第90話 ラヴァーズ捕縛戦の開始。
シスターの件は、今は待ちの一手だ。どの道、奴らの考えそうな事など予想はつくし。
それに俺が出しゃばり過ぎれば、例え解決しても、友の役に立てなかったと、またセレーネの奴、フラストレーションが溜まりそうだ。今回の件はセレーネにできる限り決定させるのが吉。
《滅びの都》へ移動する。
真八から、一時的に返却され、入屋していた《フレイムバード》三体を解放する。
ここからだ。人差し指で『魔物改良』を押して、次いで『魔物融合』を押すと、眼前の三体の《フレイムバード》が赤く点滅する。赤色点滅した部分をタップすると、三匹はまるで見えざる引力で引き寄せられるかのように、吸い寄せられ球体となってしまう。
球体は次第に形を形成し、鳩の形となる。
まったく外観には変化はない。どこからどう見てもただの鳩だ。一瞬、失敗したのかとも思ったが、鑑定してみるとぶったまげた。
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『鳩魔王』
〇説明:七十二の魔王種の末席であり、鳩の魔王。口から石化の効力を有するブレスを吐き、嘴から毒を流されたものは、眷属鳩となる。
〇Lⅴ:17
〇種族:七十二魔王種
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あはは……遂に魔王ができちまったよ。しかも、鳩の魔王って、俺の『魔物改良』の権能、ギャグでも狙ってんのか? 半面、息で石化し、つつかれて鳩化するのだ。その強さと悪質さは兇悪の一言だ。
使えるのは確かだし《フレイムバード》を捕獲して、これを大量生産してみるべきだな。
そう思ったわけだが、どうやっても、『鳩魔王』は造れなかった。確かに、魔王というくらいだ。そう簡単に王が造れるはずもないか。
代わりに、二匹を融合した結果できたレベル13の『忍者鳩』を一〇体造り出す。何でも透明化と気配消失の特殊能力を持つらしい。当初の予定通り、このうち、五体は真八に渡しておく。それにしても、俺の権能、どんどん笑いの方に走っている気が……。
セレーネ宅へ一旦戻ると、ふさぎ込む子供達を前にして、事情が呑み込めないセシル、アイラが、壮絶にテンパっていた。
セレーネがいないのは冒険者組合に行っているからだろう。
二人には、事情はあとで説明するから今は自身のやるべきことをやれと指示する。ここにいても、セシル達では子供達の心の傷は癒せない。癒せるのは一人だけなのだ。
武具を改良してストレージに放り込んでおいた旨を伝え、保護者役の九とセシル、アイラを今日の冒険に送り出す。人生経験の乏しいセシル達が、子供達と一緒に不景気な顔をしていても、不安が伝染するだけで全くもって意味はないから。
セシル達と入れ替わるように、グスタフ、ベム、ノックが、再度やって来た。今後の《鋼の盾》の方針を話し合っていたらしい。
グスタフ達三人は、セレーネとの契約から、《滅びの都》の攻略を目指さなければならないが、他の奴らはその義務はない。後戻りのための機会を与えたのだろう。
結局、《鋼の盾》の全メンバーは、グスタフ達と《滅びの都》の攻略をすることを決意した。
その上で、冒険者組合から《滅びの都》への一時立ち入り禁止が出ている件につき相談される。
確かに、現在、《滅びの都》は俺用に最適化され、異様に難解になっている。そもそも、いくら《小進化》のレベルが上昇したと言っても、昼間の魔物の量では、一日でセシル達のレベルが5も上がるのは不可能だ。昼間の魔物のレベルと数も別ものと解するべきなんだろう。
まあ、冒険者組合が《滅びの都》を一時立ち入り禁止にしようが、俺達には《覇者の扉》さんがいる。支障は何らきたさない。
簡単に《鑑定》や《転移》、《アイテムボックス》等の使い方を教えると、グスタフ達はおっかなびっくり操作していた。
まあ、奴らは地球人ではなく、ゲームのような《鑑定》や《転移》のシステムに慣れてはいない。セシルとアイラのように順応力があり過ぎるのがむしろ異常なのだ。
無論、《眷属ツリー》の存在について説明した。話し合いの結果、グスタフのみがこの能力を持つことになる。これは、ベムとノックの意思だが、そもそも《鋼の盾》は奴らのギルド。やり易いようにやればいいさ。
最後に、『忍者鳩』を三匹顕現させ、その一匹を子供達の護衛に、もう二匹をグスタフ達の護衛をするよう命じる。
ストレージ内の武具の存在を示唆し、俺は地球のカリンの迎えに向かう。
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少し早めに出立したのにも二つの理由がある。
今日は、ラヴァーズ捕縛作戦の決行日。俺の存在が『一三事件』の奴らに知られる日。なら、俺の心臓ともいえる存在の安全につき万全を期しておきたかったのだ。
《府道総合病院》の小雪の病室へ向かい、いつもの様に、左手をそっと握り締める。
「見てろ。兄ちゃん、今度こそやり遂げるから」
窓際にいる《フレイムバード》二匹を回収し、代わりに、『鳩魔王』を顕現し、小雪を命を賭しても守るように命じる。
これでお膳立てはそろった。後は彼奴だけ。
府道駅前に行くと、俺が大っ嫌いな奴が突っ立っていた。
「よう。クソブンヤ」
「ふん、忌々しい餓鬼だ」
今日は、妙に気取った台詞は吐かず、本性を曝け出している。どうやら、最低限の信用はしてもらえたようだ。
三週目で転機となる証拠を掴んだのは長門だった。長門の情報収取能力は神憑っている。だからこそ、四週目に突入し、俺の勘は長門に早急に会えと五月蠅いくらい主張していた。それでもあえて会わなかったのは、長門はこの事件では、ただの被害者の遺族にすぎないから。こいつがどんなに最低なクズ野郎でも、その事実は変わらない。
ようやく決心がついたのは、今朝。今日がラヴァーズ捕縛作戦の決行日だからだろう。カリンの死の瞬間をはっきりと思い出し、俺は無関係なこいつを巻き込むことを決意したんだ。
「フィオーレ・メストを守りたい。力を貸しな!」
「……」
俺の言葉に一切答えず、不機嫌そうに口をへの字に曲げると、颯爽と歩きだす。
どう反応したらいいのからず、唖然と佇んでいる俺に、
「ボサッとするな!」
一言怒鳴ると、長門は駅へ歩を進める。
どうやら、こいつも正常運行のようだ。肩をすくめて俺も歩き出す。
それから道中、大まかな事情を説明し、八神の電話番号を教える。
フィオーレ・メストが今晩殺される予知をすんなり信じたのは、長門も『一三事件』の犯人共にフィオーレが狙われていることを明確なものとして予見したからだろう。
俺が余計な指示など出さなくても、こいつは最適解へ向けて勝手に動き出す。独自の調査網を駆使して情報を収集、分析し、そして敵の喉笛を噛み切る証拠を必ず見つけ出す。そんな奴。
だから――俺は『忍者鳩』を一体出すと、奴を全力で守るように命じる。
屋敷まで迎えに行き、終始ご機嫌のカリンをバイト先であるファミレス――バーミリオンまで送り届ける。
お昼になる。店長が気を使ってか、カリンとの昼食の時間をセッティングしてくれたので、厨房まで呼びに行く。
カリンは、厨房で水を得た魚のように調理に熱中していたが、俺を視界に入れるとブンブンと片手を振ってきた。同時に、厨房スタッフ全員からの敵意の視線が肌に突き刺さる。
一瞬で厨房の怨敵と化した現状に息を吐き出しつつも、トタトタとやってくるカリンを連れて、逃げるようにスタッフの休憩室まで退避した。
明美や、寝不足でげっそりした朝日奈先輩を交えて昼食をとりつつも、カリンの午前中の成果について耳を傾けていると、ポケット内の携帯が震える。普段、携帯はロッカーの中に入れているが、今晩はラヴァーズ捕縛の日。今日は終日、ポケットに入れておくことにしたのだ。
休憩室を出ると倉庫に移動し、スマホを耳に当てる。
『相良君!』
いつになく興奮で上ずった堂島美咲の声が耳に飛び込んでくる。この様子から察するに間違いなく、事態が急変したんだろう。
逸る気持ちを無理矢理抑え込みながらも、
「どうかしたのか?」
端的にそう尋ねた。
「相良君、変な事を聞いてごめん――」
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「ああ、確か、腕時計などしてなかったぞ」
堂島の疑問に返答するも、『一三事件』の急転を期待していた俺としては、若干期待外れな内容だった。というより、この緊迫した状況でなぜ時計なんだ? 堂島の意図のとっかかりすら掴めない。
「そう、そうなのね……」
堂島は、電話越しに何度も繰り返した後、理由を尋ねる間もなく、確かめたいことがあるからと、強制的に電話を切ってしまう。
何なんだ、一体……。昨夜のデスマーチで、堂島の奴とうとうおかしくなっちまったんだろうか? 立場上、真八に止めろともいえんし……。
気を取り直して、午後の就業を完了し、カリンを連れて朝日奈先輩、明美と帰路につく。
フラフラの朝比奈先輩のため、今日の帰りの食事会は、軽いものがよかろう。
うどん、そばの専門店――『うそ兵』に入る。
『うそ兵』は関東を中心としたチェーン店であり、雑誌等で味には定評がある店だ。
月見うどんを食べると、口いっぱいに卵と独特のうどんの汁の味が広がる。カリンもニコニコしながらも、うどんをツルツルと頬張っていた。
いつも通り、カリンの厨房での成果を聞きつつもうどんを平らげた後、店を出る。
カリンは、まだまだ話足らないようだったが、次期にこのクソッタレな事件も終わりを告げる。そうなれば、またゆっくり皆で食べに来ればいいさ。
「それでね、それでね――」
俺の右腕にしがみ付きながら、カリンは『聖涼女学院』での日常の話を俺に得々と語っていた。
カリンが通常、己の日常生活を語ることはかなり稀有な事態。カリンの奴、今、壮絶に舞い上がっている。バーミリオンでの初めての汗水を垂らした仕事に、朝比奈先輩や明美などのスタッフとの触れあい。全てが初めての経験であり、カリンにとって最高の思い出になりつつある。無理もあるまい。
カリンの話に頷きながらも、芽黒駅の電車に乗り込み、向かいのホームに視線を向ける。
数十秒後、向かいのホームに電車が到着し、その扉が開くと同時に人の波が押し寄せる。その群衆の中、目的の人物を俺は視界に入れる。
(いやがった……)
黒髪にドレスを着た女。奴の姿を、網膜を通して脳が認識するだけで、身体の芯から溢れんばかりの激情が湧き上がり、暴れまわる。
一度は拷問の末、もう一度は相打ちになる形で殺されたんだ。本来、今抱くべき感情は恐怖や絶望などといったものが当然なのだろう。なのに、今俺の心を燃やしているものは、全く真逆のもの。
――奴には気が狂わんばかりの激痛を味わった。
――奴にはようやく俺が手に入れた仲間達を奪われた。
――そして、奴には俺の大切なものを侮辱された。
俺はあいつを許せない。あの変態外道にあるのは、とびっきりの絶望だけ。それ以外の結末を俺は決して認めない。
「ユウマ……?」
よほど、ひどい顔をしていたのだろう。カリンが俺の袖を引っ張って来る。
「悪い。なんでもねぇよ」
誤魔化すように視線を糞女に固定しつつも、カリンの頭を撫でる。
ホームでスーツ姿の梟と視線がぶつかる。梟は、一瞬親指を立てると黒髪の女の後を追い、人混みに消えていく。
今のところ、東条秀忠の計画通りに事は進んでいる。
(今度こそ、全て守って見せる!)
暴虐の感情のままに右拳を握り締め、俺はホームにあった視線をカリンに戻し、笑みを浮かべる。
「……」
暫しカリンは俺の顔を覗き込んでいたが、直ぐに不安そうな表情を消すと、再度無邪気で、かつ嬉しくてたまらないような微笑みを浮かべる。
そして、志摩家の屋敷まで俺達は、何気なくも懐かしい過去の話に花を咲かせた。
カリンを志摩家まで送り届けると、公園まで移動し視界の隅にある《文字伝達》のテロップを押す。
昼近くに東条秀忠から今晩のラヴァーズ殲滅作戦の概要につき送信されてきた。
俺は、一八時ジャストに《帝国イベントホール》で徳之助達と合流し、ラヴァーズの到着を待つ。奴らが来たら、総員で一人残らず取り押さえる。そんな手はずだ。
秀忠のメールでは、総員は敵に悟られぬようできる限り、時間ギリギリに到着するよう指示を受けている。
新塾では『覇者の扉』に登録があるから、一瞬での移動も可能だが、時間までまだかなりある。『覇者の扉』は俺達の最大の秘密であり武器、使わないで済むならこした事はない。電車で行くことにする。
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新塾に到着し、《帝国イベントホール》の前の喫茶店で珈琲を飲んで時間を潰した後、ホールに入る。
秀忠のメールでは、ホールの会議室を借りているはず。
それにしても……。
「いくらなんでも、人が少なすぎやしねぇか?」
今日は《世界探索者選手権》の大学部門日本代表のセレモニーのはず。マスコミがホールに溢れていてしかるべきだ。そもそも、多数の報道陣の中、誰に知られる事もなく拷問を成し遂げたからこそ、『一三事件』の非常識が改めて浮き彫りになったわけだし。それなのに、ホールには報道陣の影すら見えない。
未来が変化したのか? しかし、俺はまだ目立ったアクションは起こしていないはず。いや、そんな問題じゃないな。《一三事件》がどう動こうと、《世界探索者選手権》の大学部門日本代表のセレモニーの会場を変えることは不可能だ。だとすると――。
俺の疑念は、指定された会議室の扉を開くと確信に変わる。
指定された部屋の中は空っぽだった。再度、部屋を出て部屋番号を確認するも、指定された『304』の番号。
突如、ポケットの携帯が震える。
『マスター、選手権のセレモニーの会場が東京駅前の施設に急遽変更なされました』
秀忠のいつもの特徴のない声。その声色には、出し抜かれた憤激や焦燥などは微塵も含まれていない。むしろ――。
「あんた、何企んでやがる?」
秀忠の奴がそんな致命的なミスをするものか。
何より、選手権実行委員にセレモニーの会場を変更する意義に欠けるし、通常やろうと思ってできるものじゃない。そう。この電話の向こう側の狸野郎以外は。
『企むなど滅相もない。私は常にマスターの御心に沿っておりますれば――』
それはそうだろうよ。別に俺は、秀忠が俺を裏切ったとは考えちゃない。むしろ逆だ。此奴の優先順位は何より俺にある。それ以外は全ておまけ。短い付き合いだが、それだけは断言してもいい。
「そんな事、聞いちゃいねぇ。俺は、作戦の概要を話せと言ったんだ?」
『王よ。今、悠長に話している暇などありませんぞ。梟からの定時連絡により、奴らは東京駅に到着したとの情報が入っています』
「わかっている」
ギリッと奥歯を噛みしめつつも返答する。
緊急事態であることくらい、秀忠以上に俺は理解している。
地点記録をしていない東京駅に、『覇者の扉』は使えない。【ヘルメスの靴】で飛んでいくことも一つの手だが、まだこのアイテムについては動作実験をしていない。この緊迫した状況で使用するにはリスクが高すぎる。俺のミス一つで失うのはフィオーレ・メストの命であり、カリンの命。別の方法をとるべきだろう。
タクシーは渋滞に巻き込まれればアウトだ。やはり、電車しかあるまい。
『東京駅までの時間は、移動時間も合わせて三〇分弱。ならば、十分に間に合うと愚考します』
十分間に合うね。しかも、正確な時間を言い当てていることから察するに、十中八九、秀忠の中では近い将来起こる一つ、一つの事象は奴の計画の一部として組み込まれている。俺のこの焦燥すらも、おそらく予定調和。
ともあれ、今ここで秀忠を問い詰めても時間の無駄だし、奴の計画が狂う危険性がある。それはフィオーレ・メストの死と同義。そう。賽は既に投げられたのだ。
「俺はどこに行けばいい?」
『東京駅前にある《東京ステーション》です。マスター』
歓喜に彩られた秀忠の返答は、強烈な悪寒を俺に生じさせた。
「絶対に俺が行くまで持ちこたえさせろ!」
『御心のままに』
その秀忠の言葉を最後に俺は通話を終了し、駅へ向けて疾走を開始した。
ここからがラヴァーズ戦です。
ようやく、『一三事件』の終わりが見えてきました。最後まで突き進みますので、よろしくお願いいたします。
ちなみに、アースガルズでギルドゲームを書かねばならなかったのにも理由があります。ご期待いただければと!
※《フレイムバード》に修正しなおしました。ご指摘ありがとうございます。
※愚行を愚考に修正しました。ご指摘ありがとうございます。




