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第85話 謎という名の扉 堂島美咲


 四童子真八(しどうじしんぱち)幕僚長から作戦の概略を聞いた後、警視庁に出勤すべく府道駅から電車に乗る。

 電車に揺られながら、昨晩、自身の身に起こった事を改めて考えていた。

 まずは、突然の東条官房長と四童子幕僚長のカミングアウト。二人は、日本の警察と自衛隊を担う中心人物。特に、四童子幕僚長はあの地獄のような特訓を平然と敢行するような人だ。例え、総理であっても形式上は兎も角、内心から平伏など絶対にしない。そう言い切れる。それが二人とも、相良悠真に(こうべ)を垂れてしまう。

 カリスマ――いや、そんな形の無い陳腐なものではない。もっと、絶対的であり、抗う術の無い法則のようなもの。ともあれ、当の本人は東条官房長と四童子幕僚長の態度に心底嫌がっている風体であった。何気に美咲達と感性が近いのかもしれない。

 そうはいっても、お二人の態度を理解できてしまう自分もいるのも事実だ。

 一晩でレベルを6も上げるふざけた成長速度付与能力たる《小進化》。僅かな睡眠で重症さえも癒す《休息》、魔法のように様々な大小、有形、無形のものの出し入れをすることができる《アイテムボックス》。あらゆる事象の委細を知ることが可能な《鑑定》、特定の場所を一瞬で移動可能な《転移》。

 どれも、世界中の《超能力者》や《魔術師》が渇望し、そして挫折してきたものばかり。しかも――。

 アイテムボックスの美咲のストレージを開く。ここには、相良君から貰った己の武具《炎蛇》が入っている。

 《炎蛇》は間違いなく国宝級の武具。仮にマスコミに知られれば世界が大騒ぎとなり、様々な研究機関が接触を試みて来ることだろう。そんないかれたオーパーツをいとも簡単に相良君は造り出す。これがどれほど狂っているかは、少し頭を働かせれば自明の理だ。


「はぁ?」


 ストレージを眺めて思わず、素っ頓狂の声を上げる。こんな間抜けな真似も許して欲しい。だって、《炎蛇》が保管されているはずの美咲の武具のストレージにあったのは、《炎帝》という全く異なる武具だったのだから。

 突然の美咲の声にビックとさせて振り向いて来る隣のサラリーマン風の男性に必死に愛想笑いを浮かべる。


(昨日の今日でまた、改良したってこと?)


 《炎蛇》は昨日の地獄を生き延びた大切な相棒だ。その進化形、今すぐ、鑑定したいところではある。しかし、鑑定はアイテムボックスから取り出さなければすることはできない。こんな警視庁の目と鼻の先で、いかなる形態かがわからないのに、武具をアイテムボックスから取り出すなど自殺行為もいいところだ。警視庁内とその付近での鑑定は禁じられていることとの兼ね合いもある。今晩の任務の際までのお預けだろう。


(もっと早く気が付いて入れば……)


 武具まで確認しなかった自身の迂闊さを呪いながらも、警察庁がある霞ケ関駅に到着する。


                ◆

               ◆

               ◆


「ちわっす、堂島先輩!」


 捜査一課のいつもの大部屋に入ると、気の抜けた声を投げかけられる。

 振り向くと、ボサボサ頭の冴えない容姿の捜査官――扇屋小弥太(おおぎやこやた)がやる気なく右手を左右に振っていた。


「おはよう。小弥太」


 流石に猛烈に眠い。合法ロリコン男に構って迂闊な事を口走るのも馬鹿馬鹿しい。あの場所で、今回の事件の情報の整理でもしよう。


「ん?」


 小弥太は美咲の顔をマジマジと覗き込んでくる。


「な、なによ」


 まさか、レベルの件がばれたのか? 四童子幕僚長から、相良悠真が製造した鑑定誤認の魔道具のブレスレットがアイテムボックスの各々のストレージに入庫されると伝えられる。

 確認してみると、《蜃気楼》という名のブレスレットが入庫されていた。四童子幕僚長の説明では、このブレスレットをしていれば、敵に鑑定の能力があっても、今まで通りレベル2、能力変動値98に見えるらしい。

 小弥太は合点が行ったかのように何度か頷くと、


「先輩、もしかして、太りました?」


 そんな失礼なことを宣いやがった。


 捜査資料を丸めて、失礼でかつ無礼な阿呆をしこたま殴った後、『警視庁第一三資料室』へ移動する。

『警視庁第一三資料室』は八神管理官と美咲にのみ解放された今回の『一三事件』捜査のための部屋。この部屋の中には、幾重もの結界が張り巡らされており、いかなるスキルや魔術による盗聴や盗撮も不可能とされているらしい。

 スパイに察知される観点から、あまり多様はするなと言われてはいるが、例え危険を冒してでも少し事件の情報をまとめたかったのだ。

 その理由はこの『一三事件』につき違和感を覚えたから。喉に刺さった小骨のごとく、捜査官としての勘が美咲に調べろと全力で囁いていた。そして、それをしなければこの事件、真の意味で解決はできない。なぜか、そう確信もしていた。



 考えるなら、疑問点についてだ。

 まず、奴らの目的。被害者の胸に穴を変える殺し方や、『上乃駅前事件』と『一三事件』との関連など知らねばならない事は多い。しかし、この件を考察するにはまだまだ情報が不足している。仮説を立てても、確実にミスリードしそう。情報を補充した後で、考えることにする。

 相良君が見た二つの予知。いずれも、一一月六日の日曜日にことが起こっている。これを単なる偶然と片付けるほど美咲も愚かではない。特に公園で『フール』が捜査官に囲まれているのにも拘わらず、躊躇いなく強行したことからも、十中八九、この日、奴らにとって志摩花梨(しまかりん)を殺害しなければならない理由がある。そう。危険を冒してでもなさなければならない何かがあるはずなのだ。

 捜査本部のスパイについては、手掛かりが皆無である以上、下手に考察し疑心暗鬼になれば、奴らに気付かれる危険性が高い。誰も信じないが誰も疑わない。それが、最良だろう。

 そしてやはり、最大の違和感は一一月六日の相良悠真が語った志摩家襲撃だろう。八神管理官も同じ疑問にぶち当たっていたようだが、なぜこうも絶好のタイミングで襲撃されたのか。

 相良悠真が外出しているときを見計らったかのような襲撃。偶々と言われればそれまでだが、どうも出来過ぎているように美咲には思えてしまう。まるで、長門文人(ながとふみひと)の電話での一連のやり取りを耳にしていたかのように。

 しかし、この時志摩家の屋敷には捜査官達と志摩花梨、志摩辰巳(しまたつみ)、ミラノという名のメイドのみ。そして全員が殺されている所を相良悠真は視認している。

 とすれば、やはり、魔道具、もしくはスキル魔術による盗聴だろう。そう考えれば、一応の説明はつく。

 しかし、果たして諜報に長けた序列二八位のシーカー――《影喰いの半蔵》を偽れるものなのだろうか。あの半蔵が盗聴に気付かないなどという致命的なミスをするとはどうしても考えがたい。

それとも、美咲達捜査チーム内部の裏切りとか? そうなると、昨晩修行に勤しんだ面子自体も容疑者の一人ということになる。

いや、それは違うか。相良君の予知では、『一三事件』の容疑者に美咲達は全員惨殺されている。それに、そもそも、美咲達の中にスパイがいるなら、既に奴らが美咲達の排除に向けて、何らかの行動を起こしているはず。未だに動きがない時点で、美咲達の捜査チームの中にスパイはいないと断言してもよいと思う。

 とすると、志摩辰巳とミラノというメイドも疑わざるを得ないが……志摩辰巳は志摩花梨の実父だし、ミラノは幼いころから志摩家に仕えているメイドらしい。彼らを疑うのはあまりにばかげている。まだ、《影喰いの半蔵》の万能性を疑問視した方が現実的だ。実際に主人たる志摩辰巳(しまたつみ)は、相良悠真の予知では殺されているわけだし。

 それに単に偶然という可能性も否定はできない。というより改めて考えれば濃厚かも。

 志摩家内に『一三事件』のスパイがいて、屋敷から避難をしたことの情報が奴らに洩れていたなら、《影喰いの半蔵》と十二分に離れた場所で襲撃を敢行した方がより確実だ。

 まだ、美咲が気付かない何かがあるかもしれない。もう一度、資料と相良君の予知の写真を見返そう。


                ◆

               ◆

               ◆


「疲れた」


 ボソリと呟くと、美咲は机に突っ伏した。

 昨晩から碌に寝ていない。ちゃんと寝ておけと、四童子幕僚長から不吉な助言を頂いたくらいだ。何度となく仮眠室で爆睡する誘惑にかられたことか。


(やっぱり、私の気のし過ぎかな……)


 かなりの時間、一心不乱に何度も見返しても、手掛かり一つつかめない。


(違和感はあるんだけどなぁ~)


 強くなった今でも、自身の殺害現場はそう何度も見たいとは思わない。正直、薄気味悪いものが背筋に走る。

 テーブルに放り投げられた資料を右手の人差し指で触れながら、考察を続行しようとするが、さっきから堂々巡りで、碌な考えが浮かびそうもない。

貴重な時間を無駄にし、ショックはデカいが、過ぎた事を気にしてもそれこそ意味がない。

 何よりも、流石に眠くなってきた。虚ろな意識を何とか繋ぎ止め、立ち上がり、テーブルに置かれた資料を重ね始める。


(今何時だろう? 結構な時間こうしてたと思うけど……)


 ふと、自身の腕時計に視線を向ける。


「ん?」


それは、全くの偶然出来事だった。

鍵穴に求めた鍵がカチリと嵌る。そんな感覚。


「あれ……?」


謎という名の扉が軋む音を立てつつ、ゆっくりと開いていく。


「ちょ、ちょっと待って!」


 眠気が引き潮のごとく、急速に引いていく。せっかく重ねた資料をテーブルにぶちまけ、目的の資料を探す。

 資料は直ぐに見つかった。震える手で資料を握り締め、注視を開始する。もし美咲の仮説が正しければ、根底から美咲達は勘違いしていたことになるんだから。


                ◆

               ◆

               ◆


 数分後、資料の一点に視線を固定し、


「違和感はこれだった……」


 美咲はボソリと呟く。これなら、違和感のほとんどを説明できる。

 高鳴る心臓を自覚しながらも、ある事実を確認すべく相良君へ美咲は電話をかける。









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