第83話 地球組のスパルタ教育の悪巧みと鍛錬
《覇者の扉》のマップには、《セシル》や《アイラ》の他に《子狐――九》という項目が増えていた。
俺は、子狐に九とは名付けていない。セシルかアイラが名前を付けたんだろうが、正直俺は名前に拘りなどない。好きにすればいいさ。
指でタップし、扉を顕現し、くぐる。
二人は魔の森深域の荒野ゾーンの入口付近にいた。
案の定、二人の興奮気味の様子からも、止めなければ寝ずに冒険していたかもしれない。お目付け役の九に明日からは、一八時になり次第、強制送還するよう伝えておいた。
セレーネ宅に戻り、セシルとアイラのレベルを尋ねるも正直ぶったまげた。たった一日でレベル6まで上がっていたんだ。
この事実より幾つか判明したこともある。まず、俺の《小進化》の権能は称号の成長速度とは無関係に効果があるということだ。つまり、《小進化》を有する眷属はこの権能の成長速度が適用され、称号の成長速度には影響されない。
ただ、セシル達のレベルは今朝までレベル2だったはず。それがレベル6になる? これが夜間ならまだ納得も行くが、小進化の権能がレベル3に上昇したとは言え、真昼間にそう簡単にレベル6まで上がるものか? 次のレベルに至る条件との兼ね合いもある。理由はあるんだろうが……
まあ、レベルが上昇する分には何ら俺達に不利益はないし、後で聞けばいいか。
地球の自宅の地下工房に移動し、九に俺の部屋で休息をとるように指示する。子狐九は若干不満そうな声を上げるも、大人しく従った。
その後、地球組の武具をひたすら作成した後、リビングへ行く。
一階のリビングでは、ようやく全員の契約が終了し、クタクタで汗だくのセレーネとテンションがやたら高い地球組の面子がいた。契約前後で変化ないのは、東条秀忠と四童子真八くらいか。まあ、秀忠は端からアゲアゲのフィーバ状態だからあてにはならんわけだが。
奴らのこの異常に高いテンションは、契約により《小進化》、《鑑定》、《休息》、《転移》、《アイテムボックス》の力を得たから。特に鑑定は他の権能の非常識を否応でも実感させてしまうし。
「秀忠さん。真八さん。ちょっといいか?」
各人の武具をアイテムボックスのそれぞれのストレージに入れておいた旨を伝え、歓喜に包まれている連中を尻目に、二人を地下工房まで呼び寄せる。内密に話したいことがあったからだ。
秀忠は警察庁のトップ幹部の一人、真八も幕僚長、制服組の中でかなりの地位を築いているのは間違いない。
つまり、こいつらは人を扱うプロ。特に真八は、俺の想定が正しければ、地球組の訓練を頼むには最適だろう。
秀忠は薄気味の悪い笑みを浮かべたまま沈黙し、
「彼奴らの修行についてだな?」
変わって真八が、核心の事実に聞いて確認を取って来る。
「ああ」
こうも話が早いと実に清々しい気持ちになるもんだ。
「どこまでやる?」
「もちろん、徹底的にやってくれ。修行場の《滅びの都》は正真正銘狂ってやがる。訓練にはもってこいだろう」
一応探索者協議会による一斉駆逐が最終目標だが、三週目と同様、奴らに襲撃される可能性も高率で存在する。俺達で無事月曜の朝を迎えるには、地球組の能力向上は最低限の達成事項。
「荒療治でいいってことか?」
真八は顔を凶悪犯もかくやのものにかえる。
奴らはプロの探索者。だから、俺も一切の容赦をするつもりはない。セシル達のように《滅びの都》の転移先につき制限を設けるつもりもない。
要するに、これは悪夢と絶望への片道切符。死なないだけで、地球組はおそらく決戦の日となる日曜日の夜まで、幾度となく死ぬ目に遭うことになる。
「もちろんだ。《休息》の力で重症を負っても眠れば癒える」
「それは面白そうだ」
真八は口端を上げて指をゴキリとならす。これがこいつの本性か。どうやら天然のサド野郎らしい。
「それとだな――」
俺は『フレイムバード』の残りの四羽のうち、三匹を呼び出す。
「ほう。それは?」
「外見は鳩だが、レベル11の魔物だ。死なないようにする保険には使えんだろ。こいつらにはあんたの指示に従うように命じておいた。好きに使ってくれ」
真八は、一瞬目を見張っていたが、突然、腹を抱えて豪快に笑い始める。散々、抱腹絶倒した後、表情を消すと立ち上がり敬礼をする。
「相良悠真殿、ご命令拝命いたしました」
一礼すると、リビングへ姿を消していく真八。ノリノリの真八の後ろ姿に、徳之助達の幸の薄い未来を確信し、合掌して置くことにする。
「秀忠さん。あんたには、『一三事件』の組織撲滅とカリンの命を狙う志摩家の恥知らずの駆除につき、全ての政の処理を頼む」
今回の事件、志摩家も絡む以上、秀忠の協力がなければ解決は絶望的だ。こいつなら、『一三事件』の危険性を示唆する事実さえ示せれば、直ぐにでも探索者協議会を動かせるんだろうし。
「もちろんです。王のご期待に沿えるよう尽力させていただきます」
にぃと狂喜と狂気に顔を染める秀忠に一抹の不安を感じるが、本人がやる気になってるんだ。良い事なんだろう。多分……。
立ち上がり一礼し、地下工房を退出する秀忠。
秀忠と入れ替わるように、セレーネは地下工房へ入って来ると、俺の対面のソファーに座り、睨みつけるほど真剣な目つきを向けてくる。
「お主、一体何者なんじゃ?」
「地球の人間だな」
「嘘をつくな! 人間に、あんなふざけた成長促進能力や回復力、ましてや転移能力など持つものか!」
そういわれても、真実だし。どうしてこうも皆、俺の人類性を否定したがるんだ?
ともあれ、これ以上、セレーネと信頼を損ねても面倒なことになるだけか。問題はどう言えばこいつが納得するかだが。妙に頑固だからな。
「なら、超常者とでもいえば満足するのか? そもそも、超常者同士が契約できないと言ったのは、お前の方だぞ?」
「そうじゃが……」
下唇を噛みしめるセレーネ。
「俺は誰が何と言おうと人間であり、お前の契約者だ。それは誓ってやるさ」
そうさ。俺は生まれてからこの一七年、相良悠真という紛れもない人間だ。その事実だけは、この世の誰だろうと覆すことなどできないし、させやしない。
「……」
俯きつつもスカートの袖ぎゅっと掴み、微動だにしないセレーネの頭を一撫でして、俺は《滅びの都》の第二試練へ転移する。
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今日の目標は、レベル17。セシル達ですらも、レベルを五程上げたのだ。高レベルになるほど上がりにくくなるとは言え、最低でもその程度は確保したい。何より、明日はフィオーレ・メストが襲撃を受ける日。万全の大抵で臨みたいのだ。
地平線まで砂と岩しかないダンジョン。それも少し進むと、大地や空をびっしり埋め尽くす魔物の巣窟に変貌する。そして、魔物の強度は当然のこと、密度さえも、別次元のものと化していた。
ここで使えたのが、意外や意外、狙撃銃形態の《殲滅弾》だ。
どこかで見たアニメのような巨大芋虫の大群と、空を覆いつくす巨大蝉の群れに、狙撃銃形態にした状態で《殲滅弾》を装填する。MPがスッカラカンになるほどの凄まじい虚脱感の中、狙撃銃の銃口を奴らに向けると自動的に魔物共に標準が合わさる。
引金を引く。途轍もない数の赤色の光線が夜空を走り、巨大芋虫と巨大蝉の命を摘み取っていく。
凡そ、全面の半円一キロメートルの距離内の敵は一瞬で殲滅できる。そんな破壊兵器。
デメリットは、消費MPが大きすぎることと、対象への標準のセットに時間を食うことくらい。消費MPについては、【MP回復薬】で回復すればよいが、標準時間がかかることについては、ゼロコンマ一秒のスピードが重視される接近戦では致命的だと思われる。まあ、自動式拳銃はこのセットの時間が著しく短縮されるが、その分射程は短く、消費MPの多さに鑑みれば使い所に苦労しそうだ。
ともあれ、狙撃銃形態の《殲滅弾》での殲滅、【MP回復薬】による回復を繰り返し、先に進み続け、約5時間後、俺のレベルは16となる。
一度休憩に地下工房へと戻ると、子狐――九が俺の頭にチョコンと乗ってくる。下ろそうとするが、置いてかれるとでも思っているのか、しがみ付いて離れない。
九のレベルは俺と同じ16。どうやら、俺の成長とリンクしているらしい。『王の成長に従い進化を遂げる』とはそういう意味だろう。
ともあれ、俺と同レベルなら、連れて行っても問題はない。それにもう午前零時、どうせあと最大で二時間の冒険が最大だ。そのくらいなら、九にも大した負担にはなるまい。
冒険を再開する。
予想以上に九は戦力となった。九が張る防御結界により、奴らは俺までその牙が届かない。
悠々と俺は奴らを殲滅するだけでいい。巨大な牛の魔物がいたので、十数体その死体をアイテムボックスに放り込んでおく。アイラの言では《滅びの都》には高級食材になる魔物も生息し、いずれも高額で取引されているそうだ。試しに調理してみるのも一興だろう。
遥か前方に砂の海が視界に入る。アイラの話では、この《砂の海》ゾーンが《ユキムラ》の冒険譚での最難関。
この砂の海、構成する砂は常に流動しており、通常の海と同等の深さがある。つまり、その性質は、通常の海と何ら変わらないということだ。
《ユキムラ》は砂を歩ける靴を手に入れこのゾーンを突破したらしいが、当然のごとく、俺は砂の海を歩けるような特殊能力など持ち合わせていない。今のところは、八方塞がりという奴かもしれない。
あと一レベル、この辺でレベルを上げて今日の冒険は終了にすべきか。
一歩踏み込んだ刹那、俺を中心に半径四〇〇メートルほど残して周囲の地面の砂が消失し、あっと言う間に天然の砂のリングが出来上がる。
「またかよ……」
もはや驚きすらしない。このクソッタレのダンジョンからすれば予定調和にすぎまい。
『コード028。挑戦者二名、《憤怒の王》とその眷属を確認。
《《砂の迷宮》――《砂漠区域》――エリアボス――《グリムラドン》。
三〇秒後、戦闘が開始されます』
砂のリングの中心の砂が盛り上がり、中から翼を持つ爬虫類のような生物がでてくる。
ただし、爬虫類と似ても似つかない特徴がある。それは、全身から伸びる無数の細長い口と幾多の胴体から生える手足。
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『グリムラドン』
〇説明:自身よりも低レベルのものを魔物化する牙を有する無数の口を持つ竜魔。
〇能力変動値:
・筋力1/100
・耐久力:1/100
・器用:1/100
・俊敏性:1/100
・魔力:1/100
〇Lⅴ:17
〇種族:竜魔種
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あの触手のような口で噛まれると魔物化するらしい。やっぱ、このダンジョンは真面じゃない。
あのバーサクモードになれば、俺だけなら生き延びることは可能だろうが、九がいるからそうもいくまい。九を連れてきたのは失態だったかもしれない。
そう思っていたわけだが――。
「いて、いてぇよ。キュウ!」
突如、九が俺の頭頂部を齧って来た。
「ぐがう~」
精一杯の唸り声を上げるが、小さな子犬のような声で吠えても全く怖さに欠ける。もっとも、同レベルのガチの噛みつきはかなり痛いわけだが。
俺と九は魂レベルでリンクしている。俺の思考を九は共有しており、先刻の思考に対し過剰な反応をした。そんなところだろう。
(そうだよな。足手纏い扱いは真っ平か……)
「悪かったって。あのデカブツ、一緒に倒すぞ!」
「きゅん!」
勇ましく吠えたつもりの九に苦笑しつつも、エアの形態を狙撃銃タイプにし、《時限弾》を装填する。
猛突進してくるデカブツから距離を取るべく地面を疾走し、俺と九の初めての共同戦は開始される。
たっぷりの殺意を含有したデカブツの触手が豪風を巻き起こしながら、俺達へと迫る。
九の九本の尾の一本が黄金色に光り、俺達の周囲に幾重もの青色の薄膜が形成される。
触手はそれらを破壊しながら俺達まで突き進むが、当然、動きは鈍くなる。次いで、九のもう一本の尾が光り、触手は俺達と目と鼻の先で燃え上がり塵となる。
何度やっても同じ。『グリムラドン』の攻撃は俺達に到達することはなく、対して俺の《時限弾》数十発が次々と奴の体内深く食い込んでいく。
そして、起爆――。
数十発の時限弾の一斉起爆だ。たった数分で、奴は細胞一つ残さずこの世から消滅した。
「ここまでか……」
思わず口から飛び出た台詞。これほど戦闘が楽になるとは夢にも思わなかった。これは《滅びの都》での戦闘しかも、ボス戦だ。そのはずなのに、今までで一番楽な戦いだった。
無論、死線を離れるほど戦闘技術は劣化していく。この手の楽なスタイルをメインとするつもりまではないが、そもそもこのダンジョン、一人での攻略は無理のように作られている節がある。今後、九を始めとする仲間の力が必要な場合も多々出て来るかもな。
今回はいい機会か……。
『《グリムラドン》消滅――エリアボス討伐確認。
《休息》のレベルが一上昇しました。
覇王のレベルが恩恵として一上昇します。
《砂の迷宮――砂漠区域》のエリアボス――《グリムラドン》が魔物小屋に入屋しました』
《休息》のレベルが上昇することは嬉しいが、《グリムラドン》なんていらねぇよ。
明日のラヴァーズとの戦闘でも、あんな化け物竜、東京のど真ん中で顕現させるわけにはいかないし、使い道など大してない。
《地点記録弾》で記録後、力を使い果たしたのかクタッとしてしまった九を抱きかかえて自宅へ戻り、ベッドに横になる。
重い瞼を閉じて、俺達はひと時の眠りの旅にでる。




