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第97話 圧倒(1) 堂島美咲


 堂島美咲は、バンから降りると、【東京ステーション】の正面玄関前まで直行する。

 東条官房長の見立てでは、時期に奴らがこの場に出現する。

 玄関前には、軍服姿の《狂虎》が腕を組んで佇み、《蝮》と《(ふくろう)》は、それぞれ建物の柱に寄りかかっていた。

 耳に設置された無線機から、四童子幕僚長の低く力強い声が聞こえてくる。


『聞こえてるな。敵戦力の確認は完了した。

ラヴァーズ、フール、チャリオット、マジシャンの(ヨン)

フール、チャリオットが正面玄関へ向かっている。ラヴァーズとマジシャンは建物の中だ』


東条官房長の予想通り、フールはいた。官房長が立てたこの計画では、美咲はフールとのみ、実戦が許されている。フール以外では、美咲には荷が重い。そんな判断からだそうだ。


『では、作戦の具体的な概要だ。堂島はフールを、多門はチャリオットを正面玄関前で迎え撃て。《狂虎》は建物の中のマジシャンを処理しろ。《(ふくろう)》と《(まむし)は、堂島と多門の補助

 既に奴らの一人は我らの捜査員を洗脳し、警察職員を襲わせようとした。Aテロリストの認定が、国家公安委員会から発令されている。国際テロ規制法に基づき、投降を促した後、速やかに制圧せよ』


 《狂虎》が建物中へ姿を消し、《(ふくろう)》と《(まむし)は、美咲達から距離を取り、遠巻きに観察を開始する。



 暫くすると、玄関口から、赤目の坊主男と、男性の服装をした根暗そうな黒髪の女が出てくる。

 先刻、本作戦に参加する全員に、奴らの委細の情報は与えられている。この赤目坊主がフールであり、相良君の記憶から得た予知情報とも合致する。

 素早く指を動かし、フールの鑑定を試みるが、『フラギ・サーモン』という別人の情報が映し出される。おそらく、鑑定防止の魔術・スキル・魔道具の類だ。

 この鑑定における攻防さえも、現代魔道技能科学の域を遥かに超えている。少なくても数日前の美咲ならこんな漫画か小説のような事態など、一笑に付していたことだろう。それがこうも、当然の事として受け入れている。

 相良君の登場により、美咲の強固な常識という名の扉は粉々に砕かれてしまったのかもしれない。


「おや、おや、可愛らしいお嬢さんだ」


 喜色悪い笑みを顔一面に張りつかせながら、白色の手袋を嵌めるフール。この余裕、己が敗北するとは夢にも思ってはいまい。


(昨日までの私みたいだ)


 フールも、昨晩の美咲と同じ、井の中の蛙。この世界には想像もつかない怪物がいることを知らない、滑稽で愚かな道化。


「投降しなさい」


 部署や立場が変わろうと、美咲は警察官。その誇りは忘れてはいない。まさか、そんな自分が、『投降』の言葉を使うとは夢にも思わなかった。かなり連中に毒されていることは否めないか……。


「聞いたか、フール? この女、俺達に投降しろってよ!」


男装した根暗女が、嘲笑をたっぷり含んだ声を上げる。


「まあ、まあ、チャリオット、いいじゃないですか、この愚かなお嬢さんには――」


(投降の拒否を確認)


『掃討を開始せよ』


無線機から聞こえる本部の静かで無常な声を契機に、《炎帝》の起爆のスイッチである親指を折る。


「ぐごおぉっ!!」


 超高密度の蒼炎の柱が、フールの左腕を根元から消し炭にしつつも、夜空高く舞い上がる。


「今の貴方では役不足です。さっさと、変身しなさい」


 本来は、変身前の無力化が理想ではあるが、上からの命は、フール達の生け捕り。どうせ変身されるなら、早い方がこちらも作戦を立てやすい。


「き、貴様ぁ!!」


 火のような怒りの色を顔に漲らせて激高するフールの右腕目掛けて、再度親指を折る。

 

「ぐがぁぁ!!」


 蒼炎の柱により、フールの右腕も根元から炭となり、強風に煽られ上空へ舞い上がる。


「もう一度いいます。早く、変化しなさい」

「舐め過ぎだ。糞女っ!!」


 チャリオットの姿が霞むと、美咲の左脇で左手の手甲具を振り上げていた。


「お前がな――」


 刹那、チャリオットが横凪に吹き飛ばされ、砲弾のように一直線に《東京ステーション》の壁に衝突し、蜘蛛の巣状に陥没した。


「多門のおっさん、いいのかよ? 公共施設って馬鹿高いっていうぜ?」


 (まむし)が、ため息を吐きつつも、心底呆れたような声を上げる。


「やっぱ、そうだよなぁ~」


 右手で、気まずそうに、頬をカリカリと掻く多門さん。


「構わんさ。こんな時の官房長だろう。尻ぬぐいくらいしてもらおう。

 そんなことよりもだ。本戦は、我らのデビュー戦。マスターの顔に泥を塗るわけには絶対にいかぬ。この施設を崩壊させてでも、徹底的にやるべきだ!」


(いや、いや、崩壊させちゃ、マズイでしょ!)


右手を強く握って、力説する《(ふくろう)》に当然の突っ込みを入れるが、


「まっ、そうだよな」

「だな」


 即座に、(まむし)が頷き、常識人のはずの多門さんまで、頷いている。

 昨日とガラリと変わった彼らの思考回路、内心で非難の声を全力であげながらも、フールの右脚に、起爆の標準を合わせる。


「くそがぁ!!」


 壁に盛大にめり込んだ、チャリオットの目が紅に光り、全身から黒色の魔力が溢れ出す。チャリオットに一呼吸遅れて、フールの全身も黒色の霧に包まれる。


「美咲ちゃん。来るぞ!」


 多門さんのいつになくユーモアの一切が欠如した声が響き、美咲も身を屈める。

 黒霧が晴れて、頭に二本の角と背中に蝙蝠の翼を生やした化け物が、その血走った目で、美咲を睥睨していた。

 今までは所詮お遊び、ここからが、正真正銘の死闘だ。


                ◆

               ◆

               ◆


 相良君にもらった《炎帝》、鑑定では武具のランクは、神話級。普段、漫画や小説でしか耳慣れないこの『神話』という言葉の有する意味を直ぐに骨の髄まで理解した。


――――――――――――――――――


【炎帝】


〇説明:所持者を炎の支配者(マスター)クラスまで押し上げる手袋(グローブ)

■炎支配:スキル・魔術の威力、射程距離、範囲、命中精度、発動速度を極限まで高める。また、第六階梯以下の魔術・スキルの炎である限り、自然魔力(マナ)を吸収、増幅、利用することから、体内魔力(オド)の消費はない。

■賢者の悟り:第八階梯以下のあらゆる炎術系魔術・スキルを使用可能。ただし、第八階梯は一日一度しか使用できない。

■所持者限定:所持者以外ではいかなる効果も示さない。

■状態異常無効:第七階梯以下のあらゆる魔術・スキルの状態異常を無効化する。

〇武具レベル:神話級

――――――――――――――――――


 探索者協議会の定める階梯は、第七階梯まで。その先の第八階梯。それは、禁技・禁術に属するもの。禁術は、この世の摂理を捻じ曲げる常識の埒外にある力であり、第七階梯までとは、全く異質のものだ。

まさに、魔術師、超能力者の一つの生涯をとして追い求める到達点に等しい。それを一日一度という制限はあるが、ノーリスクで実現する? そんな狂ったことは通常あり得ない。

 無論、この事実は、既に上層部は把握済だ。予想に違わず、【炎帝】の【賢者の悟り】の第五階梯以上は上層部の許諾の元に置かれた。そして、この度の戦闘では、第六階梯までの許可が下りている。

 ともあれ、まずは、慣れ親しんだ《上位発火(ハイパイロキネシス)》のスキルで様子を見るべきだ。


 走り出すフールの右脚の軌道を読み、魔力を籠めた状態で、親指を折る。

 

「うお!?」


 フールの右脚が瞬時に炭化し、身体はその支えを失い、顔面から地面に壮絶にダイブした。間髪入れずに、奴の左足を燃やし尽くす。

 《上位発火(ハイパイロキネシス)》でも十分にダメージは与えられるようだ。

 

「き、貴様――」


「ウザい!」


 バタバタ両手を動かし、その見苦しく喚くフールの口を焼却する。馬鹿だろうか。無駄口叩いている余裕があるなら、口から火でも吐けば、もう少しはもっただろうに。

 相良君からこのフールの外道さは聞いている。子供の兄妹に対する仕打ちについても。

 美咲は一人っ子で兄妹はいない。でも、その妹の無念さくらい想像くらいできる。それをこの外道はくだらない遊戯のために、ぐちゃぐちゃに引き裂いたんだ。

 無論、美咲の心は警察官。いかなる凶悪犯であっても、拷問まがいのことなどできようもない。ただこの度は、敵の無力化の方法が、美咲の感情と合致していただけに過ぎない。

 相良君からの情報では、変化後の奴は、頭部以外の破壊ならば、十数秒で完全回復をするというふざけた修復速度がある。要するに、文字通り、不死身なのだ。

 ただし、不死身だからといって勝利方法がないわけではない。

一つは、奴の修復の原因と思しき身体中の無数の核を瞬時に消滅させてしまうこと。この方法は、第六階梯の魔術・スキルならおそらく可能だろうが、フールの捕縛という本作戦にはそぐわない。

 ならば、取りえる方法は一つだけ。


「ぐもっ!」


 喉で必死に言葉を吐き出そうとするフールの両眼を焼き尽くす。


「ぐごおぉぉッ!!」


 眼球が沸騰したのだ。まさに七転八倒の痛みだろう。

 そう。不死身は必ずしもその者を利するとは限らない。寧ろ、今のフールには足枷でしかない。それを奴は直ぐに思い知ることになる。

 のたうち回るフールに対し、右手の人差し指を折る。突如、フールの右腕の半径一〇センチほどの領域に火柱が上がる。

 次々に指を折るたびに、起爆が連鎖し、右腕から、胸腹部、左腕、下半身、頭部へとその火柱は移動していく。

 もはや、絶叫を上げる慈悲も与えられず、フールは炎の煉獄へと落ちていく。



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