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第81話 運命の邂逅


 縦横無尽に心の中に吹き荒れていた感情の暴風が過ぎ去り、ようやくカリンから放れる。

 一瞬戻った冷静さは、間髪入れずに凄まじい焦燥により塗りつぶされてしまう。

 ここは志摩家の屋敷の目と鼻の先。屋敷の者に見られでもしたら厄介極まりない。

 カリンの手を引いて、急いで芽黒駅へ向かう。俯くカリンの顔には、薄く張った氷のように恥じらいがほんのりと浮かんでいた。


 芽黒駅に到着すると、カリンから質問攻めにあうが、三週目と同様、《バーミリオン》の店長からの指示で迎えに来た旨を伝えると、あっさり信じてしまう。相変わらず単純な奴。

 カリンは、あれほど緊張していたのが嘘のようにご機嫌であり、終始はしゃいでいた。 

 ピクニックに行くように軽快な足取りで、《バーミリオン》に到着する。


                ◆

               ◆

               ◆


 それから、ほぼ三週目と同様、いや、それ以上にカリンは全スタッフと上手く馴染んだ。バイトの仕事も、極めて順調であり、最後の方ではフロアの仕事は普通に入っていた。

 唯一の違いは、俺の依頼からか朝比奈先輩だけが、俺達と同時間に帰ったくらい。

 今回の試食会場は、朝比奈先輩の案で、世界各国に支店を持つ有名ファーストフード店――《ナクドナルド》となった。

 確かに、《ナック》は庶民の料理の代名詞、カリンは口にしたこともあるまい。

 案の定、幸せそうにハンバーガーを頬張っていた。


 朝比奈先輩は徹夜でもしたのか、目に隈ができていた。今回の依頼は、カリンの命がかかっている。だから、徹夜はするなとか、勝手な事は口が裂けても言えない。でも、バイトは休んで欲しいのが本心だ。

バイトの件はそれとなく伝えると、明日は午後から出勤すると言っていた。一応、考慮はしているらしい。若干安心した。

 《ナック》前で朝比奈先輩と別れ、俺の右腕に抱きつくカリンを屋敷まで送り届ける。

 《フレイムバード》をカリンの護衛につけようとかとも思ったが、既にカリンは『13事件』の糞共の監視下にある。下手に護衛を付けたことが原因でカリンの襲撃が早まっては叶わない。俺の方から動かなければ三週目と同様の未来となるはずだ。今は表面上三週目と同様の行動をとるべきとき。

 カリンと別れ、付近の公園に設置した『覇者の扉』から自宅へ戻る。

 ひと風呂を浴びて、冒険の準備をしていると、携帯の着信が鳴る。

 このタイミング。目的の人物だろう。助かった。鍛え上げるにも時間がかかる。今日の晩がタイムリミットだろうから。

 携帯に出ると、案の定、八神徳之助(やがみとくのすけ)であり、後数分で到着すると告げられる。そのやたら緊張した声に若干の違和感を覚えたが、徳之助が変なのはいつもの事だ。気にする必要はなかろう。

 

 ――そう思っていたわけだが……。

 家のリビング。

 今、俺の座る席の前には、二人の人物が座している。

 

 一人が、終始笑みを浮かべている黒髪をオールバックにした四十台前半の線の細い男。どこにでもいそうなサラリーマンの風体ではあるが、その眼鏡を通して覗く眼光は恐ろしいほど鋭く、俺を舐め回すように観察していた。

 二人目が、ラウンド髭を蓄えた野性的な容姿のオッサン。顔を含めた身体中にある傷と、鍛え抜かれた体躯。どう控えめにみても、この男は警察関係者ではない。この肌がヒリツク感覚、こいつはかなりの死線をくぐっている。いわゆる自衛官という奴か。

 二人の背後で、徳之助、堂島、(まむし)(ふくろう)多門(たもん)のおっさんが、表情と身体、両方をガチガチに強張らせながら、直立不動していた。

 さらに、いつも、ソファーに踏ん踏ん反り返っているあの《狂虎(きょうこ)》すらも、借りてきた猫のように両手を後ろに組んで姿勢を正している。

 この二人、よほどの人物らしい。まあ、俺にはどうでもいい話なわけだが。


「で、あんたらは?」


 俺の一見無礼な発言に、熊のような男がニィと口角を上げ、それを目にした、狂虎が頬を引き攣らせる。

 どうでもいいが、お前怯えすぎだ。

 

「俺は、四童子真八(しどうじしんぱち)、自衛隊で幕僚長をやってる。右のこの薄気味の悪いもやし男が、東条秀忠(とうじょうひでただ)。認めたくはねぇが、こいつは一応警察の長官官房長だ」


 一応、警察官って言われてもリアクションに困るんだがね。それにしても、徳之助の上官というから今日訪れるのは、警察関係者だけだと思っていた。なぜ、自衛官までいるんだ? 近々設立される例の部署ってやつか?

 ともあれ、こうしていてもちっとも話は進まない。


「そうか、俺は相良悠真(さがらゆうま)、宜しく頼む」


 右手を差し出すと、熊のような大男――四童子真八が、満面の笑みを浮かべつつも力強く握り返してくる。

 東条秀忠の方は、少し前から気色悪い笑みを消し、俺の観察を継続している。こいつかなり危ない奴らしい。

 

「悪いな、悠真、こいつは、こうなると当分戻って来ねぇよ」

「そうかよ。だが、俺も時間がない。そちらの下した選択を聞かせてくれ」


 真八は秀忠を横目でみると、大きなため息を吐きだし、口を開こうとする。


「素晴らしい……」


 ボソッと秀忠の口から言葉が漏れる。口端があり得ないほど吊り上がり、顔中が凄まじい狂喜に染まっていた。その秀忠の姿を視界にいれ、真八が大きく目を見開く。


「お、おい、秀忠?」


 その真意を尋ねようとする真八の問いに答えようともせず、秀忠は席から勢いよく立ち上がる。


「異界との交通? 馬鹿馬鹿しい。八神、君は一体何を見ていた?」


 肩越しに徳之助を振り返る秀忠。一睨みされただけで、徳之助からダラダラと粒のような汗が流れ出す。ハンカチで額の汗を拭いながらも、徳之助は必死で弁明の言葉を吐き出す。


「お言葉ですが、彼は信用できます。実際に私はこの目で――」

「止めとけ、八神、多分それ逆だ」


 真八が徳之助の言葉を遮る。徳之助も何かに気が付いたのか、口を堅く閉じた。


「君はこの方(・・・)を現に目にして何も感じなかったのか? オーパーツ製造能力? 成長促進能力? 異界との交通? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの、この方の格に比べれば児戯に等しい」


 恍惚の表情で、天を仰ぐ秀忠。

 俺の格ね。この壮絶に気色悪いおっさん、おそらく鑑定持ちだ。そして、俺の『格』というくらいだ。大方、称号のことだろう。


「あんた、鑑定持ちだな? しかも、他人の称号までわかんのか?」


 秀忠の笑みが一層深まる。ビンゴか。まったく、そんなことは、今の俺にも不可能だ。何ちゅう化け物だよ。


王よ(・・)、部下達の不敬、お許しを」


 秀忠は姿勢を正すと、恭しく一礼をしてくる。秀忠のこの豹変に皆、面食らってポカーンとしていた。

どうでもいいが、想像以上にカオスな事態になってんな。これ以上の面倒事は御免なのだが。

 兎も角、こいつの『王』の台詞、『覇王』の称号のことだろう。事情は一向に読めないわけだが。


「秀忠、王ってどういうことだ?」


 頬をヒクヒクと引き攣らせながら尋ねる真八を尻目に席に座る秀忠。


「王の御前(みまえ)だ。詳しくは後で話す。そして、忠告して置くぞ。外見を見るな。この方はそもそも人間ではない」


 いやいや、俺、人間だってばよ。勝手に俺の人類性全否定すんじゃねぇよ!


「俺は人間なんだがな」


 俺の心の底からの呟きは、予想以上に説得力が認められず、一同から化け物でも見るような視線を向けられる。

 どう考えても、トチ狂ったとしか見えない秀忠の言葉を、比較的秀忠の奇行に体勢がありそうな真八さえもすんなり信じ、当初の子供を見るような俺に対する視線から、未確認生物(ユーマ)でもみるようなものに変わっていた。

 ああ、もういいや、話を先に進めよう。


「それで、俺の提案は飲んでもらえるのか?」

「もちろんです。私は是非、参列したく存じます」

「いや、参列って、あんた警察官僚だろう。流石にその発言はマズいんじゃねぇのか?」


 堂島がウンウンと何度も首を上下に振り、徳之助は顔を顰めつつも胃を押さえる。対して真八は両腕を組んで考え込んでしまう。


「御冗談を。貴方への参列と警察の使命は両立しますよ。私が加護を頂けば、それは警察という組織の力になる。しかも、その恩恵は桁が違う」


 加護に恩恵ね。もしかして、秀忠の奴――。


「秀忠さん。あんた、超常者(イモータル)か?」

「……」


 更に笑みを深める秀忠。やはりか。ならば、称号の件を知っていてもおかしくはない。超常者(イモータル)達にとっては、称号は周知の事実らしいし、覇種の称号に過剰な反応を示すことも頷ける。

 でも、まさか、警察官僚のトップ陣の一人が超常者(イモータル)だとはな。ある意味、驚きだ。


「秀忠ぁ、突然カミングアウトすんなよ。収拾を図る俺の身にもなれ。大体、俺達はあの部署の件の設立の件で来たんだぞ。それどうすんだよ?」


 真八の切実な声にも、心底鬱陶しそうに顔を歪める秀忠。


「王にそんな不敬を働けるか!」


 首を左右に振る真八。ここまで来て、話もせずに帰らすのは流石に哀れだし、その新部署とやらに入るメリットが俺にはある。


「いや、俺はその部署とやらに入る意思はある。その代わり、相良小雪の治療を全力で行ってくれ」

「ああ、その慈悲、恩寵(おんちょう)、心から感謝いたします。直ぐに、小雪様を全力で保護をいたします」


 涙目で、俺に首を垂れる秀忠は、如何わしい宗教の狂信者のようで、想像以上に気持ち悪い。俺と同様の感想を徳之助達も持っていたらしく、俺に非難じみた顔をむけてくる。


(俺のせいかよ! 違うだろ!)


 それにしても、セレーネといい、ロキといい、秀忠といい、超常者(イモータル)は基本、自己中心主義の塊。それがよく理解できた。


「俺は部署さえ新設されればそれでいいんだ。あんたが何者でもな」


 真八の俺に対する声色が目上の者に対するような柔らかいものに変わっている。奴も秀忠と同様、俺を非人間と見做したらしい。偉い迷惑な話だ。

 ともあれ、この様子では『覇者の扉』を強制的に没収などという発想には万が一にもなるまい。下手にしたら戦争になりそうな勢いだし。


「その新部署とやらは、『一三事件』が片付いたら、いくらでも付き合ってやる。

 今は、俺と契約を結ぶか否かの決断をしてもらいたい。もちろん、強制はしない」

「俺はその契約とやらをするぜ。トップの俺がしないわけにもいかんだろ。それになんか面白そうだしなぁ」


 面白って普通思うか? 真八、こいつも壊れてやがる。

 

「あんたらは?」


 背後の徳之助達に尋ねるも、全員、即答はせずに自問してしまう。

 まあ、ある意味俺と契約するのは人間を辞めるに等しい。十分に考えてから決めてもらおう。


「契約しないとどうなるの?」

 

 恐ろしく厳粛した顔で尋ねてくる堂島。


「一三事件から手を引きな。じゃねぇと、あんたの念写のようになるのがおちだ。

 秀忠さん、契約を拒絶したら、一三事件から上手く理由をつけて外してくれ」

「はい。栄転という形で処理させていただきます」


 堂島が青白い顔で下唇を噛みしめる。


「それじゃ、決を採るよ。契約するものは右手を上げてくれ」


 徳之助は右手を上げつつも、部下達にその意思を尋ねる。

 結局、全員が手を上げ、契約することと相成った。

 


 各人から相性の良い武具を聞き出し、ピノアのセレーネ宅へ行く。

子供達で溢れた部屋の中で、セレーネが疲れ果てた生気のない顔で、『HP回復薬(ポーション)』を改良していた。

 まだチビ共は冒険から戻っていないようだが、もうじき日も暮れる。夜間の《滅びの都》の極悪さは語るまでもない。明日、子狐には時間になったら強制的にセレーネ宅まで戻るよう言い聞かせておこう。

 死にかけた蝉のような姿ではあるが、俺の指示通り、『HP回復薬(ポーション)』を改良していたところをみると、気持ちに折り合いはつけたのだろう。ならば、何ら問題は生じない。

 子供達にシスター以外の来客が来ても出なくてよい旨伝えると、反応に乏しいセレーネの右手を引き、問答無用で地球まで連れて行く。

 

                ◆

               ◆

               ◆


 セレーネに地球の応接間でくつろいでいるメンバーと直ちに契約するように指示する。

 セシルとアイラには、当分の間、事務事項は俺に一任するよう伝えているが、あとで、了解も取っておこう。まっ、反対はせんだろうがな。


(こ、こ奴ら、地球人か?)


 背伸びして、俺の耳元付近に口を近づけ、小声で尋ねて来るセレーネ。


(そうだが。別に人間なら誰でも同じだろ?)

(それはそうじゃが……)


 硬い表情で、一歩も動かない銀髪幼女の頭に右手を置く。


(滅びの都の攻略には、強力な人間と契約しなきゃならんのだろ? ちなみに、あのデカ女はレベル9だぞ)


 バッと、顔を上げて狂虎を凝視し、暫し考え込んでいたが、意を決したのか、何度か頷く。


(わかった。契約する)


 リビングの床にチョークのような物で魔法陣を書き始めるセレーネ。

 凡そあと、一時間はかかる。その間、俺がここにいる必要もない。ここはセレーネに任せて、セシル達を迎えにでも行こう。

 秀忠に自身が超常者(イモータル)であることと俺が覇種であることをセレーネに隠すよう耳打ちする。満面の笑みで頷くその姿は悪寒しか覚えないが、秀忠にとって、政治事(まつりごと)は息を吸うようなものだろうし、俺の微妙な立ち位置くらい理解してくれそうだ。

 各人、セレーネの指示に従い、契約するように言い残し、俺は《滅びの都》へと向かう。 




お読みいただきありがとうございます。

悠真がコユキにポーションを試さないのにも理由があります。もう少しで説明する予定です。

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