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第92話 憤激 ラヴァーズ

 ボスの命で、フィオーレ・メストの殺害のため東京駅に到着したラヴァーズは、フール、チャリオット、マジシャンと合流し、《東京ステーション》へ向かっている。

 小娘一人を殺すなど、ラヴァーズ達にとって何の障害も思い描けない。本来、最弱のフールで十分なはず。なのに、ボスの指示はギルドの古参のメンバーの一人たるラヴァーズによるフィオーレ・メストの殺害だった。さらに、フールに、チャリオット、マジシャンまで動員されるという。

 事前に与えられた情報では、フィオーレ・メストはレベル3の雑魚。どう考えても、過剰戦力だ。ボスは探索者協議会や米国と正面からドンパチやるつもりでもあるんだろか。まあ、九割方、ボスのドン引きするほどの用心深さ故だろうけど。

 ともあれ、ボスはこの面子でフィオーレ・メストの殺害を命じたのだ。荒事になる可能性は零ではない。そうなれば、血肉が踊る狂乱の宴の幕が開く。


(ああ、想像しただけでー)


 釘が食い込む肉の感触と生温かな臓物の手触りを夢想し、快楽物質が脳髄を刺激し、ラヴァーズはブルッと身を震わせる。

 突如、ドンッと肩が勢いよくぶつかり、ラヴァーズの快美感の夢想は妨げられた。


「気を付けろ!」


 短髪にサングラスをした厳つい顔の男が、吐き捨てるようにラヴァーズを叱責すると、一瞥もせずに通り過ぎていく。

 人間など、ラヴァーズにとって快楽を満たすための玩具に過ぎない。その戯具(ぎぐ)が動作不良を起こして、ラヴァーズに牙を剥いた。この愚者にはとびっきりの絶望を与えよう。右手に細い釘を顕現する。


「ラヴァーズ!」


 いつになく、焦燥を含んだチャリオットの声を無視して、右手に握る釘を短髪サングラスの後頭部に突き立てる。


「ぐひっ」


 短髪サングラスは、ビクンッと身体を痙攣し、生気を失った顔でよろめきつつも人込みに姿を消す。

 ラヴァーズの釘は脳に突き刺すことで、思考を操作し、その行動に方向性を持たせる効果がある。今、奴は職場の仲間、身内を殺すことしか頭にない。さぞかし、楽しい、楽しい狂乱の舞台となることだろう。

 普段ならあの愚者が正気に戻ってから、工房に連れ帰り、足先から生きたまま解体しているところだが、今はボスの命がある。この程度で堪えるしかない。


「ラヴァーズ、目立つ行動は控えろと――」

「黙ってろ、雑魚」


 男装をした眼つきが異様に悪い黒髪の女――チャリオットの非議(ひぎ)に言葉を叩きつけ、歩き出す。


「テメエ――」

「止めとけ、チャリオット、時間の無駄じゃ」


 憤激に顔を真っ赤に染めるチャリオットの右肩を掴むと首を左右に振るマジシャン。

 舌打ちをするとチャリオットも目的地に向けて歩き出す。



 《東京ステーション》の正面入口の周囲には人っ子一人いない。自働ドアから建物内に入っても、状況は同じ。

 今日は、世界選手権の大学の部の代表選手決定セレモニー。本来、マスメディアや警備で溢れかえっていてしかるべきなのだ。それに、いくら何でも、フロントの職員もいないのは異常だろう。


「ラヴァーズ、これ変じゃぞ」


 真っ白な顎鬚に触れながらも、マジシャンが苦言を呈す。

 言われなくてもわかっている。というか、この現象に疑問を覚えないような無能はそもそも、我ら至高のギルドに残存し得ない。そして、その疑問は直ぐにラヴァーズ達にとって最悪の形で証明される。


『変態クソビッチと――生贄の諸君。始めまして。こちら、内閣特殊魔技研究室――《トライデント》室長代理――サービスマン』


 一階、メインロビーに響き渡る中年の男の声。


「チャリオット、どこだ?」


 頭に反響する声に、辺りを見渡しつつも、チャリオットに逆探知の実行を指示する。チャリオットには、探索系のあらゆるスキル・魔術を探知する第四階梯のスキル《逆探知》がある。仮にも、戦略級クラスのスキルによる探知だ。人間共に抗う術などない。その筈なのだが――。


「駄目だ。探知できねぇ」


 右手の掌を床に触れつつも、顔を顰めるチャリオット。

 探知できない? たかが人間の行為にか? いや、それはありえんだろう。


「ふざけんな! これはボスの命だぞ!? ちっとは真剣やれ!」


 激高するラヴァーズに、蟀谷に青筋を張らし、


「ざけてんのはテメエの方だ。俺のスキルは正常に作動している。

 つうか、変態糞ビッチって、特定されてんのはテメエだろ? 自分の失態を俺に押し付けてくんじゃねぇ!!」

「チャリオット――」


 失態? こいつ、ラヴァーズが、人間ごときに遅れをとったとでも言いたいのか?


『おい、おい、仲間割れか? 随分余裕だな。だがその男女のいう通りだぜ。先刻、クソビッチ、お前はマークさせてもらった。今から、二四時間、映像と音声ともに筒抜け。お前に一切のプライバシーはない。捕縛される瞬間まで覗き見させてもらう』


(マーク? 映像と音声? そんなのいつの間に……)


 答えは実に簡単に思いついた。だって、そんな心当たり一つしかないから――。


「あ、あの――グラサン野郎っ!!」


 頭の中で火花がはじけ、ラヴァーズの口から怒鳴り声が吐き出される。


『……今頃気付いたのかよ。まさか、微塵もその可能性に思い描けていねぇとはな……少々、俺達はお前らを過大評価しすぎていたのかもな』


 グラサン短髪にぶつかったとき、スキルか魔術を発動された。この自信たっぷりな姿からも、解除されない絶対の自信があるんだろう。無論、ヒエロファントかハーミットなら解除は可能だろうが、それは、本作戦の失敗を意味する。これはボスの命。そんな恥知らずなこと、ラヴァーズのプライドにかけても出来るわけもない。


『まあ、いい。これが最後通告だ。直ちに投降しろ。この度のシナリオを描いているのは、正真正銘の化け物だ。投降しないなら、お前らの想像し得る最悪の地獄を見ることになる。

 今なら優良実験動物としての未来は約束しといてやる。三食、昼寝付き。どうだ? 悪い話じゃねぇだろう?』


 暫し、男の言葉の意味するところが判断できず、一同ポカーンとしていたが、


(じ、実験動物? この私が、たかが人間の?)


 狂わんばかりの憤怒の炎が体中に広がり、燃え上がる。

 

「殺す……」

『あん?』

「……殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 絶対、ぶっ殺すっ!!」

『(ぷっ)お~怖い、怖い。やれるもんならやってみな』


 誰もいないメインロビーに空しく反響する男の馬鹿にした声。その事実に、内臓が震えるほどの激しい怒りを覚える。


「貴様ら下等な人間がこの私を侮辱した罪、存分に味あわせてやる! 貴様らは拷問など生ぬるい。生きたままキメラの餌にしてやるぞ!」

『テンプレ発言ありがとさん。でもなぁ、できもしねぇことはおいそれと言わんことだ。実に滑稽だぜ』

「貴様っ!!」


 男の陽気な声が鼓膜を刺激し、それがどうしょうもなく耐えられない。


『じゃあな。もう二度と(・・・・)会うこともねぇだろう』


 それ以来、ぷっつり、声は消失する。


「「「「……」」」」


 フールも、マジシャンも、逐一ラヴァーズに嫌味を口走るチャリオットすらも一言も話さず、顔の底に激しい憤りを湛えていた。


「フール、チャリオットは、会場の外の人間共を殺せ。派手で構わない」

「ラヴァーズ殿、いいのですか?」


 フールが神妙な顔でラヴァーズに問いかけてくる。

 確かにボスの命は、¨可能な限り、穏便にフィオーレ・メストを殺せ!¨だった。だが、ここまで舐められたのでは、逆にボスの顔に泥を塗る。下手をすれば、裏ギルドの奴らの支配に影響さえ出かねない。ラヴァーズ達の恐怖を見せつける必要があるのだ。


「もう一度いう。やれ!」


 肩を竦めると、一礼してフールは正面入口へ歩いていく。チャリオットも、唾を床に吐きかけフールに続く。


「それで、儂はどうすりゃえぇ?」

「マジシャンは、あの音声の奴を見つけ出し、工房まで連れて行け! 私はボスの命を全うする」

 

 音声の奴を今すぐにでも、探し出し、なぶってやりたいの本心だが、ボスの勅命はあらゆることで最優先されなければならない。フィオーレ・メストの殺害は、四柱中、最強のラヴァーズが負うのがセオリーだ。


「……了解じゃ」


 一瞬、顎鬚を摩っていたが、マジシャンは煙のようにその姿を消失させる。


(許せねぇ、許せるはずがねぇ! 猿共がこの私に大層な口を聞いた挙句、私を実験動物扱いだと?)


 ラヴァーズ達を出し抜いたといっても、所詮、奴らは低能なサル。いくら、サル知恵を働かせてもたかが知れていよう。


――悔め、低能なサルよ! もう、方針は変更された。フィオーレ・メストだけじゃない。この会場の全てを殺してやる。


 ラヴァーズは、ゆっくりと目的の場所へ歩を進める。


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