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第93話 敗北への軌跡(1) フィオーレ・メスト

(すごいわね……)


 感嘆の言葉が出ずにはいられない。ここまであからさまで必死な殿方のアプローチなど初めて見た。

 蜜に群がる昆虫のごとく志摩来栖(しまくりす)の周りに寄っていた男達。あの数の殿方に囲まれれば、フィオーレなら、あたふたしてしまい真面に対処できまい。若干信じられないが、彼女にとってこの手の風景は日常なのだろう。体調が悪いの一言で、上手く逃げ切ってしまった。


(まさか、こんな形で志摩家の御息女と関わることになるとはね……)


 志摩来栖(しまくりす)――伝統ある陰陽師という日本の魔術師の家系の一つであり、世界的企業――シマグループ総帥――志摩刹那(しませつな)の孫。

 確かに、志摩家は世界的にも有数の名家ではあるが、西欧ではまた別の特別な意味がある。

最近崩御した《アシュパル》の国王――アドルファス・アシュパルの父と志摩刹那(しませつな)は親友関係にある。しかも、辰巳の妻のジェシカは、アシュパル家と遠縁の親戚関係。

 《アシュパル》は、EU加盟国でありながら、王政を強いる国であり、世界でも有数の経済大国。そして、志摩家はそのアシュパルと密接な関係がある家。西欧では、朝霧家以上に注目されている。

そのクリスの幼馴染が、フィオーレ達を絶望のどん底に追いやったあの事件――《上乃駅前事件》のたった二人の生き残り――相良悠真(さがらゆうま)。叔父様が、侮辱し、傷つけた兄妹の一人であり、フィオーレ個人にとっても無関係ではない人。

 そして、クリスの相良悠真(さがらゆうま)に対する強烈な執着からして、クリスにとって彼は唯の幼馴染というよりは――。


「は~い。生贄の子羊ちゃん達、オネムのじかんでちゅよ~」


 それは取り立てて大声でもなく、普通ならこの会場の喧騒にかき消されていたことだろう。しかし、この祝杯ムードのこの場に相応しくないたっぷりの憤怒で彩られた声は、妙に耳に残るものであり、ほぼ会場の視線が集まる。

 会場の扉の前には、黒色のドレスの女性が鬼面の形相で佇んでいた。


                ◆

               ◆

               ◆


「なんだ、あいつ?」

「さあ、目立ちたいだけの頭おかしい奴? それか、代表漏れしての八つ当たりじゃね」

「いるよねぇ、自分の身の程を知らない奴って」

「警備員は、何やってんだ? 早く摘まみだせよ」


 会場の至るところで、騒めきが生まれる。会場の拒絶の意思を一身に受けながら、黒色ドレスの女性は口端を上げる。


「この会場は関係者以外、立ち入り禁止です。直ちに退出してください」


 会場の声に背を押されるように、二人の警備員が動く。

 今晩は、ただの祝勝会であり、テロの標的になる要素がない。何より、この度の祝勝会は、世界探索者選手権大学部門の代表メンバー確定のためのセレモニー。過剰な警護などかえって、物笑いの種になる。この会場内の警備員は警備会社の雇うE、Fランクのサーチャーではあろうが、日本の代表メンバーであるフィオーレ達選手の方が強い。この面子に危害を加えようとするなど、愚者を通り越して、狂人の域だろう。

 その安心感からか、二人とも碌な警戒もせずに、女性の前に立つ。


「そうねぇ、あんた達でいいわ」


 黒色ドレスの女性の右手がぶれると、


「ぎゅわっ!」「ごにょっ!」


 突如、奇声を上げて硬直化する二人の警備員。


「盗撮野郎。見てるよねぇ? 聞いてるよねぇ? 」


 仰ぐかのように両手を掲げて、意味不明なことを口走りつつも、天井付近をグルリと眺め見る。


「ただじゃ殺さねぇ。じっくり、たっぷり、思い知らせてやる。魂の底から、後悔させてやる。お前らの浅はかな選択を!」


 赤く血走った瞳で、視線をフィオーレ達に落とす。気が付くと、黒髪の女の右手には十字架を模した長剣が握られ、その剣先はフィオーレ達に向けられていた。

 さらに頭に細い釘を突き刺された二人の警備員は、黒髪の女を庇うかのように立ち塞がる。

 この場にいるのは、素人ではなく全てサーチャー。しかも、選手権の大学部門の選抜メンバー。新人のサーチャーの精鋭と言い換えてもいい。ちょっとやそっとの事では、動じたりはしない。なのに、誰もがポカーンと呆けたような顔で、眼前のあり得ない事実を凝視していた。

 無理もない。黒髪の女の前に立つ警備員の顔は土気色で、涎をだらしなく垂らし、獣のような唸り声をあげていたんだから。


「さあ、肉人形ちゃん達、彼奴(あいつ)らを殺しなさい」


 黒髪の女の号令と共に、警備員の銃声が鳴り響き、近くにいたフロアスタッフ、二人が床に倒れ、血を流す。

 今度こそ、事実を認識した代表メンバーから悲鳴と怒号が会場中に巻き起こり、駆け抜けていく。

 警備員は尋常ではない速度で迫り、近くの男性の代表メンバーの一人の腹部を殴りつける。殴られた男性は、身体のクの字に曲げつつも、弾丸のような速度で壁に叩きつけられピクリとも動かなくなってしまった。

 大学部門とは言え、仮にも国の代表メンバーだ。同じサーチャーとは言え、ただの警備員に殴れたくらいで、戦闘不能になるような温い鍛え方はしていない。つまり、あの警備員は普通ではないということ。

 続けてもう一人の警備員が女性の代表メンバーに向けて疾走し、振り上げた右腕を下ろす。

 風を纏って女性の額に向けて迫る拳。しかし、その拳は天津哉(あまつはじめ)の左掌により軽々と掴まれ、次の瞬間、彼の右拳が警備員の腹に食い込んでいた。警備員はドサッと前のめりで倒れると動かなくなる。

 良かった。一応、気絶はするようだ。


「何、ボサッとしているの? 敵だよ」


 天津哉(あまつはじめ)の言葉に止まっていた時間は動き出し、皆、構えを取る。


「接近戦が得意な者は前衛に、中距離、長距離の魔術、スキルがメインの者はそれぞれ中衛、後衛に分かれて応戦!」


 もう一人の警備員と黒色ドレスの女を前衛の皆が、一斉に取り囲む。相次いで、前衛の代表メンバーの全身が光り輝く。この広範囲の身体強化、おそらく、中衛と後衛のメンバーによる身体強化のスキル――『剛鬼』と『無敵』だろう。ともに、第三階梯のスキルであり、熟練のサーチャーでもこれほど易々と発動し得る者は少ない。


「まずは警備員から無力化しろ。他の者は防御結界展開」


 (はじめ)の指示を契機に、フィオーレ達の前に薄い水色の被膜が覆う。

 同時に、前衛の一人が警備員の背後から足を払う。倒れ込む警備員の顔面を一際巨躯の代表メンバーの男性が鷲掴みにすると床に叩きつけ、間髪入れずに、もう一人が腹部に右拳を叩き込み、警備員は完全沈黙した。

 警備員をメンバーの一人が光の縄で雁字搦めにすると、黒髪の女を前衛のほぼ全員が取り囲む。


「プラボ!」


 パチパチと叩くと、黒髪の女は薄気味の悪い笑みを顔一面に浮かべる。


「でも――」


 左手の人差し指を天井へと向ける。


「くそっ! 前衛、直ちに後退しろ!」


 哉が檄を飛ばしつつも後方へ跳躍する。


「遅~い。残念でちたぁ~」


それは一瞬。瞬きをする間により、命運は別れた。


「《マリオネット》」


 黒髪の女の声。天から雨のように降る細い短針は、逃げ遅れた前衛に展開されている結界を豆腐のように易々と切り裂きその脳天へと突き刺さる。


「ぐぎょ!」

「ぐほっ!」

「かはっ!」

「ぎゃ!」


 凡そ、一〇人近くの前衛代表メンバーが糸の切れた人形のように項垂れると、ゆっくりと立がある。


「そ、そんな……」


 メンバーの女性の一人がペタンと腰を床につき震え出す。気持ちは痛いほどわかる。

フィオーレ達は仮にも世界選手権の代表メンバー。皆、激戦を繰り広げつつも、武と知を駆使して試合に勝利し、この場にいる。ほぼ全員が将来Aランクの到達を約束されているほどのなのだ。その一〇人を、スキルか魔術かもよくわからない能力で洗脳し、意思を持たぬ人形にしてしまう。

 しかも、あれだけの結界がクレープの皮のように、易々と突き破られてしまった。これは、あの針の攻撃を受ければ、フィオーレ達は一切防ぐことができず、頭部に受ければ、意思を持たぬ人形となり果てる事を意味する。


「実戦経験のない奴は、いても邪魔なだけ。部屋の隅に退避しな!」


 霧生明美(きりゅうあけみ)先輩が、感情の籠っていない声を上げる。

 多分、霧生先輩のいう実戦経験とは、帝都大等にある修行場での修練とは意味合いが違う。だが、そんな生死の経験など、フィオーレを含めてあるとは思えなかった。


「そうだね。僕も明美の意見に賛成だ。ここからは僕らだけでやる。君らは部屋の隅に非難してなよ」


 身構えながらも、(はじめ)も頷く。


「哉、やっぱ、僕らってのには、俺も入ってたりする?」


 (はじめ)と決勝を争った金髪坊主にピアスをした青年――東条樹(というじょういつき)が非難の入った声を上げる。


「当たり前」

「樹、あんた、戦闘以外基本無能なんだから、精々働きな」

「明美まで! ひでぇ、それマジで、ひどくねぇ?」


 哉と霧生先輩に即答され、わざとらしく右手の掌で顔を覆う東条樹。

 東条樹――現代の日本の若手を代表する東条三姉弟の一人。友人の少ないフィオーレでさえも、その名を聞いたことがあるくらいだ。帝都大の在学生で知らぬ者などいまい。それほどの傑物と聞いている。

 幼馴染か何かなのだろう。選手権の予選でも、東条樹と哉は常に行動を共にしていた。だから、哉はまだわかる。だが、霧生先輩は今まで二人と一切話していなかったはずだ。少なくとも、軽口を言い合う仲には間違っても見えなかった。


「私もやります」


 意外な人物の参戦の宣言に、哉が驚きと焦燥がごっちゃになった顔でその発言の人物に振り向くと――。

 

「クリスさん、駄目です!」


 翻意を促す。


「後衛の術者がいなくなるのはマズイでしょ? 先輩方全員、前衛ですし」

「ぐっ!」


 言葉に詰まり、俯く哉に樹が口端を上げて、その肩をポンポン叩く。霧生先輩も右手をヒラヒラさせる。勝手にしろということだろう。

 まだ期間は短いが、クリスはフィオーレの大切な友人であり、《上乃駅前事件》の謎を解き明かすという目的を同じくする同志。彼女だけに戦わせるなどできるはずもない。


「フィオーレ、貴方は――」

「私も戦うわ」


 樹はフィオーレを暫し凝視していたが、無気力な顔を一変させ、


「無駄だよ。彼女、本気だ」


 そうクリスに強い口調で断言する。


「臭~い茶番は終わったぁ? 虫唾が走って痒くなるのよ。あ~蕁麻疹でそう」


 本心なのかもしれない。黒色ドレスの女はヒステリックな声を上げつつも、暫しガリガリ全身を掻き毟っていたが、


「やれ」


 肉の人形化した前衛の代表メンバー一二人に、静かにそう命じる。

こうして、第二ラウンドの幕が上がった。


                ◆

               ◆

               ◆


 結論を先取りすれば、戦闘はフィオーレ達の優勢に終始した。

 人形と化した前衛陣の中には、大学部門の女性の部の優勝者を始めとする強者が含まれていた。クリスとフィオーレよりも格上の者達の肉体のリミッターが強制解除となった状態だ。本来なら、苦戦は免れないはず。なのに、こうも結果が異なる理由は二つ。

 一つは人形と化した者達は確かに、身体能力は大幅に上昇するが、スキルや魔術は使用できず、戦闘技術も稚拙なものに過ぎなかったから。戦闘はレベルの高さだけで決まるわけではない。身体能力がいくら高かろうが、それが視認し得る限り、直線的な何の効果も含まない拳打や蹴りなど避けるのは容易だ。

 そして二つ目は、フィオーレ達五人の連携が思いのほか上手くマッチしたこと。哉、樹、霧生先輩は接近戦を得意とする根っからの前衛タイプ。フィオーレとクリスが支援や遠距離攻撃を主な攻撃手段とする中衛から後衛タイプ。それがうまく功を奏し、緻密な連携を取ることができた。

 クリスの第三階梯《黒魔術――氷の祝福》により、哉、樹、霧生先輩の筋力や俊敏性等の身体能力は著しく上昇する。さらに、同じく第三階梯《黒魔術――氷結界》により、大気に氷の細かな結晶が漂い、あらゆる攻撃の侵入を防ぐ。

 哉が床を縦横無尽に疾走し、徒手空拳による拳打を放つ。哉の豪風を纏った拳が人形と化した代表メンバーの男性の横腹に深く食い込むと、バキボキッと肋骨が何本も砕ける音と共に、横っ飛びに吹き飛び壁に叩きつけられる。

 樹がライターの炎から青色の炎を纏った槍を取り出し、二人の人形と化したメンバーの懐に飛び込み、その槍を振るう。青色の輝線となって、周囲を高速で駆け抜けた蒼炎の槍は、一瞬で人形の数人の意識を刈り取った。

 対して、霧生先輩は、会場の隅に立てかけてあった布の包みを開き、日本刀を取り出す。そして、稲妻のような速度で、人形化したメンバー達の間を縫っていき、日本刀の背面にあたる峰の部分を遠慮無用で叩きつける。ボールのように床をバウンドしながら、机に頭から突っ込む人形化した一人。

 会場にはサーチャーの武具の持ち込みは禁止されている。なのにあの日本刀。霧生先輩、きっと後で役員達から少なからずお咎めがある。まあ、そんな平和な話は、この危機を無事乗り切ったらだ。


「フィオーレ!」


 クリスの言葉に、距離を取りながら詠唱を開始する。わかっている。昨日共に訓練したからわかる。クリスとフィオーレの魔術は相性が良い。

 次のコンビネーションの術ならば、第四階梯にすら届き得る。


「《氷鏡顕現》!」


 会場中にパキパキと霜が出現し、それらは宙で三〇センチほどの円盤状の塊となる。

 

「――敵を撃たん」


詠唱が終了し、目標を宙に漂う円盤の平面へと設定する。


「《紅閃(ロッソエクレール)》」


 フィオーレの眼前から放たれた幾つもの紅の閃光は円盤の面に次々に反射し、人形と化した代表メンバーの両手両足を次々に撃ち抜き、文字通り糸の切れた人形のようにドサリと床に倒れる。

 あっという間に、黒色ドレスの人形達は全て無力化され、部屋の隅に退避していたメンバーから、歓声が響き渡った。


「まさかもう勝った気でいるのぉ~? 人形などいくらでも――ん?」


 怪訝な顔で、自身の右手に視線を落とす黒色ドレスの女。


「無駄でやんす。あんたのそのけったいな能力は、あと一五分、使用不能やんす」


 おかっぱ青髪の青年がまん丸眼鏡のブリッチを中指で、くいっと押し上げた。

 男子の部、第三位――《封印君子》の異名を有する関西の雄――《京府大》の一人。彼は事、封印に関しては既に大学レベルを遥かに超えている。ただ、封印などという戦闘には不向きな能力に特化しているがゆえに、哉や樹に勝利することができず、三位に収まっているに過ぎない。


「まさか、あんたのその能力一つ封印する代わりに、あっしの全スキルと術、数週間使用不能となっちまったでやんす。一体、あんた何者でやんすか?」

「……」


 《封印君子》の言葉が聞こえているのかいないのか、呆然と自身の右手の掌を凝視している黒色ドレスの女。


「投降しなよ。能力を封じられた君に勝利はない」


 哉の最後通告に黒色ドレスの女は俯き、


「止めた……」


 そう、ボソリッと呟く。


「もう一度だけいう。投降――」

「あ~、もう! イライラする!」


 ガリガリと髪を掻き毟り始め、血のように真っ赤な瞳でフィオーレ達を睥睨する黒色ドレスの女。


「止めよ、止め! 劣等種族同志の血みどろの殺戮ショーでも観戦して、溜飲を下げようかと思ったけど、もういいわ。お前らの中でちょっぴり生きのいいのを数匹残して、全て駆除」


 髪が乱れ、赤く染まった目を吊り上げ、口角を上げる黒いドレスの女に、すーっと神経が凝結したような気味悪さを感じる。会場の皆もそれは同じ気持ちらしく、誰も口を開かない。


「はっ! 負け惜しみはみっともないぜ」


 ただ、樹だけが黒いドレスの女に否定の言葉を叩きつける。


「《釘蟲毒》」


 無感情な黒いドレスの女の声が会場に響くと女の周囲に十字架を模した十数本の釘が出現し、プカプカ浮かぶ。

 宙に浮遊する各釘から、赤色の脈動する肉の塊がせり上がり、増殖していく。釘は内臓と骨を形成し、屈強な筋肉で覆い、皮膚を形成する。


バキ、ゴキ、グシャ!


 生物としての嫌悪を呼び覚ます音ともに、人間の女の上半身と百足の下半身を持つ怪物にゆっくりと変貌していく。


(う、嘘……)


このチリチリと焼け付くような圧迫感。帝都大にある訓練施設内で召喚された魔獣とは明らかに次元が違う。

 眼球だけ動かし周囲を観察すると、クリス、哉、樹は勿論、先ほどまで終始余裕の表情の霧生先輩すらも滝のような汗を流している。

 

「レ、レ、レベル7っ!!」


 女性のヒステリックな声が上がる。会場の視線が一斉に女性に向く。膝まで垂らした長い黒髪の女性がペタンと腰を床に付け、幽鬼のような血の気の引いた顔で、百足モドキに人差し指を向けて呻いていた。

あれは確か、大学女性の部の第四位《黒姫》。準決勝で、召喚術をメインに展開し、クリスと激闘を繰り広げ、敗れた人物。


「あら~、下等生物にも鑑定ができる奴、いるみたいねぇ~」


 《黒姫》は自身の身体を抱きしめると、カチカチと歯を鳴らし震えている。

召喚術は、異界から魔獣を呼び寄せ使役する術。そして魔獣を使役するには、レベル、能力変動値を含めたその魔獣の全てを知らねばならない。故に、伝統ある召喚術師の系譜は、秘伝のような形で魔獣に関して識別能力が伝えられるのが通常だ。

 とするなら、《黒姫》の発言は真実。つまり、あの百足(むかで)の化け物は――。


 全員がフィオーレと同じ結論に到達したのか、恐怖が会場内へ小波のように波及していく。


「そうよぉ~、この子達は、全てレベル7。さあ、レベル3と4の雑魚君達、精々、足掻いてみなさいなぁ~」


 黒色ドレスの女は、まるでフィオーレ達の恐怖や絶望を楽しむかのように、兇悪な笑みを浮かべ、右手を上げる。


「女郎百足ちゃん、その五匹を残して食い殺しなさい。でも、直ぐに殺しちゃ駄目よ。甚振(いたぶ)って、甚振(いたぶ)って、十二分に甚振(いたぶ)ってから、生きたままジワジワと足から齧り殺しなさい」


 黒いドレスの女が右手の指をパチンとならすと、一斉に百足の化け物共は奇声を上げる。怪物の書いた演劇のシナリオは、中日(なかび)にさしかかろうとしていた。







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