホーリー――》」


 俺はすぐさま、少女を攻撃する魔法を唱えようとするが、


「待って、ハルト君!」


 セリアさんの声にそれを遮られた。


 セリアさんはふくよかな胸に震える手を当て、小さく深呼吸をしてから、


「あなた……シルヴィアちゃんね? わたしに、何か話があるの?」


と、段上に立つ少女に微笑みかけた。


「おねえちゃん……」


 少女――シルヴィアなのだろうか――は、人形のように無機的な目でこちらを見つめながら繰り返す。


「ごめんなさい、わたしはあなたのお姉ちゃんではないの。でも、力になれることがあるのなら言ってもらえないかしら? あなたはここで何をしているの?」

「おねえちゃん……」

「お姉ちゃんがいないのね? それで、ずっと捜しているのね?」

「…………」


 ただ同じ言葉を繰り返していたシルヴィアが口を噤み、こくとわずかに頷いた。


「……入れない」

「入れない? 入れないって……どこに?」


 セリアさんが尋ねると、シルヴィアは悲しげにその表情を曇らせて、背後の壁へと吸い込まれるように消えていく。


 待って、とセリアさんは階段を駆け上がるが、踊り場に着いた時には、既に少女は跡形もなく消え去っていた。


幽霊と……会話をしてしまった。


 時が凍りついたような静寂の中、俺はたっぷり三秒は呆然と言葉も失ってから、


「セリアさん、危ないじゃないですか! さっき、『返事をしてはいけない。連れて行かれる』って言われたばっかりなのに……!」

「ご、ごめんなさい……。でも、急に呼ばれたから、つい……」


それは……まあ確かにそうだ。今のは突然の出来事なのだから、しょうがない。


この異常な場所のせいで、俺はいつの間にか追い詰められ、焦らされてしまっていたらしい。


 落ち着け……。俺が焦ってどうする……。


そう自分を宥めようとしても、じわりじわりと背後から忍び寄ってくる『それ』の気配は、否応なしに俺の平常心を乱す。


もう遠くはない。じきに――夜が来る。

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