第74話 第一試練
草原、またこの死地に戻って来た。
今晩の目標は、第一の試練《魔の森》を抜けて、第二の試練《砂の迷宮》に入ることと、最低でもレベル10、出来れば11まで上げたい。
まずは、レベル9への到達条件である虫系の魔物三〇〇匹の討伐。
草原を徘徊していると、遠方にピノア分館ほどもある卵状の蜂の巣を発見した。その巣からは、レベル8の巨大な雀蜂――《ジャイアントホーネット》がブンブンと飛び回っている。
不用意に接近、刺激したらイナゴの大群のごとく雀蜂モドキ達が殺到してくるんだろう。マジでこのダンジョンはキチッてる。
【エア】の弾丸を《時限弾》に設定し、射程ギリギリの距離で狙撃銃のスコープで狙いを定める。
《時限弾》の引金を二発ほど引くと、銃弾は巣に命中し、雀蜂モドキ数十匹が巣から出て来て、その周囲を飛び回る。
巣の大きさに比較すれば、二発の銃弾の衝撃などそれこそ微々たるもの。それにもかかわらず、数十匹のお出迎えだ。仮に、近くで通常の銃弾を撃ち、巣を破壊しようものなら、取り囲まれて蜂の餌にでもなっていた。
距離を取り、長押しすると、起爆し、半径百数十メートルの範囲で超高熱の熱源体が生じ、奴らの巣を飲み込み一瞬にして蒸発してしまう。
同時に、レベル上昇の独特の懈怠感。巣を一網打尽にしたんだ。あの調子なら巣にいた雀蜂モドキだけで千は超えそうだし、それもそうか。
さて、レベル上昇における自己分析だが、俺の権能は生産・補助系が多く、一々レベルが上がる度に精査していては効率が悪い。毎回確認するのはステータスと【エア】だけにして、今後権能は、新たに取得したものが無い限り、地球の自宅に戻ったときにでもまとめて確認することにする。
早速、ステータスだが、レベルは9にまで上がり、次レベルへ至る条件は『レベル9以上の植物又は獣系の魔物を新たに四〇〇匹討伐』となる。
【エア】については、変化はなく、新規に取得した権能もないが、そう頻繁に劇的な変化など示すとは俺も思っちゃいない。
それから、二本の牙の生えた牛の大群を倒しつつ先を進むと、武帝高校校舎くらいの白色の建造物が見える。
これが《魔の森》第一の試練の神殿だろう。高い四方を囲む白色の石造りの城壁により、中の様子は伺い知ることはできず、その正面には絢爛な装飾のなされた大きな扉がある。
扉近づくときしむ音を上げながら自然に開く。
城壁の中は、広場となっており、脇には幾つもの白色の支柱が立ち並び、一定値に設けられた松明と相まって神秘的な雰囲気を醸し出している。確かに、この景色はゲームや映画に出てくる神殿と称するに相応しい。
広場の中央には、魔法陣が描かれており、その中心に俺の腰の高さほどの半径一〇センチの黒色の円柱が突き出ている。
広場の先には長い階段があり、その最奥に四~五メートルにもなる扉が開いていた。
第一試練はすでにアンドリュー・ルクレツィアにより攻略済み。とすると、あの黒色円柱はあの奥の扉を開くために用いられたんだろう。
円柱に近づくとその上面には魔法陣の刻印が青く点滅している。おそらくだが、ここにこんなふうに右手を掲げると試練が始まる。そんな仕組みだったんじゃないかと思う。
何の気なしに右手の掌を円柱上面に置くが、やはりうんともすんともいわない。
第二試練は敵の強さが別次元と化すらしいが、その分レベルも上がり易くなるはずだ。さっさと、先に進もう。
扉に向けて歩き出そうと視線を階段の上の扉に向けるが――。
「う、嘘だろ!」
扉はすでに閉まりかけていた。床を蹴り、階段を駆け上がるが、目と鼻の先で扉は完全に閉まってしまう。
直後、広場の中央上空から降ってくる感情が皆無の機械音。
『挑戦者を《憤怒の王》と確認。コード、005――《憤怒》以外の覇王とその眷属の侵入を排除し、ダンジョン全体を適正モードに組み替えます』
声のする広場を視認すべく振り返り、広場に展開されている惨状を目にし、
「おい、おい、おい、おい――」
声が震えるのを抑えられない。
このダンジョンを作った奴は、頭の配線が焼き切れている。そう思っていたが、少し違ったようだ。配線などという御大層なものは、存在しない。あるのはとびっきりの狂気のみ。
それは巨大な大樹。この程度なら、『ジャイアントドリアード』で体験済みだし、むしろ当該ダンジョンなら通常運行といえる。
悪夢は、あの今も枝から落下し、生まれ出でている無数の果実にある。
枝先についた無数の果実。落下した果実は地面に衝突すると、割れて中から次々に化け物が這い出してくる。
化け物は、トナカイのような角に、血のように真っ赤な一つ目、鋭い牙をもつ大口。
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《終末の木》
〇説明:世界の終末にのみ芽吹くとされる伝説の樹木。レベル9の《終末の木の実》を産み落とす。
〇能力変動値:
・筋力50/100
・耐久力:50/100
・器用:50/100
・俊敏性:50/100
・魔力:50/100
〇Lⅴ:11
〇種族:魔植
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今や広間を埋め尽くしているレベル9のトナカイモドキでも即死もんなのに、あのレベル11、俺より各上だ。しかも、奴のあの広間中をウネウネと動き回っている鋭利な牙を持つ枝先はヤバイ。
俺には四日間を過ぎるまでロードはできない。一度でも死ねば、それっきり。俺という存在はこの世から消滅する。
レベル的にはこの化け物は、今の俺より強い。順当に考えれば、俺は虫けらのように殺される。濃密なまでの死の匂いが俺の嗅覚を刺激し、あの独特の感覚が襲う。
――まただ。
本来、生じるはずの己の死への恐怖や不安、焦燥が、一種類の感情の濁流により、押し流される。
「くはっ……」
気が付くと口から笑みが漏れ出ていた。
暴虐なマグマのような感情が、俺の精神と魂をグツグツと際限なく熱していく。
「お前ら、全て――」
笑うのを止め、エアのグリップを握り締め、
「殺してやる――」
そう宣言した。
大気を切り裂く風切音。終末の木の無数の触手が四方八方から殺意の風に乗って夜空を疾駆する。
本能があの枝先の牙に対してけたたましい警鐘を鳴らす。噛みつかれば動きが止まり俺は死亡する。
後方へ数回跳躍し、枝の触手から逃れるも、代わりに冗談にもならない数のトナカイモドキ共が襲いかかってくる。
前方から飛びかかってくるトナカイモドキの頭部を【エア】で穿ち、胴体を破裂させて一撃で絶命させる。
ナイフ形態の《絶刀》を左前方から迫るトナカイモドキの頭蓋に突き立て一八〇度捻じりあげると、グシャグシャに顔が潰れ、絶叫を上げる暇もなく床に臥す。
背後から迫るトナカイモドキは、振り返りもせず、その濃密な殺気の塊に【エア】の銃口を向けて放つ。
同時に、上空に跳躍すると、一歩遅れて俺がいた場所に殺到するトナカイモドキ。
地上のトナカイモドキ数匹を【エア】で粉微塵に破壊するが、『終末の木』の触手が俺に尋常でない速さで迫るのが視界に入る。踏ん張りの利かない空中で上半身だけを利用して、駒のように回転することにより触手を避け、地上へ落下すると同時に、トナカイモドキの頭部に踵落としをぶちかます。メキョッとトナカイモドキの頭部がアルミ缶を踏みつぶしように押しつぶされ、地面に地響きを上げながら倒れこむ。
鈍い痛みが右肩に生じる。あの触手にほんの少し掠っただけ。それだけで、肩口の肉が抉れていた。動きに支障はないが、評価を一部修正する必要性があり。
――触手に噛みつかれたら敗北するのではなく、触れたらアウト。
全くもってふざけた性能差だが、そうじゃなくては面白くない。
――ようこそ、俺の命を狙う怨敵諸君。初めまして、そしてさようなら。この相良悠真が必ず根絶やしにしてやりましょう。
俺は、『終末の木』の枝を避け続け、トナカイモドキを殺し続けた。そのうち、『終末の木』がどういう存在かわかってくる。
少し踏み込むと、尋常ではない数の枝の触手による急襲。さらに、この触手一瞬で俺などひき肉にする牙と、凄まじい俊敏性を有する。対して、離れればトナカイモドキの総攻撃。一見、隙などない鉄壁の布陣といえる。
とはいえ、付け入る隙は存在する。即ち、『終末の木』の枝の触手と一定距離内を保ってさえいれば、稼働し得る触手は著しく制限され、致命傷や行動不能は避けられること。
故に、俺は奴本体と最大限距離を採り、触手の攻撃を躱すことに重点を置き、殺到するトナカイモドキとメインで戦っていた。
数えるも馬鹿馬鹿しいトナカイモドキを倒したとき、俺のレベルは10まで上がり、左手の《絶刀》でも奴を楽々殺せるようになる。
それから、左手の《絶刀》で群がるトナカイモドキを殺しながら、遠距離から【エア】の狙撃銃で《時限弾》を放ち続ける。
《時限弾》でひたすら爆破し続け、丁度MPがすっからかんになったとき、『終末の木』の最後の根が消滅する。
怨敵を殺し尽したことに対するとびっきりの歓喜が全身を駆け巡り、天に咆哮を上げつつも、俺の意識は混濁した闇の中へ沈んでいく。
「またかよ……」
俺、戦闘ジャンキーの素養でもあるんだろうか? 自分の事ながらうんざりする。まあ、一応俺のバーサクモードの対象はまだ人間に対しては向いていないようだから、気に病むこともないだろうが。
頭を降って起き上がると、視界いっぱいに広がるテロップ。
『《終末の木》消滅――第一試練クリア確認。《憤怒の王》の魂とダンジョンのリンクを開始。
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――――――――――リンク完了。
以降、権能の一部の機能を開放させます。
――《転移》解放。《覇者の扉》の使用ツールを、その一部を除き全眷属が利用可能となりました。
――《魔物使役》が《魔物改良》へと進化いたしました』
権能が進化したってことか。一応確認してみる。
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『魔物改良(Lⅴ4)』
〇説明:魔物を使役し、融合させる。
■使役条件:
・同種の魔物を二〇〇匹以上討伐したこと。
・自身のレベル以下のものであること。ただし、特殊な条件で獲得した魔物は除く。
・対象となる魔物に右手を触れること。
・使役できるのは八匹まで。
〇魔物小屋(Lv4):使役した魔物を最大八匹まで住まわせることができる。
入屋で魔物小屋に収納し、解放で小屋から出す。ただし、解放できるのは、一匹につき一日一度のみ。
■解除:魔物との使役関係を解消する。
■魔物融合:二種類の魔物を融合させ、新たな魔物を生成する。ただし、融合で作成される魔物は、権能を持つ者のレベルを超えることはできない。
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要するに、魔物を最大八匹まで使役することができるようになった。さらに、魔物を融合できるというおまけ付き。かなり使える権能になった。
ここまではいい。問題は次の《転移》だ。
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『転移』
〇説明:眷属も《覇者の扉》を顕現し、転移が可能となる。ただし、各眷属は顕現・転移以外の【覇者の扉】に対する一切の介入はできない。
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要するに覇者の扉を呼びだし、通行することは可能だが、地点を記録したりすることは不可能。仮にも一切の介入はできないとあるのだ。おそらく、鑑定すらも不可能なのだろう。
それにしても、これセシル達も地球に転移できるってことだよな。まずいんじゃないか? 好奇心の強いアイラあたりが地球へ転移したら大騒ぎとなる。耳としっぽの生えた不思議生物など地球に存在しないし。
対策を練るのは後だ。さらにテロップを読み進める。
『第一試練攻略の恩恵により、《憤怒の覇王》のレベルは10から11へ』
試練攻略の結果、レベルが1上がった。あんな死ぬ思いしてレベルの上昇が一だけかよ。しけてやがる。
『第一試練のボス――『終末の木』が魔物小屋に入屋しました』
は? 『終末の木』? いや、いや、あんな化け物樹木いらねぇから。第一、あんなのどこで召喚するってんだよ。仮に東京のど真ん中で召喚したら、危害ないとはいえ、阿鼻叫喚だろうな……。まっ、徳之助あたりに見せてその反応を試すのも面白いかもしれんが……。
最後の一文が――。
『宝物――《覇魔の卵》解放』
宝物か。おそらく、あの魔法陣の中心に置いてある豪奢な装飾のなされた箱だろう。
近づいて宝箱を開けると、中から緑色の模様の入った卵が出てきた。
手に取り、鑑定してみようとするか失敗する。鑑定できないというのは初めての経験だ。原因は色々考えられるが、全て推測の域を出ない。
今は《アイテムボックス》にでも放り込んでおくことにしよう。
まさか、この《滅びの都》の第一試練をもう一度受けることになろうとは、夢にもおもわなかった。多分、『覇王』の称号の有するものだけに開かれた裏のボーナスステージのようなものだろう。この称号、俺が想像している以上にとんでもないものなのかもしれない。
兎も角、まだ、地球時間で一〇時半にすぎず、あと最低でも一レベルは上げたい。
都合よく、第二試練《砂の迷宮》へと続く階段の先の扉は空いている。進もう。
俺は扉の先へと歩き出す。
第二試練――《砂の迷宮》を一言で表現すれば、砂漠。
地平線まで砂と岩しかない。そんな場所。
レベルを確認すると、レベル11。次のレベルに至る条件は、レベル11以上の鳥系の魔物を新たに四〇〇匹討伐。
一応、【エア】の狙撃銃のスコープで確認すると、地上をのっし、のっしと二本足で闊歩している三階建ての俺の自宅ほどもある大型生物が見える。外見は、Tレックスのエリマキトカゲ版。そんな印象だろうか。
さらに、上空には、炎を纏った鳩のような形の生物が群生で滑空していた。
鑑定してみると、エリマキのついた恐竜が『メガレックス』、鳩のような生物が『フレイムバード』で、共にレベル11。
《魔の森深域》の最後の魔物のレベル8。それが第二試練にきて11に跳ね上がった。この現象は、ほぼ確実にあの《終末の木》の存在を前提としている。テロップでは、『ダンジョン全体を適正モードに組み換える』とアナウンスされていたが、まさか本当にダンジョン全体を俺使用に変貌させたってのか? 《覇王》の称号ってチートすぎんだろ。
さて、では本日最後のレベル上げだ。
地上を徘徊している『メガレックス』をガン無視し、【エア】の狙撃銃の《時限弾》を『フレイムバード』の群生のど真ん中にいる一羽に撃ち込み、爆破。これをひたすら繰り返すと、ほどなく、レベル12となる。
さらに、『フレイムバード』に向けて跳躍し、右手を触れ、六羽ほど使役し、魔物小屋に入屋しておいた。
レベルが12になると、身体の気怠さに加え、凄まじい睡魔が忍び寄って来ていた。この身体の懈怠感は、今に始まったことではない。保健室から起きてからもずっとそうだった。肉体的には今日一日でレベルを1から12まで上げたに等しい。それはそうだろう。
この状態で無理に戦場へ足を運んで死亡など、心底馬鹿馬鹿しい。本来、今晩の目標はあくまでレベル11。レベル12まで上昇したことで御の字とすべきだ。
《地点記録弾》を撃ち込み、地球の自宅へ戻り、自室のベッドに横になると、ストンと俺の意識は失われる。




