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第91話 《世界探索者選手権》――大学部門セレモニー 志摩来栖

 

 周囲のマスコミによる眩いフラッシュの中、クリスは《世界探索者選手権》――大学の部門セレモニー会場である《東京ステーション》の建物へと足を踏み入れた。

 《東京ステーション》は、東京駅前にある大型のデパートほどもあるイベント会場である。

宝石のような美しい青色のブロック状の硝子、内部は吹き抜けとなっており、床には黒色の絢爛な装飾の為された絨毯が張り巡らされていた。

 マスコミ達が作る人の道の中を突き進み、エレベーター内へ入り、上階へ向かう。


 セレモニーの会場内は数百人も収容可能なほどの広さがあり、金色のテーブルクロスの円形のパーティーテーブルの上には幾つもの色鮮やかな料理が置かれている。

まだ開催までかなりの時間があるのに、既に、世界選手権大学部門の日本代表者の半数が会場で寛いでいた。

 《世界探索者選手権》――四年に一度開かれる探索者協議会が主催する探索者のための祭典。

 選手権には、無差別部門、国家代表部門、大学部門。さらに、探索者の卵たる一八歳未満の部があり、各国、各大学をはじめとする各組織の威信をかけた大会となっている。

 今朝、クリスは大学部門の代表メンバーに選出された。長年の血の滲むような努力が実を結んだのだ。あの事実を聞いていなければ、きっと有頂天となり、飛び跳ねていたことだろう。でも、その歓喜の原因となるはずの人は、多分、クリスの掴んだ一握りの勝利を耳にしても、心を動かされることはない。だって、彼はそれどころじゃないから。その事実が、クリスはどうしょうもなく寂しかった。


「クリス、今日は笑顔です」


 金髪ポニーテールの少女、フィオーレ・メストがクリスの右肩に手を置き、優しく微笑んでいた。

 フィオーレ・メストは、クリスと同じ大学部門の日本代表。

 ここで、《世界探索者選手権》は、広く優秀な探索者の出場を確保するため、出場資格は著しく緩和されている。具体的には大学部門と一八未満部門の出場資格は、通常の大会と同様の国籍の要件に加え、両親の一方が過去に当該国の国籍を有した場合であっても、出場が認められる。国家代表部門と異なり、大学部門や一八歳未満部門は一応国の代表とはなっているが、あくまでその国の大学や高校の代表に過ぎず、国の堺が若干気迫だ。要件が緩和されても別に構わないのだろう。

 フィオーレ・メストの国籍はイタリアだが、フィオーレの母は日本人。故に、フィオーレにも大学部門の日本代表となる資格がある。


「そうね」


 確かに、フィオーレの言通り、不景気な顔をしていても、事態は全く好転などしない。何より、大学部門の出場という目標に向けて伴に切羽琢磨した仲間達に失礼だ。

 無理矢理、頬を緩ませて周囲を確認するも、同じ大学部門の出場者である数人の男性に囲まれた。


「クリスさん、この前のピアノの演奏見ましたよ。大変、素晴らしかった」

「良い店があるんです。是非、今度ご一緒していだけませんか?」

「私の実家が軽井沢に、最近、別荘を購入したんです。どうです? クリスさんのお友達も誘って皆さんで行きませんか?」


 肩越しに振り返ってフィオーレに助けを求めるも、肩を竦めるだけ。おそらく、自分で何とかしろということだろう。それができないから気の利いた援護を求めているわけなのだが。

 さらに、最悪は加速し、女性達による輪の中で、爽やかな笑顔を振りまいている人物と目が合った。あの人は、この会場内でもトップクラスで苦手な人物。

 周囲の男性達に今日は若干気分がすぐれないので休憩する旨伝えると、慌てて部屋の隅に避難しようとする。

 もっとも、それも一足遅く――。

 

「クリスさん、御無沙汰しております」


 スーツ姿の小柄で可愛らしい女性のような容姿の男子は、クリスの傍までくるとトマトのような真っ赤な顔でクリスにペコリと頭を下げてきた。

 同時に、会場内の女性の選手達からのある種のはた迷惑な意味を含んだ視線がクリスに突き刺さる。


「はい、お久しぶりです」


 クリスも軽く頭を下げて、微笑みを向ける。

 この男に生まれたのが間違いのような男性は、天津哉(あまつはじめ)――天津家の次期当主であり、選手権大学部門の男性の部の優勝者。とても強そうには見えないが、他を寄せ付けない力を誇示し、晴れて日本の大学部門の王となった。

 天津家は、六壬真家(りくじんしんか)ではないが、元華族。しかも、日本四財閥の一つ。日本ではかなりの権勢をしいており、(はじめ)とはパーティー会場で頻繁に遭遇する。その度に、控え目な挨拶をしてきては、恥ずかしそうに俯いてしまう。

 こんな姿に、母性本能がくすぐられるんだろう。彼は女性からは滅法人気があり、いつも、女性の輪の中心にいる。


「あの……あちらで少しお話をしませんか?」


 消え入りそうな声で忙しなく絡ませた指を動かす(はじめ)

 クリスも、もう一九歳。いつまでも少女のような純な心のままで入られない。こうも何度も、アプローチを受ければ(はじめ)から好意を向けられていることくらい気付く。

 いや、仮に気付かないとしたら致命的なほど鈍感な人間失格な人だけ。そう、クリスが今この世で一番会いたいあの人のような――。


「誘っていただいてありがとう。でも、私、今朝から体調がすぐれないんです。少し友達と向こうの椅子で休んでいます」

「だ、大丈夫ですか!? 医務局の者を呼びましょうか?」


 不安に堪えないという目つきで、血相を変えて疑問を投げかけてくる。

 

「いえ、ただの寝不足だと思います。近頃緊張で眠れなかったものですから」

「そうですか」


 眉から険を解き、深い息を吐き出す(はじめ)

 偽りを述べていることにつき罪悪感は湧くが、代表チーム女性陣に目を付けなられながらの選手権など御免被る。できれば、はじめとは距離を置きたい。

 ついて来そうな勢いの(はじめ)を全力で断って、部屋の隅に退避する。(はじめ)との会話を聞いていた男性陣も、それ以降クリスに絡んでくることはなかった。

クリスの胸の内を理解したフィオーレも、呆れたような視線を投げかけながらも、帝都大のメンバーの輪の中に入っていく。


「へー、あんたが志摩来栖(しまくりす)かー」


 咄嗟に、声のする方を振り向くと、艶やかな黒髪をショートにした褐色の肌の女性がいた。

 霧生明美(きりゅうあけみ)――現帝都大三年、今朝方報告された国内代表メンバーの一人。霧生先輩は、今年の七月までは無名であったが、今年に入って学内対抗試合で好成績を収め、頭角を現す。そして、先月の世界選手権大学の部、国内予選でベスト一六に入り、晴れて代表入りを果たす。

 国内予選はベスト八から報道されるから、メディアの露出は名前程度しかない。

 もっとも、霧生先輩の学内対抗試合を観戦した者なら、彼女の実力を疑いはしない。一二試合全勝、判定勝ちなどという結果は、よほどの実力がなければ不可能だろうから。


「霧生先輩、ごきげんよう」


 ドレスの長いスカートの裾を掴み、軽く会釈をすると、霧生先輩はキョトンとした顔で暫し、クリスを凝視していたが、カラカラと笑いだす。


「同じ姉妹なのに全く違うのな」


 姉妹? クリスの妹は、カリンとマリアしかいない。霧生先輩と幼いマリアは接点がどうやっても思い描けない。おそらく、カリンだろう。霧生先輩の出身高校は、武帝高校と聞いたことがある。聖涼女学院せいりょうじょがくいん繋がりではあるまい。だとすると、答えは限られてくる。


「バーミリオンで、妹がお世話になっております」


 霧生先輩は目を細めると、


「あたしの事、カリンから聞いたん?」


 興味深そうに尋ねてきた。


「いえ、あの子が先輩に知り合えるのは、バイトしかありえませんから」

「カリンの奴、やっぱ、メッチャ、窮屈な生活を送ってるのな?」

「……そうかもしれませんね」


 どういう訳か、志摩家の重鎮はもちろん、クリス達に甘いお父様達でさえも、秒刻みでカリンに勉学や習い事をさせようとする。バイトの件も、カリンではなく、クリスならば、同じ高校生であったとしても、あっさり許可が出た事だろう。


「う~ん、どうも想像してたイメージと違うなぁ。まっ、いいや。当分、カリン、うちらが借りるから」

「か、借りる?」

「にひっ」


 霧生先輩の発言の意図が読みきれず戸惑っているクリスに、先輩は白い歯を出して笑みを浮かべると、料理の皿が並べられた会場の中央のテーブルに去っていく。


 霧生先輩、実際に話してみた感想は、掴みどころがない人。よくわからない人と言い換えてもいい。先輩の、¨カリンを借りる、¨の意味は依然として不明だが、仮にバイトで上手くいっていないのなら、あれほどカリンが上機嫌なわけもない。悪いものではないんだろう。


(カリン……)


 カリンを抱きしめるユウちゃんのあのときの泣きそうな顔はフライパンについたしつこいコゲのように脳裏に付着し一向に離れない。伊達に婚約者などやっていない。昔から、ユウちゃんがあの手の顔をするときは、決まって自身の事ではなく、大切な者に危険が迫ったとき。

 そして、ユウちゃんの置かれている現状を総合的に考察すると、一つの結論が導ける。それは――。


「は~い。生贄の子羊ちゃん達、オネムのじかんでちゅよ~」


 その時、とびっきりの悪意の塊が会場の正面の扉の向こうから姿を現した。




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