第96話 お披露目ショー 八神徳之助
《東京ステーション》前の道路に隅に駐車した大型のバンの中で、八神徳之助は腕を組み、口を堅く閉じつつも、ある報告を待っていた。
(敵も味方も怪物の掌の上か……)
昼過ぎ、選手権のセレモニーの会場が、急遽《帝国イベントホール》から、《東京ステーション》へと変更になった旨を伝えられる。そんな最重要情報、東条官房長の耳に入らぬはずもない。どう考えても悪巧みの類だ。案の定、相良君には絶対に伝えるなと厳命される。
無論、本件のターゲットは、『一三事件』。今まで尻尾すら掴めなかった兇悪犯罪組織だ。舐めてかかれるほど、生易しい存在ではない。特に情報では、東条円香と四童子八雲が本件セレモニーに出席するらしい。彼らは、警察庁と防衛省の最終兵器。連携を取ればより、任務の遂行は容易となるはずなのだ。
だから、徳之助は、上層部に対し必死の説得を試みたわけだが……本作戦は防衛省との初の合同任務であり、警察庁の独断で計画の変更はできないとの一点張りで聞く耳など持ちやしない。
彼らは、既に計画の成功を微塵も疑ってはいない。理由は多分、あれだ。
バンのモニター近く、椅子に腰を掛けて緊張気味にお茶を飲んでいるおさげに眼鏡をしたスーツ姿のスタッフに視線を向ける。
(レベル3ね。彼女、サーチャーですらないはずなんだけど……)
彼女――天羽色葉は、数年前に警視庁に入庁した若手のキャリアであり、本来戦闘とは無縁の世界で生きてきた人物。大方、東条官房長が、《眷属ツリー》で、レベル3まで上げたのだ。
サーチャーでもない、一般人に過ぎない女性をたった一日たらずで、Dランク以上と呼ばれるレベル3まで上げる。これがどれほど狂った事態であるかなど、子供でもわかる。
しかも、あの靴と、スーツ、左大腿部から覗く銃は伝説級の武具。東条官房長は、セレーネ嬢と昨晩コンタクトを採っていた様子だった。おそらく、彼女に作らせたんだろう。
僅かな時間で、素人のか弱い女性をレベル3にし、その者に最上級のオーパ―ツを装備させる。そんなふざけた事態を目のあたりにしたら、それは、東条官房長に異を唱える気は更々なくなるというものだろう。
「色葉、そんなに緊張しなくてもいいわ。今日、貴方は、見学だから」
美咲ちゃんが、色葉君の隣の椅子に座り、肩に手を当てにこやかに微笑む。
「は、はいっ!」
必死で、平常を装おうとする色葉君。
実のところ、彼女、天羽色葉を本件任務にあてることには、大学時代の部活の先輩でもあった美咲ちゃんが、激烈に反対した。というか、東条官房長が彼女をレベル3にしたと聞き、大激怒していた。確かに、色葉君は、どの角度からみても、戦闘が得意そうには見えない。というか、口喧嘩すらもしたことがあるまい。そんな、人物に、徳之助達が昨晩受けた修練と言う名の拷問をするなど自殺行為に等しい。無理もない話だとは思われる。
ただ、天羽色葉本人から事情を聴取したところ、スーツの周囲に生じた水により、魔物は終始侵入し得ず、ただ、銃を連射していたら、いつの間にかレベル3になっていたらしい。
徳之助達には、そんな便利武具一切持たせられなかった。どうやら、彼女と徳之助達の間には、待遇に著しい差があるらしい。
腕時計を確認すると決行予定時刻まであと一〇分。
少し前、現場指揮権を有する四童子真八幕僚長の直属の部下達により、《東京ステーション》の全職員、マスメディアの避難は完了した。
『他者鑑定』で鑑定するも、駆り出された十数人の隊員の全てがレベル5。まず間違いなく、四童子幕僚長が《眷属ツリー》で強化した防衛省上がりの隊員だろう。つまりは、次期に設立される新部署の構成員。
東条官房長と四童子幕僚長は、相良君を新部署の実働部門の部長職につかせる気らしい。文字通り、部長は当該部門の最高職。要するに、相良君は警察庁と防衛省の虎の子の実働部隊を指揮する立場につくということ。
高校生に組織の実戦部隊のトップを任せるなど、ある意味正気の沙汰ではない。防衛省内部からの反発は、想像を絶するものとなるだろう。少なくとも、自発的に本作戦に参加している者など皆無のはず……なのだが――。
隊員達は皆例外なく、溢れんばかりの歓喜に、口元をだらしなく緩めており、嫌々この作戦に望んでいる者は皆無。
通常なら到底あり得ないこの現象も、リンゴが重力に従い地上へ落下するかのように、徳之助には実に自然に理解できた。
たった一日足らずの修練で、己の肉体が別次元のものへと変貌する。闘いに身を置くものなら、一度は夢想する最上の奇跡。むろん、奇跡は実現し得ないからこそ、奇跡。それが、真理であり、条理というものだ。その道理や常識を、相良悠真という少年は実に易々と覆してしまう。
結果、十数人が一夜でレベル5という馬鹿げた事象が起き、新たな心棒者が出来上がる。
「そろそろ、だろうね」
東条管理官の描いたシナリオでは、もうじき、何も知らぬ哀れな賊共がこの《東京ステーション》へ訪れる。
『フォックス1から本部へ。エリア1へ、ターゲット、侵入確認。繰り返す。エリア1へ、ターゲット、侵入確認』
無線機からの声で、バン内に緊張が走る。
「美咲ちゃん、多門君」
八神の呼びかけに、美咲ちゃん、多門長太が立ち上がり、敬礼をするとバンの外へ退出していく。
「あ、あの、美咲先輩も戦うんですか?」
色葉君が躊躇いがちに、八神に尋ねてくる。警視庁魔技特殊急襲部隊の隊長であった多門君はさておき、美咲ちゃんは、そもそも戦闘職ではない。無理もない疑問だろう。
同様の疑問をもったらしく、技術スタッフ達も聞く耳をそばだてているのが気配でわかった。
「まあね。それが上からの命令だし」
「危険じゃないんですか?」
美咲ちゃんに割り当てられたのは、フールとかいう自称悪魔。覚醒時の推定レベルは美咲ちゃんと同じ8。さらに、反射系の防御スキルと他者を怪物にするスキルを有する。だから、危険と問われれば一応、危険と答えざるを得ない。
だが、昨晩のモンスターフィスティバルの悪夢を鑑みれば、今更もいいところだし、警戒すべき反射系のスキルと奴の爪については、科学班の分析の結果、両スキルとも状態異常のスキルであることが判明している。ならば、対策は既に完了している。即ち、配給された神話級以上の武具の装備には、例外なく第七階梯以下の状態異常無効化の効果が付与されている。もはや、奴は、ただの火を口からはくレベル8の魔物に過ぎない。美咲ちゃんとしても、同レベルの化け物一匹の討伐など、たいして負担に感じていまい。後は奴の非常識な回復力をどう処理するかにつきる。
「彼女は、大丈夫さ」
むしろ、一方的な展開となって、ドン引きしそうだし。
やけに、断定気味の徳之助の言葉に、納得はいっていなかったようだが、大人しく引き下がった。
『フォックス3から本部へ。鷺と鼠がそれぞれ、ターゲット3、ターゲット4と接触確認』
無線機から発せられ、モニターを眺めると、美咲ちゃんが、ストライプの入った紺のスーツを着用した剃り込みの入った坊主頭の男、多門君が男装をした陰気な女とそれぞれ対峙していた。
お待たせしました。ここからは主人公達の一方的な蹂躙シーンです。たまったうっぷんを吹き飛ばしていただければと。
ちなみに、私も、二度読みするときは、ここからしか読みません。だって、ラヴァーズ、マジムカつくんですもん。必要なシーンとはいえ、ストレス解消に小説書いていて、ストレスが溜まるという不思議な現象に陥っておりますれば、もうそろそろ、書き方変えようかな……。




