第77話 管理官への提案
徳之助と堂島が到着し、二人にお茶を出して席に着くが、小狐は俺の膝にピョンと飛び乗ると、くぁ~と大きな欠伸をすると、蹲って寝息を立て始める。
徳之助は興味津々に小狐を眺めている。こいつは、通常運行の事態だが、もう一人の方は一味違っていた。
「……」
堂島は両手を組み、声もなく、恍惚に頬を染めながら小狐を注視している。この尋常じゃない姿の堂島は、後にも先にも初めてではなかろうか。まあ、決して見たくはなかったけどさ。
「それで用ってのは?」
もうじき、カリンを迎えに行かねばならないし、セレーネ達との今後の方針のすり合わせもある。時間は依然として一秒とて無断にはできない。
「君からでいいよ」
徳之助にしては珍しい強い口調。
若干の疑問はあるが、徳之助の性格から言って、緊急性が高い事項なら真っ先に俺に伝えているはず。
軽く頷き、口を開く。
「『一三事件』について進展があった」
締まりのない顔から一転、冷や水を被った顔で、俺を凝視してくる堂島に、
「詳しく聞きたい」
いつもの薄ら笑いを消して、委細を求める徳之助。
「まず、六花の紹介で《夢妙庵》とかいうギルドに、志摩家と『一三事件』の調査の依頼をすることになった」
「《夢妙庵》……そうか、だからあのご老人が……」
顎に手を当て独言する徳之助と、安堵の表情を浮かべる堂島。二人の態度から察するに、《夢妙庵》は既知の存在らしい。
《夢妙庵》、かなり有名なのだろうか。それとも、単に職業柄知っているだけか。
「だが。《夢妙庵》に委ねるのはあくまで調査。俺達だけで、フィオーレ・メストとカリンを保護する必要があることに変化はない」
「進展とはそれだけかい?」
「それこそ、まさかだ。奴らのアジトを見つけてもそれを叩く戦力がないんじゃ意味がない」
「それって、君がその戦力とやらを得たと暗に言ってるけど?」
「正確には戦力を得る目途が立っただけだがな」
昨晩得た【覇王編成】を使い、《破滅の都》で連日連夜死ぬ目に遭ってもらう。これしか手っ取り早く能力を向上させる手段はない。この権能を使う最大の問題は、異世界――アースガルドの存在を最低でも徳之助達に知らせる必要があること。
異世界の存在を観測しただけでも発狂もんなのに、それを限定的ながら移動できる手段があると判明すれば、世界中が大騒ぎになる。秘匿は絶対にしてもらう。
ただ、あくまで【覇者の扉】を通過できるのは、俺とその眷属に限られる。俺は気に入らない奴を眷属にする気など毛頭ない。その点での保障はある。
確かに、徳之助の意思に関わらず、上層部が秘匿の約定を一方的に破棄し、俺から【覇者の扉】を強制徴取する危険性は零ではない。だが、【覇者の扉】は、仮にも深淵級クラスの魔道具。今の人類の技術でどうにかできる代物とは思えない。破壊されないなら、あれが何処にあろうが機能が制限されることは考えにくい。まあ、そんな不義を働いたら、直ちに眷属化を解くだけだし。
残りは、小雪を人質に取られ眷属化を強制される危険性であるが、今のこの日本の警察にそんな非人道的な事ができるはずもない。それは三週目での徳之助の発言からも明らかだろう。まあ、保険は掛けるべきだろうがな。
兎も角、今後を考えても、手を組む組織が必要なのは間違いない。探索者協議会も候補には上がるが、真理探究のためなら、人の倫理観などあっさり溝に捨てる。そんな組織だ。信頼性に著しい難がある。
手を組むなら、小雪を人質にする可能性が低く、真っ当なギブアンドテイクの関係が築けそうな組織――。
「聞かせてくれるかな?」
案の定、身を乗り出してくる徳之助。
「他者の成長速度を促進させる方法を見つけた」
「君が、成長速度を促進するオーパーツを所持している。そういうことかい?」
「いや、オーパーツではなく、能力だ」
「そ、それは本当ですか!?」
俺の返答に、堂島が徳之助を押しのけ、俺の胸倉を掴むとブンブン揺らす。
何だ? どうでもいいが、興奮過ぎだろう。
「落ち着け。このタイミングで嘘などついてどうするよ」
堂島を押しのけて、二人を見据える。
「す、すいません。大学での卒論のテーマだったもので……」
「もしかして珍しいのか?」
成長速度促進能力は、超常者共が、恩恵としてポンポン与えている。何より、武帝高校にはそこで修業をするだけで成長を促進させる施設があるが、そっちの方がよほど凄まじい奇跡だろう。驚くほどじゃないと思うのだが。
「相良君、成長速度の促進能力について君は学園でどう習った?」
「成長速度促進の度合いは千差万別であり、0.1%にとどまる極めて稀有な能力」
実用可能な魔術やスキルの能力を発現している者は人類全体でもほんの僅かに過ぎないが、その中の0.1%だ。確かに、稀有だが、驚くほどじゃない。
「では、成長速度を促進する因子を与える能力について授業で習ったかい?」
「そういや、聞いたことねぇな」
その点だけ教科書等には記載れておらず、授業でも一切触れられなかった。俺的には上級の学年になれば習うと考えていたのだ。
「自己の成長を促す能力と他者の成長を促す能力は、似て非なるものだ。後者は理論上で提唱されている能力であり、未だ嘗て確認はされていない」
またそれかよ。でもこの程度で一々驚いてるようなら、全部話を終えた頃には、多分腰を抜かしている。
さてどうするか。まず――。
「徳之助さん。俺から巻き込んでなんだが、俺と取引しないか」
徳之助がニィと口端を上げる。
「相良小雪ちゃんの治療かい?」
やはりな。俺が止めなかった以上、徳之助が俺の素性を調査しないはずがない。
「そうだ。予め言っておくぞ。俺の唯一の願望は小雪を元に戻すことだけ。そのためには、悪魔にだって魂を売るし、傷つける奴に一切の容赦はしない」
「ならば、僕達と君はパートナーとなりえる。上は僕が責任をもって説き伏せよう。
というより、前回見せてもらったオーパーツ製造能力だけでも、意思統一は容易なんだけどね」
「ただ、今は――」
今徳之助が下手に上司に報告し、密談の内容が、志摩家や奴らに洩れれば厄介だ。
「わかってるよ。知らせる上司は、『一三事件』にはノータッチだし、いずれの勢力とも距離を置いている人だ。賊共に知られる危険性はないと断言できる。
それに、僕が知らせるまでもなく、もう既にその人は君のことを知っているよ。僕がこの場にいるのも指示を受けたからだし」
昨日あれほど、上司には言うなと念をおした。徳之助は色々適当そうだが、約束を破るような人間ではない。それに、『一三事件』とは無関係な上司に今のタイミングで徳之助が報告する意義はない。つまり、その上司とやらは徳之助の存在を抜きに俺を認識していたということ。
だとすると、六花か、それとも店長か、そのいずれかだろう。両者とも俺が警察と関係性を持つことを良しとしないところがあったし。
「その人とやらが、探索者協議会にシーカーの発動を要請することはできないのか?」
そうすれば、話は早く済む。
「残念だけど、その人は警察庁の官僚。本事件の管轄は、警視庁にあるのさ。
だから、警察庁から警視庁に要請することになるだろう。だけどね、恥ずかしながら、警察庁と警視庁、必ずしも一枚岩ではないんだ。本部長辺りが、『一三事件』を探索者協議会に丸投げすることに難色を示すはずさ。何せ、今や『一三事件』の解決は警察の威信がかかっているから」
もう徳之助の言わんとしていることはわかる。
「要するに、『一三事件』のえげつなさを理解させなければ、探索者協議会を動かすことは不可能だと?」
「その通り」
金曜日の夜のあの糞女共との激突は必須。それが確定した。
いいさ。もう俺は許容しないから。
――俺から奪う一切の行為を!
――俺から奪うものの一切の存在を!
俺の全力を持って、奴らには惨めで、残酷で、最低な最後をくれてやる。
「ところで、《狂虎》達のスカウトは完了したのか」
「そうそう、梟と多門君は了承したよ。《狂虎と蝮は君と会ってから決めるんだそうだ》」
俺の計画にはあの二人は是非とも必要だ。是非、説き伏せる必要がある。レートを引き上げるべきか。
「《|狂虎》《きょうこ》達にはできる限り早く会おう」
「助かるよ。それでさ――」
徳之助にしては珍しく急かしてくる。まるで、クリスマスの晩に枕元に置かれたプレゼントを前にした子供ようだ。
「わかってる。ただ、この成長速度を促進する能力の付与は、俺の有する秘密に触れることと同義だ」
「秘密の厳守かい?」
「基本的にはその通りだ」
「了解だよ。ただ、警察庁の上層部への報告が必要となるが、それは構わないかい?」
元より、ある程度の情報が洩れるのは仕方ない。ただ、俺が情報の秘匿といったからには、最低でも警察組織の上層部周辺だけで話をとどめてもらわないと困る。そのための念押しだしな。それでも危険性は伴うわけだが……。
まあ、いいか。話すだけ話そう。どの道、契約するにはセレーネと引き合わせねばならないし、徳之助なら、セレーネ達、俺の眷属がこの世界で自由に動けるようにできる手立てを思いつくかもしれないから。
「それはあんたの意思で決めてくれ」
怪訝な顔をしながらも、頷く徳之助。
俺は口を開き始める。
金曜日の夜に激突が、木曜日の夜と誤って表記されていました。申し訳ございません。単純な誤記なのでプロット等には影響しませんのでご安心ください。
教えてくただいた方、ありがとうございました




