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第7話 秘密の暴露


 二一〇三年一一月五(土)


 昨晩、どうやって自宅まで帰ったのかはよく覚えてはいない。気が付いたら、ベッドの片隅で訓練用の木刀を握り締め、毛布を頭から被っていた。

 俺の部屋には窓がなく、侵入経路は入口の扉だけだ。その部屋の唯一ともいえる扉を睨みながら、朝を迎える。

 


 一晩中考えたせいか、朝には大分、正常な思考が戻ってきた。

 あの赤髪の男は俺に『早く、俺達の側にこい』と発言していた。言葉の意味は見当もつかないが、そのニュアンスからも、敵意までは感じられなかった。少なくとも、今すぐ殺すつもりまではあるまい。

 あの事件の生存者である俺は、ある意味壮絶に悪目立ちしている。《シーカー》の序列の最上位者にでも、からかわれた可能性も視野に入れるべきかもしれない。

 少なくとも当面、過度の警戒までは不要だと思われる。



 病院で小雪を見舞ってから、府道駅前へ行く。

 駅前では、カリンが天真爛漫な笑顔を浮かべて待っていた。カリンも幼い子供じゃない。本来、朝まで俺が《バーミリオン》まで送り届ける義理などないが、昨日約束させられてしまったのだ。どうも、俺は昔からカリンの我侭に弱い。

 

 《バーミリオン》へ到着し、着替えてから、店長に挨拶に行くと、今日からあと二日、カリンは厨房の仕事をメインで行うことになったと伝えられる。

 昨日、厳さんが、カリンを気に入って色々教えていた。カリンも、厨房の作業に興味深々という様子だったし、妥当な判断だろう。



 すっかり、厨房のスタッフと打ち解けたカリンは、水を得た魚のように調理にのめり込んでいた。特に、厳さんの猫可愛がりようからも、カリンには本当に調理の才能があるのかもしれん。まあ、カリンの非常識な高スペックさは、重々身にしてみている。調理も、数多くあるその一つにすぎまいが。

 

 そんなこんなで、今日のバイトも終わり、現在帰宅途中なわけだ。

 カリンは興奮で顔を輝かせて、俺の右腕をユーカリの木にしがみ付くコアラのごとく抱きしめて、今日の成果の報告中。

 どうでもいいが、店を出てから直ぐに右腕に引っ付くのは止めて欲しい。

 スタッフ一同の目がこの上なく痛い。あっと言う間に厨房のアイドル化したカリンの過激なスキンシップによって、厨房の男性スタッフからは、敵意剥き出しの視線を向けられる羽目になる。この空気読めないところは、クリス姉と姉妹だと心の底から実感する。

 さらに最悪な事に、カリンと反比例するかのように、朝比奈先輩の機嫌が地に落ちていた。その笑顔や会話はいつも通りだが、目は全く笑っていないし、言葉の節々に棘が見られる。兄をカリンに取られたような心境なのだろうか。まあ、歳は俺の方が下なわけではあるのだが。

 

「今日はどこに行くんですの?」


 今日夕食を食べに行くことは、カリンの中では既に決定事項らしい。現金な奴。

 一日目がラーメン屋、二日目が回転寿司だ。カリンの精神年齢はかなり低い。子供が好きで、カリンがあまり食べた事がない店は限られている。



 お好み焼き店――『じゃじゃ丸』に入る。

 自分で焼けるこの店は、相当カリンの琴線を刺激したようで、子供が新しいおもちゃを与えられたときのように目を輝かせていた。

 二年前と同様の何気ない日常、それは、くすぐったくて、心がポカポカ温かくて、ずっと続けばいいと、また思ってしまっていた。

 だが、そんな事はあり得なかったんだ。幸せという名の魔法は、とうの昔に欠片も残さず消え去って、何もない空っぽな俺だけが残る。馬鹿な俺はそんな当たり前のことも忘れていた。


「やあ、相良悠真(さらがゆうま)君」


 俺達のテーブルの傍に立つ白髪交じりのスーツ姿の男。


「また、あんたか」


 俺は此奴(こいつ)を嫌っというほど知っている。

 

「はい。また私ですねぇ~」


 八の字眉を極限まで下げて気色悪い笑みを浮かべるこの男は、長門文人(ながとふみひと)、『帝都新聞社』のブン屋であり、俺の熱烈なストーカー野郎だ。

 長門は、《上乃駅前事件》について調べ上げ、俺と小雪が生き残った子供であることを知った。それ以来、此奴(こいつ)に付き纏われることになる。

 長門は、了解すら取らずに俺達の右脇の椅子に座る。

 正面に座っていたカリンが、不安そうな顔で、俺の左隣の席に移動し、左袖を掴んで来る。


「俺は同席を許可しちゃいないが?」


「う~ん。そのようですねぇ。それでは――」


 席を立ちあがると、大きく息を吸い込む長門。


(やっぱ、そう来るよな……)


 無関係のカリンを俺の事情に巻き込みたくなかったんだが。


「みなさん! ご注目!!」


 割れ鐘をつくような大声が店中に響き渡り、数多の視線が俺達に集中する。カリンも、ビクッと身を強張らせた。


「ここにいる少年は、二年前の《上乃駅前事件》の生き残り! あの事件の元凶を作った人物であります!」


 この長門の主張の大筋は、奴のオリジナルというわけではなく、《上乃駅前事件》の真相の数ある説の一つ――『禁術起爆説』だ。

 二千人もの人間が死んだ中、俺と小雪だけが生き残った。しかも、俺だけは傷一つなく保護された。一部の魔道研究機関は、俺が無傷だったのは、《上乃駅前事件》が起こったことと無関係ではないと推論した。

 もちろん、どの研究機関も、俺が故意にあの事件を起こしたとまでは考えてはいない。俺のような力のない人間の餓鬼にSランクの災害など起こせるはずがないのだから。あくまで俺という存在が、魔術の禁術の起爆剤となって、あの事件が起きた。そう主張しているに過ぎない。

 長門は、大袈裟に両腕を広げて、天を仰いで、口を開く。


「二千人もの死んで行った無辜の市民は、彼が原因で話すことも、食べることも、笑うことも、泣くことすらもできない。というのに、彼は今もこうして人生を謳歌している! それが許されていいのでしょうか? 否! 断じて否!」


 『禁術起爆説』の研究者も、俺に原因はあるが、責任はないとはっきり言い切っている。

 それでも、長門のような主張が後を絶たないのは、多分、奴等は信じたいのだ。《上乃駅前事件》が単なる偶発的な災害ではなく、邪悪な俺という個人が関与した人災であるという事実を。そうすれば、憎しみを向けることができるから。憤怒の言葉を吐くことができるから。

 長門の俺に対する執念は異常だ。今のこの行為も、『帝都新聞社』の上司にばれれば懲戒ものの行為だろう。それにもかかわらず、奴は己の職を失うことを顧みず、俺に対する攻撃を止めない。

一番の可能性としては、あの事件の犠牲者の二千人の中に、長門の親類がいたこと。それ以外に、奴の俺に対する執着の説明がつかない。

 どうやら、長門の思惑通りに事は進んでいるようだ。ポツリポツリと、一定の方向性を持った言葉が店中に漂い始める。


彼奴(あいつ)が、あの呪われたガキか」


 サラリーマン風の青年が嫌悪の籠った表情を浮かべながら、言葉を吐き捨てる。


「あれが、あの事件の元凶なら、またここでも起きるんじゃね?」

「冗談じゃないわよ。あんな危険人物、何でまだ野放しなのよ!」


 瞬く間の内に、俺を唾棄する言葉が店中に充満し、この場からの排除を願うコールが巻き起こる。


「止めて!!」


 何度も泣きそうになりながら、叫ぶカリンの手を取り、素早く受付で清算を済ませると、店を出る。

 背後を振り返ると、長門が一定の距離をとって張り付いてきていた。

 長門の嫌がらせは、中学時代に数回あった。だからその対策も熟知済みだ。

 ポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかける。その先は帝都新聞の編集部の部長であり、長門の上司。以前、長門の嫌がらせに心身ともに限界だった俺は、駄目元で編集部に相談してみたが、丁寧な対応をしてくれた

 編集部部長に、事情を簡単に説明すると、直ぐに対応すると告げられ電話は切れた。

 同時、背後の長門の着メロが鳴る。耳にスマホを当てると、長門は軽い舌打ちをして、人混みに姿を消してしまう。



 カリンは俺の右腕にしがみ付き、腕に顔を押し付けたまま反応しなくなってしまっていた。

 公衆の面前でいちゃつくカップルのような扱いを受け、やっとの事で、カリンの屋敷付近まで到着する。


「カリン、着いたぞ」


 それでも、俺から離れないカリンの頭をそっと撫でる。こうすると大抵、こいつは落ち着く。


「ふぇ……」


 顔をクシャと歪めるカリン。経験則上、泣き出す数秒前というところか。


「ごめんな、カリン」


 俺がそっと抱きしめると、カリンは堰を切ったように声を上げて泣き出した。




 お読みいただきありがとうございます。

 今日の話は結構くるものがあったと思いますが、この話も以後のストーリーに重要な意味合いを持ってきますのでお許しいただければと。

 そして、お待たせしました。明日でようやく、日常が終わり、非日常へと変わります。これでようやく、物語が動きます。

 それではまた明日!

 

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