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第71話 グスタフ開放作戦決行

 

 ピノアには三箇所の教会がある。

一つが、《華都》にある《華聖教会》、二つ目が《人民街》の北西に位置する《民聖教会》、そして、ピノアの街の中心であり、街で最も高い建物――《中央聖教会》である。

 ピノアの街の時の鐘を鳴らしているのは、《中央聖教会》であり、塔のように天に聳え立つ鐘からは立地上、ピノアの街の全てを一望できる。


 《中央聖教会》の鐘の屋根の上まで登り、狙撃銃(ライフル)を構える。

 《銃弾創造》の弾丸ではあるが、《特殊弾威力範囲制御》により、その威力を市販のよりもかなり抑えている。これならペンダントに命中しさえすれば、掠り傷程度にしか負うまい。

時間まであと三分ほど。

 スコープで目標となる宿を探すと直ぐに発見できた。

 おそらく、勝負は一度、失敗すれば、グスタフは魔物化する。それは絶対に駄目だ。俺の存在そのものがそんなふざけた現実の実現を全力で否定している。

 己の行動には常に責任が付き纏う。それが悪行であっても、善行であっても、その行為の結果は、必ず己に返ってくる。《フール》のように、仲間に裏切られ死亡したとしても、それは奴自身の選んだ行為の結果に過ぎない。因果応報。それが世の常という奴だ。

 しかし、グスタフは明確に違う。正気に戻ったときのグスタフの魂は薄汚れちゃいなかった。正体不明の魔道具により、狂わされていただけ。グスタフの一連の行為には責任を問うだけの意思が欠けていた。

そんな罪など微塵もないグスタフが死ぬ間際、ベムに『ありがとうよ、兄弟』と言ったんだ。仮に、何も状況を理解していないなら、あのときグスタフの言葉には違和感が残る。

 あの死の直前、グスタフは自身が狂っていたことを思い出したんじゃないのか。そして、そんな最低な屑野郎に成り下がっていた自分の傍に最後までいてくれたベムに感謝した。

 悔いる必要のない者に友の前で讒言させる。よりにもよって、俺はそんな最低最悪な演劇のメインキャストを前回演じてしまった。これほどの恥辱はない。

 この借りは必ず返す。グスタフにも、そしてこのクソッタレな状況を眺めて楽しんでやがる糞野郎にも!


 教会の一九の時を示す鐘が鳴る。

 一、二、三…。

 八、九、一〇……。

 一五、一六、一七……。


 一八の鐘が鳴るとき、宿から出てくるモヒカン頭のグスタフを視認した。次いで、ベムと黒髪の男も扉から姿を現す。

 スコープの倍率を上げて、グスタフの胸のペンダントの赤色の宝石に狙いを定める。

 これでグスタフ達の悪夢は終わりだ。

 引金(トリガー)を引く。空気を切り裂く風切り音を上げて、銃弾は空を疾駆し、紅の宝石に突き刺さり、木端微塵に破壊する。

 ベムから仮にグスタフが魔物化したら、一撃で楽にしてやってくれと頼まれている。

スコープで確認するも、グスタフは魔物化していない。胸部から血は出ているが、掠り傷に過ぎないようだ。

 ベムが意識を失ったグスタフに、俺が改良した『HP回復薬(ポーション)』を飲ませている。もう大丈夫だろう。

 ペンダントに操られていたとはいえ、失った信頼を取り戻すのは大変だろうが、グスタフにはベムという友がいる。心配する必要など皆無だ。

 俺はセレーネ宅へ向け、帰路につく。


                ◆

               ◆

               ◆


 『鋼の盾』のサブマスターのベム・ライクは、ユウマ・サガラの不思議な力で別次元のものと生まれ変わった『HP回復薬(ポーション)』と武具に視線を向ける。

 ピノアで販売されている『HP回復薬(ポーション)』は、世界でも屈指の功能があるが、それでも簡単な擦り傷程度を回復する効果があるに過ぎない。故に、冒険者は怪我が絶えない。現に、ベムの左腕には数日前、黒角狼に噛まれた大きな咬傷があった。だが、その傷も、ユウマの力により融合した『HP回復薬(ポーション)』を飲んだだけで、傷一つなくなってしまう。

 この『HP回復薬(ポーション)』が、ユウマが所持していたものだったならまだ現実味があった。しかし、これの元はベム達がピノアで購入した銅級の『HP回復薬(ポーション)』に過ぎない。ユウマはベム達の目の前で、その銅級の『HP回復薬(ポーション)』を融合させて、このいかれた『HP回復薬(ポーション)』を作ってしまう。

 さらに、この紅の剣――【炎剣】はベムの所持する長剣二本に、短剣二本を融合させて作ったもの。効果は切ったものを燃やし、炎の斬撃を飛ばせるというピノアの《東武》で販売されている魔法武具などとは比較にならない奇跡を内包していた。これを売るだけで天文学的な値段がつく。

 こんな奇跡を人間種に起こせるとは到底思えない。ユウマ・サガラ、まず間違いなく超常者(イモータル)だ。しかもかなり高位の。

 疑問なのは、超常者(イモータル)がグスタフを気にかけている理由。一度話した事があるが、超常者(イモータル)は基本人間種に興味などない。強い人間達も、奴らにとって、高性能な武具の価値を超えることはない。特にさほど強くもないグスタフを助けても、ユウマにとって意義など皆無のはずなのだ。

 考えられるのは、ベムが去り際に尋ねた際のユウマの返答の言葉――グスタフには借りがある――だ。

グスタフは本来、無駄に熱い奴だ。暑苦しくて敬遠はされることもあるが、変貌前はベムとは比較にならないほどの人望もあった。天下の超常者(イモータル)が、あれほど執着するのだ。変貌前にグスタフと関わりがあったとみるべきなんだろうが……。

 

 扉が三回規則正しく叩かれる。椅子から腰を上げ、扉を開くと黒髪の青年――『ノック』が恐ろしく厳粛した顔で立っていた。

 そうだ。まだ最悪な事態に陥ってはいない。確かに、この一か月、幾ばくかの信頼は失ったが、そんなもの今後の行動でいくらでも取り戻せる。仲間という最も大切な財産は失われてはいないのだから。



 ノックと共に、グスタフの部屋前でその名を呼ぶ。


「グスタフ、話がある。開けてくれ」

「ベムにノックか。何の用だ?」


 扉が僅かに開かれ、その隙間から不機嫌そうに顔を覗かせるグスタフ。

 以前ならベム達が尋ねると、強制的に部屋内に招かれ、酒でも振る舞われていたはず。

 親友だと口では言っておきながら、ユウマに言われるまで、グスタフを信じてやれなかった。その事実がベムにはひたすら悔しく、情けない。

 だが、嘆くのはあとだ。必ず、前の優しく、ひたすら熱血な此奴(こいつ)に戻して見せる。


 ベムは、右手の紅の鞘に入った剣を突き出す。

 

「これは、ある筋から預かって来た剣だ。依頼を受ければ譲ってもらえるように交渉してきた。どうする?」


 ベムの手から【炎剣】をひったくると、見分を始めるグスタフ。

 次第にその顔が狂喜に染まっていく。正気のグスタフなら、こんないかにも胡散臭い話など、依頼内容を聞きもせずに断っていただろう。

 だが、今の強欲の権化のようなグスタフなら、話は別だ。必ず食いつてくるはず。


「この剣の依頼人と話しがしたい」

「そう言うと思って、いつもの酒場で待たせている」

「案内しろ」


 欲望を隠しもせず、グスタフは部屋を出る。

 よし。これで、宿屋の外にグスタフを連れ出せば、ユウマが解放してれる。



 一階のフロントへ降りると、グスタフの足は止まっていた。

 もちろん、グスタフがベム達の意図に勘付いたわけではない。理由は、受付前の黒色の仮面をした全身黒ずくめの男にある。


「これは、『鋼の盾』の皆さん。お出かけですかな?」


 数週間前から『鋼の盾』の前に現れた魔法道具技師。

 黒一色という異様な出で立ちと、顔を覆った仮面。胡散臭いことこの上ないが、確かに腕は確かであり、購入した幾つかの防御結界系の魔法道具により、ベム達は命を数回助けられている。

 正直、グスタフの変容につきベムが今最も疑っているのがこの男だ。この女性とも男性ともとれる声色もその佇まいも、あまりに人間味がない。まるで、超常者(イモータル)達のように。


「これは旦那。少々、所要ができましたんで、一時間ほどお待ち抱けないでしょうかね?」


 この男が黒幕ならば、この場でグスタフが魔物化されることも十分あり得る事態だ。

妙にゆっくり流れる時間に爆発しそうな焦燥を覚えながらも、ベムは必死で平常を装う。


「構いませんよ。元々、私の来るのが早すぎただけですし」


 目もくらむような安堵感が身内に広がり、ため息が漏れそうになってしまう。


「感謝します。直ぐに用を済ませますんで」


 一度大きく、頭を下げると、グスタフは歩き出す。

 ベムとノックもグスタフの後に続くが、背後からため息が聞こえる。


「やれやれ、実験もここまででしょうかね」


 咄嗟に肩越しに振り返るも、黒服の姿は跡形もなく消失していた。

 人が一人消え去った。その事実に、全身の血が冷えわたって、動悸が高まる。足は自然に止まっていた。そこに――。


「おい、ベム、ノック、グズグズするな!」


 考えるも、怯えるのも全て終わった後だ。今は、一刻も早くグスタフを正気に戻さねばならないのだから。

 グスタフの後に続いて、宿屋の扉を開き外に出る。

 パンッという破裂音が響き、前方を歩いていたグスタフの身体が後方に吹き飛ばされる。


(やったか!)


 焦る気持ちを必死で抑えつけながら、グスタフに駆け寄り、確認するとクソッタレなペンダントは粉々に砕け散っていた。一応胸元に掠り傷はあるが、大したことはない。むしろ、先週ベムが受けた傷の方が遥かに重症だった。おそらく、真っ青な幽鬼のような顔は、ペンダントを破壊し、正気に戻った際の反動か何かだろう。

 案の定、『HP回復薬(ポーション)』を飲ませると、顔に赤みが差していく。

どうやら、作戦成功ってところだろう。

 

 さっきの黒服は確かに、『実験もここまで』、そう言った。彼奴(あいつ)があのペンダントの持ち主である可能性は極めて高い。とすれば、今後、あの黒服に口封じをされる危険性は零ではない。

 

「べ、ベムさん」


 不安に堪えないという目つきを向けてくるノックに大きく頷く。


「わかってる。俺はこのままグスタフを連れて冒険者組合に行き、事情を話す」

「お前は、宿にいるメンバーを連れて至急組合まで来い!」

「了解です」


 幽鬼のような顔のノックの肩を叩く。


「任せろ。俺に考えがある」


 おそらく、あの黒ずくめは超常者(イモータル)。ならば、冒険者組合も、あてにはなるまい。人間の個人にすぎないベム達ではなおの事荷が重い。超常者(イモータル)の後ろ盾が必要なのだ。

 もっとも、ベム達『鋼の盾』など助けても超常者(イモータル)達に利などない。加護してくれるものなど、ベムには一柱(ひとり)くらいしか思いつかない。


(あの(ひと)なら、きっと――)


 グスタフを担ぐとベムは足り出す。




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