第79話 秘密の告白
帰り際に、徳之助から今日の晩まで時間が欲しいと懇願されたので了承する。徳之助達が、今後俺の目的を遂げるためのパートナーとなり得るか否かの重要な転機だ。徳之助の出した結論が、俺の進む道と相いれないなら、この事件で手を切ることとなるだろうし、俺としても、十分熟考して決めて欲しい。
バイトまでまだ時間があったので、セレーネ宅を訪れることにする。小狐は俺が立ち上がると、頭にチョコンと乗る。どうやら、俺から放れるつもりは微塵もないようだ。
早朝なのにもかかわらず、居間にはセレーネ、セシル、アイラがいた。
俺が部屋に入ってから、アイラとセシルは俺の頭に乗る小狐から目を離せないでいるようだ。
特に、アイラはまさに魚を前にした野良猫のようなハンターの目で凝視している。悪いが、子狐でなくても怖すぎる。子狐もアイラの不躾の視線がよほど嫌なのか、俺の頭の上から降りると、俺の背中にぶら下がる。
その小狐の仕草にセシルが組んだ両手を胸の近くに置き、目を輝かせて黄色い声を上げる。セシル、今のお前、どう見ても女子にしか見えんぞ。
セレーネやアイラもこのセシルの姿に疑問を抱いていないようだが、男装する訳があると、暗黙のうちに了解しているかもしれない。
どの道、昼間、小狐をお子様二人の生贄――もとい、教育係に抜擢しようと考えていたところだ。
(子狐、昼間はお前を連れて行けない。だから、このチビ共二人の護衛をしてもらえるか? この四日間が過ぎたら、たっぷり遊んでやるからよ)
「くうーん」
子狐は俺の肩に乗ると、甘えた声を上げ、俺の頬に顔を擦りつけてくる。ここまで懐かれると、自然と愛情が湧こうというものだ。
子狐はピョンと俺の頭から床に降りると、二人の傍に駆けていく。小狐、子守りは任せた。
お茶のようなものをチョビチョビ飲んでいるセレーネの正面の席につく。
「ユウマ、この《転移》なのじゃが……」
この目尻がちょっと上がって引き締まった顔のセレーネの様子からも、既に《転移》を試してみたんだろう。もしかしたら、地球の俺の自宅の地下工房を訪れたのかもしれない。
結局、この度セレーネ達に解放された《転移》について、俺は個別に制限を加えた。
一先ず、セシルとアイラはこの異世界アースガルド大陸のみを対象とした。外見が人間と変わらぬセレーネは兎も角、耳の長いセシルや猫娘のアイラが地球の街中を闊歩すれば、確実に公的機関の厄介になることだろう。姿の問題を解決するまでは、彼女達に知らせるべきではない。
《滅びの都》への転移は、基本、セシル達自身で探索した場所まで。そこに、セシル達自身のレベル以下の魔物の生息地のみという限定を加えた。これに、保護者役の子狐もいれば、危険はあるまい。
セレーネにはセシルとアイラに許諾した転移場所に、地球の俺の自宅の地下工房を加えた。
「どこまで見た?」
「今朝、転移の能力に気が付き、試していたら不思議な部屋に出たのじゃ」
不思議な部屋とは、おそらく地下工房のことだ。確かに、親父達の研究施設だけあり、あそこは通常の地球の施設とも一線を画している。
「セレーネ、お前は俺の仲間であり、運命共同体。だから、俺の有する秘密を教える」
ゴクッと喉を鳴らし、セレーネは躊躇いがちにも頷く。
都合よく、セシルとアイラは子狐に夢中で俺達から意識が逸れている。
「ついて来い」
居間を出て廊下で《覇者の扉》をくぐり、地球の俺の工房へ移動し、一階のリビングのソファーに座らせ珈琲を入れる。
「ユウマ、ここは……?」
小さな唇を震わせるセレーネの様子からも、心当たりでもあるのかもしれない。まあ、セレーネは超常者。地球について知識として知っていても何ら不思議ではない。
「地球だよ」
「お、お主、地球人じゃったのか?」
地球人ね。やっぱり、地球の存在を知っていたか。だが、これでかえって、説明する手間が省けた。
「その通りだ」
「ならば、あの扉は?」
真夜中に怪談でも聞く児童のように、血の気の引いた顔で恐る恐る尋ねてくるセレーネ。
「地球と異世界アースガルドを繋ぐ扉」
セレーネは暫し、頬をヒクヒクと痙攣させていたが、遂に、親指をガチガチと噛み始め、思考の渦に呑まれてしまう。
経験則上、こいつの現実逃避はかなり長期に及ぶ。俺の家から出ない限り、くつろいでよい旨のみを告げると、俺は地下工房へと移動し、《改良》の実験を行う。
ちなみに、《アイテムボックス》は全員が利用できる共通ストレージと、各々個人のみが利用できるストレージを作成した。これなら、自身とギルドの所有物を明確に区別できる。
幾度となく『改良』を試みた結果、魔道具の効果につき一定の方向性を持たせることができるようになってきた。もちろん、あくまで漠然としており、限度はあるが、今はそれで十分だ。
三〇分ほど集中した結果、以下のものできあがった。
まずは、手足のような身体の一部の消失や内臓の中程度の損傷である特傷すらも癒す、【伝説級HP回復薬】とMP回復力が著しい【伝説級MP回復役】。
次はセシルが購入したいくつかの武具の融合。
《絶刀》にセシルが購入した武具を融合した伝説級の武具――【鬼切】。
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【鬼切】
■説明:酒呑童子の配下、茨木童子の腕を切り落とした刀。
・変幻自在:形態は所持者の意思により自在。
・鬼切:切断と硬質化につき著しい効果を有する。
・痛恨鬼力:一日に一撃だけ、限界を超えた力で攻撃を加えることができる。
■武具クラス:伝説級
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切断と硬質化の機能に特化している刀だ。特に変幻自在の効果はマジでありがたい。使い慣れているせいか、通常はミリタリーナイフの形状が扱いやすいし。
防具もいくつか作ってみたが、派手すぎて人前で着るには憚られるものばかりだった。それにあまり、防具で過剰に身を守っても、戦闘技術は寧ろ劣化する。それはあの厨二病悪魔の存在で実証済みだ。
だから、次の一つだけを作った。
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【ヴィーザルの靴】
■説明:世界中の人間が靴を作る時に捨てられる皮で造られた靴。凄まじい硬さを有する。
・若輩無敵:自身のレベル未満の一切の物理攻撃を無効化する。
■魔道具クラス:伝説級
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そもそも、己と同等以上の相手の戦闘を想定している俺にはあまり意味がない武具だが、まあ、雑魚の掃討には使えそうだ。それに、硬いのは何かに役立つかもしれないし。
リビングに戻ると、セレーネの姿が消えていた。
短い付き合いに過ぎないが、外に出るなとの俺の指示を無視するほど、思慮に欠ける奴じゃない。落ち着いて思考に没頭できるピノアのセレーネ宅に戻っているのだろう。
セレーネは、地球組の戦力増強のキーマン。奴の協力なくして、俺はこの悪夢の連鎖を断ち切れない。悪いが、セレーネは俺ととことんまで、運命を共にしてもらう。この程度で一々ショックを受けてもらっては困るのだ。是非とも今晩の徳之助達との会合までには気持ちを整理してもらわねばならない。
そろそろ、時間だ。
セシルとアイラは保護者役の子狐に任せておけば一先ず安心だ。あの子狐、俺の言葉には忠実なようだしな。
簡単な用意をすると家を出る。行き先はもちろん――。
目的地の『府道総合病院』へと到着し、受付で小雪の面会の手続きを取る。
この数日で既に三回死亡しているのだ。今の俺は爆弾のような存在なわけであり、極力今の俺は小雪に会うべきではないという方針に変化はない。
要するに、今日は危険を犯してでも小雪に会わなければならない目的があるということだ。
小雪の病室に入り、脇の椅子に腰を掛け、その右手を握る。
この数日の悪夢の繰り返し、さらに過去の何気なくも幸せな追憶が次々に脳裏に浮かび、消えていく。
「小雪……」
自然に口から出た呟きを契機に、胸元が締め木にかけられたように苦しくなるも、全力で抑えつける。
この場にこれ以上いれば、きっと俺は甘えてしまう。しかし、まだ、泣き言をいうにはまだ早すぎる。俺には遂げねばならぬ使命があるんだから。
小雪の病室の窓を開けて、『フレイムバード』を二匹呼び出し、解放すると、――決して目立たぬように、このベッドで寝ている少女、小雪を全力で守れ、さらに、仮に小雪が何者かに襲われたら一匹は俺に知らせろ――と命じる。
全身から炎を消したフレイムバードは、外見上は変哲もないただの鳩だ。隠密にこれほど適している魔物もいまい。
二匹の鳩は、『くるる』と一声泣くと、窓から外にでると大空を悠々と滑空する。
鳩にしか見えないとは言え、仮にもレベル11の魔物だ。俺の到着までなら持ち堪えられるだろう。
「小雪、落ち着いたらまた来るよ」
小雪の頭を一撫でして、俺は病室を後にした。
府道前《覇者の扉》を通り、芽黒駅近くの公園へ行く。
足は自然と速足になっていた。その理由は考えるまでもない。ずっと今の今まで、俺は自身の気持ちを押さえ続けてきたんだから。
志摩家の屋敷前へ到着する。丁度、大きな門が開き、頭から水をかけられたような強張った顔で、ぱっつん金髪の少女が姿を現す。
三週目と同様、手足をぎこちなくも同時に出しつつもこちらに歩いて来るカリン
そのガチガチに緊張し彼奴の姿を脳が網膜を通し、俺はカリンに駆け寄り、強く抱きしめていた。
カリンは一瞬身体を膠着させるが、俺の顔を見上げて大きく目を見開く。
「ユウ……マ?」
躊躇いがちに俺のその表情の真意を問うてくるカリンに対し、俺の口から漏れ出したのは――。
「すまない」
謝罪の言葉だった。
「……」
ようやく、俺は今心の底から切望していた奴に会ったんだ。




