第86話 新たなメンバー
今日は少し長いかも。
二一〇三年一一月四日(金)終戦記念日
瞼を開けると、子狐――九が俺にしがみ付き、小さな寝息を立てていた。
どうやら、九を抱き枕にして眠っていたらしい。
九を起こさないように部屋を出ると、風呂に入り、食堂へ行く。
四童子真八による拷問修練が敢行されているのは、ほぼ間違いない訳だし、原因の一端の俺としては罪滅ぼしに奴らの朝食くらい作ってやることにする。
全員分の朝食を作り終え、朝食をとると昨晩の修行の成果の確認をすることにした。
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『遊戯の真理』
〇権能:
■小進化(Lⅴ5)
■ロード(Lⅴ2)
■鑑定(Lⅴ9)
■アイテムボックス(Lⅴ10)
■休息(Lⅴ10)
■改良(Lⅴ5)
■魔物改良(Lⅴ6)
■覇王編成(Lⅴ4)
■転移(――)
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各権能はかなり上昇した。ロード以外は全て変化している。
小進化はレベル3からレベル5へと変化した。やはり文言には変化はなかったが、経験則上成長速度は別次元のものとなっているはずだ。
鑑定は、レベル7からレベル9へと上昇しており、《魔物図鑑》に《弱点》の項目が増えていた。さらに、『他者鑑定』は次のような全く別ものに変貌している。
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『他者鑑定』
〇視認した者を鑑定する。
■ステータス鑑定:ステータスを鑑定する。ただし、自身と同レベル以下の存在に限る。
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事実上、視認しただけで他者の鑑定が可能となった。触れるのと比較し段違いで使いやすくなった。
アイテムボックスは遂にMaxのレベル10となる。収納可能容量が無制限となり、ボックス内の時間は完全停止し、劣化はしなくなる。晴れて、ゲームや小説のレベルと言えるだろう。
さらに、休息もLⅴ10となる。
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『休息lv10』
〇説明:睡眠をとることで、小傷から致命傷はまでの傷をその睡眠の時間に応じて修復する。ただし、完全修復には一二分以上の睡眠が必要である。
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一二分の睡眠など仮眠に等しい。この程度で致命傷さえも、完全回復する。何ちゅうチート能力。
次が改良だが、レベル3からレベル5へと上昇し、神話級までの武具・魔道具を改良することが可能となった。
さらに、《方向性取得》の効力により、改良により完成する武具や魔道具の性能や形態につき一定の範囲で俺の意思で作り変えられるようになる。
魔物改良は、レベル4からレベル6となり、使役できる魔物の数が二〇体まで上昇する。さらに二者の魔物の融合に過ぎなかった《魔物融合》は魔物三者を融合させる《魔物三者融合》まで成長を遂げる。
覇王編成はレベルが1上がりレベル4となる。
《眷属ツリー》から、『直属の眷属と比較し限定的な効果しか有しない』の文言が消え、『第二眷属の授与権能の効力は、直属の眷属の意思による。もっとも、覇王の意思に反することはできない』が代わりに生じていた。
また、『文字伝達』の能力が増えていた。これは、『覇王と眷属及び各眷属同士の間での文字の伝達』であり、メールのような機能。今晩のような『一三事件』の調査などの隠密行動には重宝すると思われる。
【エア】は二の機能である《時限弾》が以下のように進化していた。
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■追加機能:
〇2の機能:時限弾創造:所持者の魔力を用いて時限式の不可視の弾丸を創造、充填する。
以下のルールに従う。
・爆弾設置:引き金を引くと爆発性の弾丸を発射し、設置する。
・爆破制御:起爆のタイミングを音声で制御する。
〇成長レベル:6
〇武具クラス:超越級
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爆破制御。今までのデメリットがこれで改善された。《時限弾》がとんでもなく使いやすくなった。
それにしても、一向にスキルと魔術覚えねぇな。まあ、別にいいわけだが。
分析を終えて、俺がピノアのエレーネ宅へ移動しようとすると、部屋の隅で四童子真八が佇み、頭を下げていた。
「真八さん。何の真似だ?」
イケイケドンドンの超常者である東条秀忠はさておき、真八はただの人間だ。俺に屈従する理由がないし、第一、そんなタマじゃない。
「な~に、秀忠の言葉の意味を魂から了知しただけさ」
俺の怒気を含んだ言葉に、さもおかしそうに答える真八。
若干、揶揄われているのかもな。
「そうかよ。それで奴らは?」
「今頃、朝日を受けてへばっているころだろうさ」
「あんた、まさか徹夜させたのか?」
無言で頷く真八に思わず頭を抱える。
《滅びの都》の徹夜の鍛錬など俺でも試みるには躊躇する。やっぱ、こいつ、超弩級のサディストだ。
こんな無謀でかつ、阿呆な命令で無駄死にされるなど、目覚めが悪いにもほどがある。
急いで、《転移》で気絶した各メンバーを自宅まで運び、二階の各部屋に寝かせる。
狂虎がレベル14。蝮と梟がレベル11。八神と多門のおっさんがレベル10。堂島がレベル8。何ともとんでもない上昇率だ。どれほど無茶をすればこんな破滅的な事態になるんだ?
ともあれ、『一三事件』の壊滅に多少なりとも使えるようになったのは間違いあるまい。一歩前進というところだろう。
「俺はセレーネと今後の事を話し合ってくる。真八さん、あんたはどうする?」
「狂虎達が起きたら、食事をとらせて事情を説明するさ。それとな、主よ、これ作れるか?」
「あ、主!? あんたほんと、どうしちまったんだ?」
東条秀忠が乗り移ったごとき真八の態度に、背筋に猛烈な悪寒が生じる。多分、真八なりのジョークなんだろうが、全身がムズ痒くなるからマジで辞めて欲しい。
「時間ねぇんだろ? どうんなんだ?」
納得のいかなさを抱えながらも、真八からメモ用紙を受け取り、目を通す。
「鑑定誤認の魔道具……」
俺達だけでも、俺と東条が鑑定の能力を有していたのだ。鑑定持ちが敵にいても何らおかしくはない。そして、敵が鑑定ホルダーなら、ここまで用心深い奴らのことだ。それを塞ぐ手段を講じていると解するべきだろう。この手の魔道具の開発は必須となる。都合よく、《方向性取得》により俺の意思に沿った特殊な効果を持たせることが可能となった。製造は容易だ。
「これから、地球での鑑定は主も極力控えてもらいたい」
これは俺も提案しようとしていたことだ。下手に俺達が鑑定を使えば気付かれる恐れがある。というか、多分気付かれる。特に視認して鑑定できると言っても、人物にカーソルを合わせる必要は依然として必要なわけだし、奴らがよほど、馬鹿でなければ不審がられる。
「全て了知した。鑑定の魔道具は人数分作っておこう。地球での鑑定の不行使も了解だ。その手の細かな行動指針は全てあんたに任せる」
「ありがたき幸せ」
恭しく一礼する真八。恐ろしいほどこの状況に馴染めない。少なくともこいつのこの茶番は止めさせるべきだ。
「俺からも一つ要望があるんだが――」
「却下だ。じゃあ頼むぞ」
右手をヒラヒラ振ると、リビングを出ていく真八。
(こ、こいつ、マジで勝手すぎんだろ!)
暫し、不条理に憤っていたが、こうしていても事態は全く好転しない。
大きなため息を吐くと、ピノアのセレーネ宅へ転移する。
◆
◆
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「どういうことじゃ!?」
背伸びしつつも、俺の腹部付近の上着を握り締め、ブンブン振るセレーネ。胸倉を掴みたいんだろうな。ヤバイ、お子様既視感が半端じゃない。
「何が?」
やる気なく見下ろしつつも、残念銀髪ロリっ子に尋ねる? シュンとしているセシルとアイラの様子を見れば粗方の事情の予想はつくが。
「なぜ、たった一日で、レベル1の者がレベル6に到達する?」
「知らねぇよ。俺もびっくりだ」
本心なのに、俺に誤魔化されたと勝手に勘違いしたセレーネは地団駄を踏み始める。だから、餓鬼くせぇ真似は止めろって。そんなだから、幼女扱いしかされねぇんだ。
「どうして、妾だけ、秘密なんじゃ?」
「だーから、ちっとも秘密なんかしちゃいねぇよ」
嘘ではない。セレーネに知らせている内容を上手く、オブラートに包んで、湾曲しているだけだ。
「もういい。どうせ妾は、蚊帳の外じゃ」
遂にいじけて、部屋の隅で蹲ってしまう。何ともメンドイ主様だ。暫く放っておこう。餓鬼は、時間が経てば、そのうち、機嫌は直るだろうし。
「セシル、朝っぱらから悪いんだが、アクセサリー系の魔道具を多量に仕入れて来て欲しい。効果はショボくても一向に構わん。ついでにできれば武具の補充も頼む。
資金はアイテムボックスの共通ストレージの中にある」
「はい!」
頼られたのが嬉しいのか、満面の笑みで頷き部屋を駆けだしていこうとするが――思いついたように俺の前までトタトタと戻って来る。
「もうしばらくすると、マスターに会いたいという冒険者がここに来ます」
俺に会いたい冒険者? あの鬱陶しい超常者共の使いか? 関わりになりたくない筆頭だな。
それにしても、いつのまにか、セシルの俺の呼称が、ユウマさんから、マスターに変わっている。確かに、俺はこのギルドのマスターらしいし、秀忠、真八たちよりかはましか。
微塵も会いたくはないが、居留守を使って面倒ごとに巻き込まれるのも馬鹿馬鹿しい。だから、セシルとアイラが買い物に出かけた後、その来訪者とやらを待っていた。
呼び鈴が鳴り、屋敷の玄関の扉を開けると、見知った顔が三人佇んでいる。
「入りな」
端的にそれだけ告げると、居間に向かう。
居間に入ると、セレーネがテーブルの席に座り、お茶を飲んでいた。
(お前、落ち込んでたんじゃねぇのかよ!)
大方、セシルからこいつ等の話は聞いていたのだろう。セレーネにとってこいつ等は重要なギルドのメンバー候補。
まあ、重要事項は俺が全て決定してしまい、セレーネは最近フラストレーションが溜まりがちだった。ここでギルドの長に相応しい行動でもとれば、多少は改善するだろ。
俺としても、どこの馬の骨ともわからない奴をギルドに入れるよりは、よく知った奴らの方が何かとやりやすいし。
石のような固い表情で、居間に入ってくるモヒカン頭達。
俺は座らず、セレーネの背後の壁に寄りかかる。俺が下手に出しゃばれば、このお子様は益々へそを曲げる。正直、子守りなどしている余裕は俺にはない。
俺に頭を下げようとするベムとノックを右手で制し、口を閉じたまま椅子に座れとジェスチャーで指示する。
三人とも、目を白黒させていたが、ようやくこのお子様が我がギルドの長だと理解したのか、ブリキの人形のようにぎこちない動きでセレーネの前の席にそれぞれ座る。
「妾が、《三日月の夜》の加護者のセレーネ。この後ろの陰気な男がサガラ・ユウマ、このギルドのマスターじゃ」
冒険者ギルドのマスターには、原則超常者はなれない。故に、形式的に、ギルドの長たる加護者とマスターが乖離する結果となる。
背景事情さえ飲み込めれば、気が利くベムのことだ。俺の微妙な立ち位置も理解してくれるだろう。
案の定、ベムがグスタフの耳元で二言三言囁き、グスタフは口を開く。
「私はギルド《鋼の盾》のマスター、グスタフ・ヒッポ。貴方にお願いがあって参りました」
「何じゃ?」
生唾を飲み込むノック。
心配ねぇよ。セレーネの無感動な表情とは対照的に、内心では小躍りしているんだろうし。
「私達と契約していただけないでしょうか?」
やはりその件か。グスタフは悪質なペンダントにより肉体と精神を汚染され、もう少しで魔物の仲間入りするところだったのだ。そしてその茶番を仕組んだ外道はまだ捕まってはいない。グスタフの件は冒険者組合にも伝わっているはず。組合に知られれば、仮に奴が超常者でも、間違いなく何らかのペナルティーは受ける。
つまりだ。グスタフ達はいつ口封じされてもおかしくない状況なのだ。ならば、超常者に庇護を求めることは子供でも考えつく。
まさか、前評判が最悪なセレーネを選ぶとは聊か想定外だったが。
「契約すれば、《滅びの都》の攻略に尽力してもらうことになるが、よいのだな?」
冒険者という職業の究極的な目的は、《滅びの都》の完全制覇にある。グスタフ達にとっても同じはず。
まったく、素直じゃない奴。『喜んで、契約する』そう、端的に伝えればいいだろうに。
「それでは!?」
勢いよく席を立ちあがるグスタフに、満足そうに大袈裟にかぶりを振る。
「このセレーネが、そなた達、《鋼の盾》を《三日月の夜》に――」
「待ちな」
セレーネが肩越しに振り返り、恨みがましい視線を向けてくる。
「ユウマ、そなたは反対なのか?」
「そいつら三人の加入自体は俺にも不満はねぇよ。だが、《鋼の盾》全体を入れるのは時期尚早だ」
「な、なぜじゃ?」
「そいつらはギルド、《鋼の盾》。お前、こいつらのギルドを潰すつもりか?」
「っ!」
ようやく、自身の下した決断の先にある結末に思いが至ったのか、ガチガチと親指の爪を噛み始めるセレーネ。仕方ない。助け船を出すことにする。
「組合規則では、《ベネフィットギルド》同士、《ノーマルギルド》同士の複数所属は禁止されているが、《ベネフィットギルド》と《ノーマルギルド》の複数所属は禁止されていない。そうだな?」
俺の言いたい事が理解したのだろう。セレーネは勢いよく椅子から立ち上がる。
「そうか、そなたら三人のみがギルドに入り、その力により《鋼の盾》のギルドを運営する。妾としても、《滅びの都》の攻略が進むのなら形式などは拘らん」
「お前らもそれでいいな? 心配すんな。《鋼の盾》の既存のメンバーも悪いようにはしねぇよ」
俺が了承されすれば、《鋼の盾》に《眷属ツリー》が使える。《小進化》、《鑑定》、《休息》しか使えず、しかも効果は限定的だが、それでも、他の、《ベネフィットギルド》に所属するよりも、成長速度は早いだろう。
「俺は旦那に救われた。疑うなどとんでもない」
「同感だな。貴方は、俺達の誇りを取り戻す機会を与えてくれたんだ。最後までついていくさ」
「同じく」
次々に同意するグスタフ達を視認し、セレーネは再度振り返り、俺に非難じみた視線を投げかけてくる。こいつの今の内心を読み解くなら、――なぜ、妾に黙っていた!?――だろう。
これがギリギリだ。これ以上、俺がしきると、セレーネの奴、またイジケモードに突入しそうだ。まったくもって、面倒なお子様。
セレーネに事後処理を丸投げし、俺は屋敷を出ると地球の自宅の地下工房へと移動する。




