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最強の兜

「……入ったかな?」

「入ったよ」

「王が待ってるから急ごうかな?」

「王が待ってるから急ごうよ」


 ん?


 妙な声――幼い女の子二人組らしい声が、ぼわんぼわんと金属を伝わってくるような不思議な響きで聞こえてくる。と思うと、


 どわっ!?


 まるで巨人のように大きな手が俺を抱えて、俺の身体を激しく揺さぶり始めた。が、何も見えない。視界は一面の闇。


 やめろ! 誰か、助けてくれ!


 そう叫ぶが、声が声になっている気がしない。真っ暗闇のホールの中にいて、その中で叫んでいるような不思議な感覚。


 が、やがてギィッと扉を開けるような音がして、


「お待たせしたかな?」

「お待たせしたよ」


 再び先程の声がした。


「で? 見せたい物とはなんだ」


 今度は若い男の声。二人組の女の子が答える。


「これかな?」

「これだよ」

「さっさと説明しろ」

「新しく作った兜かな?」

「兜だよ」

「《学習》のスキルを開発してみたのかな?」

「開発してみたよ。これを被れば、この兜は装着者の持っているスキルを自動的に《学習》するよ」

「学習するかな? でも、それだけじゃないかな?」

「それだけじゃないよ。兜は、受けたスキルも自動的に《学習》するよ。でも、安心だよ。スキル《探知網》を既に習得させてあるから、相手の攻撃がこっちに届く前に対策をしておいてくれるよ」

「それに、人間の意識も入れてみたのかな?」

「入れてみたよ。だから、自分で考えて、自分で自分の身を守ってくれるよ」


人間の意識?


「人間の意識?」


 俺の問いを、若い男が代弁する。


「でも、安心かな?」

「安心だよ。別に殺した人間じゃないよ。ただの死にたてホヤホヤの人間だよ。どこから来たのかはグヴェルたちにもよく解らないけど」

「よく解らないけど、安心かな? だから、被ってみてほしいかな?」


 不意にむんずと掴み上げられて、そしてブンブンと揺さぶられたと思うと、何かが『俺の中に』すぽっと収まったような感覚。


 な、なんだ……この感覚?


 思わずゾワゾワッとしていると――それから、無数の色をした光線が前方から降り注ぎ始めた。


 その光線は、凄まじい速度で過ぎ去って行き、


『黒魔法 《ギガフレイム》――ダウンロード成功』

『スキル 《威圧》――ダウンロード成功』

『黒魔法 《ギガボルト》――ダウンロード成功』

『黒魔法 《アクアレイ》――ダウンロード成功》


聞き覚えのある魔法とスキル名――もし俺が本当に既に死んでいるなら、その死の直前までやっていたMMORPG・『ダーケスト・ヘヴン』に出てくるそれらが、脳内で読み上げられる。若い男の、デジタルの合成音声的な声だ。


 が、それから先は、速すぎて最早聞き取り不能。


 同じ声が同時に、何重にも重なって頭に響き渡って、


「ああ、うるせえ! なんなんだよ、これ! ――って、あれ?」


 ようやくその感覚の激流が止んだと思うと、パッと目の前が明るくなった。


 っていうか、喋れる? それに、見える?


 少し離れた所、目の前に五段ほどの広い階段があって、その下――大広間のように広い空間にはよく似た二人の少女がぽつんと立っている。


 黒いショートヘアに白衣の少女、白いショートヘアに真っ黒な白衣の少女。そんな二人の円らな瞳と見つめ合っていると、


「うるさい」 


 真下から声が聞こえてくる。


「うおおおおおおおおっ!?」


俺を被っている(?)男が、不意に俺の身体を持ち上げて、大理石の床スレスレまで振り下ろす。


床に叩きつけられるのかと焦ったが……どうやらその気はないらしい。というか、どうやらこの巨人はイスに座っているらしい。


 そんなことが解るが――いや、何も解らん。解っても混乱しかしない。


 何がどうなってるんだ? 俺は夢を見てるのか?


 そう混乱する俺をよそに、俺の身体を軽々と持っている巨人は言う。


「こんな物はいらん。捨てろ」

「な、なぜなのかな!?」

「なぜなんだよ!?」

「俺は兜が嫌いなんだ。髪型が崩れるからな。それにだ。一つ、訊かせろ。これは俺に着けさせようとしているものなんだな?」

「もちろんかな?」

「もちろんだよ」

「なら、教えろ。俺の能力を習得した兜を俺が被ることに、なんの意味があるんだ?」

「……あれ?」

「……あら?」

「意味……あるかな?」

「意味……ないよ?」

「このバカどもが」


 呆れ返ったように言って、男はイス――おそらく玉座から立ち上がる。


「おい、ちょっと待て! 兜……? 兜って……まさか、俺は兜になったのか? なあ? おい!」

「ああ、その通りだ。お前はあのバカどもによって、その中に――兜というその身体の中に意識を閉じ込められた。……全く、憐れなヤツだ」


 男は階段を下りると、広間の窓へと歩いて、両開きのそれを押し開いた。


すると、むっと熱気が押し寄せてくる。いや、熱気どころじゃない。


「熱っ!?」


 『暑い』じゃない、『熱い』。全身が一気にカーッと焼きついていくような、凄まじく熱い空気だ。そして、鼻をつく腐卵臭……。


「な、何をする気なのかな?」

「何をする気なんだよ?」

「捨てるに決まっているだろうが」

「そんな! それはガヴェルたちが頑張って作った芸術品かな!」

「そ、そうだよ! 失敗なら失敗で、他に使い道があるよ!」

「ダメだ。途中で能力のコピーは防いだとは言え……こんな物に存在されると、厄介以外の何者でもない」

「え? ちょ、おい、捨てるって……? っていうか……ヴァン・ナビスだと? お前、『魔王ヴァン・ナビス』なのか?」


 魔王ヴァン・ナビス。


 MMORPG『ダーケスト・ヘヴン』において、その強大な魔力で全世界を事実上、支配下に置いている魔王――プレイヤーからは『表の魔王』と呼ばれる存在である。


 顔は見えないが、それがこうして現実にいるということは、まさか、ここは……!


「いかにも、俺は魔王ヴァン・ナビスだ。だが、どこぞの輩に『お前』呼ばわりされる憶えはないな」


ぽいっ。


 鼻をかんだティッシュを捨てるみたいに、ヴァン・ナビスは俺を窓から投げ捨てやがった。


身体が宙に舞う。そして眼下に広がるのは、鮮烈な炎の色。


 勘違いでなければ、燃えさかるマグマである。


兜が空中でできることは? 


 答えるまでもないだろ。そんなもん、あるわけがない。


 俺は思考が凍りついたように何も考えられないまま、真っ逆さまに灼熱地獄へと落下して――しかし、


『《探知網》 に反応』


 不意に頭の中に声が響いた。


 さっきも聞いた、やけに滑舌のいい男の声だ。


『スキル 《熱無効》をダウンロードしますか?』


 え? あ……はい。


 呆然と脳内で同意。


『スキル 《熱無効》――ダウンロード成功』


 その声が言い終えるのとほぼ同時、視界が眩いオレンジ色に満たされた。マグマへと突っ込んだのだ。


 だが……何も感じない。


 まるで映画のスクリーンを見るみたいに、何もかもが他人事だった。わずかな落下の感触はあったが、熱くもなんともない。無、全くの無である。


 だが、


「いや、ちょっと待て! このままじゃ……!」


 ずぶずぶ……と、どこまでも身体が沈んでいっている。


 何も熱さを感じないのはいい。だが、このまま地の底に沈んでしまったらどうなる?


 固まった岩石の中で化石のように眠る?


 あるいはずっとマグマの中を浮かんだり沈んだりし続ける?


 ふざけるな。そんなの想像するだけでゴメンだ。


ようやく恐怖に実感が湧いてきて、頭が回転し始めてくれたらしい。俺は「そういえば」と思い出す。


 さっき頭の中を駆け巡った凄まじい量の色彩――情報の中に、『スキル《空中浮遊》』があった気がする。


 聞き取れなかったはずなのに、なぜそれがあったと解る? 自分でも解らないが、そんなことに構っている場合じゃない。


「スキル 《空中浮遊》!」


 叫ぶ。


 と、ロケットみたいなスピードで俺の身体が浮き上がった。が、


「う――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


力が上手く制御できず、マグマを突き抜けても上昇が止まらない。


 そのまま、まさにロケットのように雲に突入。視界は眩い白に包まれて、と思うとパッとそれが消えて、深い青が一面に広がる。と、


『《探知網》 に反応。スキル《氷結無効》をダウンロードしますか?』


「さっきから、お前は誰なんだよ!? いや、そんなことはどうでもいい! する! 早くなんでもダウンロードしてくれ!」


『スキル《氷結無効》――ダウンロード成功《探知網》に反応』


「今度はなんだ!? 宇宙にでも行くのか!」


『スキル 《物理属性ダメージ無効》をダウンロードしますか?』


 え? と思った瞬間、


ふわっ。


身体全体に、不思議な感覚。


 それを挟んで、緩やかに落下が始まった。


「ああ……はい、なるほど。お願いします」


『スキル 《物理属性ダメージ無効》――ダウンロード成功』


 上がったら、次は当然落ちるわけだ。まあ、そうだよな。


 スキル《空中浮遊》を上手く操ることができれば問題ないのだろうが、今の自分にその力はない。この位置から下手にそれを使えば、今度は本当に宇宙まで行ってしまいかねない。


 というか、俺は今おそらく金属の肉体を持った生命――いや物体なのだ。落ちた衝撃で歪むことがあろうと、死ぬことはないだろうさ。


 とは解っていても、


「うぉあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっっ!


死の恐怖なんてものを、理性で制御できるはずがない。


 俺はひたすら叫び声を上げながら、流れ星のように地上へ落下していった……。


――いや、っていうか、俺、なんでこんな所にいるんだっけ?

もし少しでも「面白そう」と思われたら、どうぞブックマーク・評価をお願いいたします。それが明日への生きる力。


2019年10月29日追記

読者の方々のアクセスから察するに、『魔に憑かれた屋敷』以降辺りからの展開を書き直した方がいいのかなと思っている今日この頃です。


これから『スキル《神層学習》―学習する最強の兜(俺)―』を読んでくださる方々(あるいは既に読まれた方々)はどう思われるでしょうか。

それについて何かご意見があれば聞かせていただけるとありがたいです。そのご意見をもし複数いただければ、それを総合的に判断して書き直し等にとりかかるかもしれません(し、現状維持を選択するかもしれません)。

よろしくお願いします。


・コメディー調だけ読みたいという方は『エルフの姉妹』→『黒雷のエクス』→『最強の兜と水着コンテスト』という流れで読んでいただいても大丈夫です。

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