高いところ
「なんだよ。別に普通のところじゃないか。わざわざ呼んだ理由がこれか?」
「ここで音楽を聴いてみてよ」
彼女は僕の悪態を素知らぬ顔で通し、ヘッドフォンを差し出してくる。仕方がないから受け取った。しばらく音楽に耳を傾ける。
曲は歌詞のないBGMのようだった。ピアノのピロンピロンという静かな音が鼓膜を震わせる。透明感を感じるなんともまあ変わった音楽だった。サビも何もない。ただただ高い音が頭の中にすっと入ってくる。不思議な感覚だった。
なぜかわからないが、自分がものすごくちっぽけな存在に思えた。
曲は十分ほどで終わりを告げた。彼女はもう終わるタイミングがだいたい分かっているらしく、最後のほうになるとずっと僕の顔を覗いていた。
しかし、そのことを言ってみるとなぜか笑われてしまった。「いや、別に歌が終わりだとかそんなのいちいち把握してないよ」彼女は言った。
「あの曲ほとんど同じテンポ繰り返すだけだし」と彼女は続ける。
嘘だと思った。謙遜しているのだと思った。だから意地悪くこう質問をしてみる。
「じゃあなんで曲が終わりかけた時に気が付いたんだ?」
彼女のことだからたまたまだったとかと答えるだろう。まあ、そうなったらそうなっただ。
絶対に彼女が認めるまで引き下がるわけにはいかない。そう思った。僕の変な意地だ。だが、期待しているものとは全く別の返答が返ってきた。
笑い声――
なんでだ。
「ちょっとごめんまじ無理」
そんなことを言っては腹を押えてくすくすと笑った。何でか分からないがもの凄い笑いの的にされているようだ。
「いやーおもしろいね。思わず吹き出してしまった」
彼女は実に楽しそうな表情を浮かべていた。まあいいさ、いつもの不愛想な顔より全然いい。
「で、なぜわかったのかだったよね。あれね、男君がものすごい深く息をついていたから気が付いたんだよ」
「どういうことだ」
思わず聞き返してしまった。
「ほら、よく言うじゃん。絶景を見てため息が漏れるって。多分男君はあんな感じだったんだよ。そのため息が長くて長くて、ああそうか。もうすぐ曲が終わるんだねってそう思ったんだ」
まさか。こんな景色に自分は見とれていたというのか。
「さらにいうとね」
彼女はものすごい意地悪そうな笑みを浮かべた。初めて見る表情だ。
「男君、さっきここが何も変わり映えのないところって言ってたけど、その時の声のトーンがいつもよりも高かったんだ。きっと見とれていたんだよ」
気が付けば彼女の顔は優しそうな顔に戻っていた。
僕は無言であたりを見回す。何も変わらないマンション。道路。行き交う車。そのすべてがいつもと何にも変わらない。だけどこの時は、この時だけはそのすべてがいつもと違って見えた。
久しぶりに筆を取りました。
ストーリーは脳内で補完してください。