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第69話 夢妙庵への依頼


 作戦といっても、非常に単純で力押しの方法。ベム達が今晩の一九の時にグスタフを夕食に誘い宿から出る。出てきたところを俺が遠距離からペンダントを撃ち抜く。その後、ベム達が『HP回復薬(ポーション)』を飲ませる。ちなみに、これは、ベム達の所持する『HP回復薬(ポーション)』を俺が上級まで改良したものだ。。

 一番説明に苦労しそうだった遠距離からの攻撃手段の説明は、半信半疑ながらもすんなり受け入れてくれた。多分、俺が上級の『HP回復薬(ポーション)』と武具の改良を目の前で実演してみせたからだと思われる。


 もうじき、ケントとマリアを迎えに行く時間だ。


【覇者の扉】を顕現させ、地球へ帰還し、ケントとマリアが遊ぶ公園に行く。

 ケント達を上手く説得し、前回同様、ミラノに電話をかけて迎えにきてもらった。

 気持ち的には直ぐにでもカリンの無事な姿を見たいのが本心だが、屋敷にケント達を送っていくことが、刺激となって二週目の様に俺が狙われる危険性も否定できない。三週目と大幅に異なる行動はしない方がいいのだ。



 自宅に戻り、『バーミリオン』に電話すると店長から直ぐに店までくるようと指示される。

 『バーミリオン』に到着すると、店長に無理やり車の後部座席に押し込められた。

 この三週目までとの違いにつき、考えられるのは、やはり六花だろう。去り際のあの表情、何か行動に出るとは思っていたが、よりにもよって店長に話たのか。

 

 車は塀で囲まれた一際大きな敷地の門を通る。奥の巨大な車庫に車を止め、車から出ると店長はスタスタと歩き出す。今更、帰るわけにもいくまい。ついていくしかない。

 四階建ての洋館に入る。屋敷の中には、無数の人間が俺を遠巻きに眺めていた。

 この叩きつけられる殺気からも、微塵も歓迎はされていないようだ。


 店長は二階へ上り、階段正面の三メートルを優に超す扉を開け、その中に入る。

部屋は小さなイベント会場のような場所。

 ブラウン色の絨毯が床に敷き詰められ、中央には細長いテーブル。天井につるされたシャンデリアが煌々と灯を放っている。

 そして、この部屋でくつろいでいる連中、その纏う雰囲気も威圧感も明らかに部屋の外の兵隊とは格が違う。幹部連中って奴だろうか。


(あね)さん、そいつ誰?」


 黒の皮のズボンに白のTシャツを着たツーブロックの髪型の男が店長に尋ねてくる。


夜雀(よすずめ)は?」


 店長は男の質問に答えもせず、ドカッと椅子に座り、逆に質問を返す。


「今、お茶入れてるぜ」

「そうか」


 店長は、普段の甘ったるい声が鳴りを潜め、冷たい素の声になっている。

 確かに店長の外見は絶世の美女だが、その本性を知るせいか、普段の甘い声は俺にとって屈強な男が無理に女性語を使っているような強烈な違和感がある。むしろ、この声色の方がしっくりくるといえよう。 まっ、本音を語れば一瞬でひき肉だろうが。


 待つこと数分、カップの乗ったトレイを片手に器用に扉を開けて部屋に入ってくる愛玩生物。


「朝比奈先輩?」

「さ、相良君っ!?」


 素っ頓狂な声を上げると、朝比奈先輩は右手持ったトレイを床にぶちまけ、つかつかと俺に歩み寄ると、俺の上着を掴み、


「どうしてここにいるんだよ?」


 心配に耐えない顔で、そんな俺にもわからない疑問を投げかけてきた。

 一瞬で、今まで漠然としていた部屋中の敵意が俺に集中する。

 特に――。


「おい、クソガキ、夜雀(よすずめ)から離れろ」


 据わった目で、俺に銃口を突き付けてくるツーブロック髪の男。銃を持ってるってことは、こいつらサーチャーなのだろうか。

 そして、夜雀(よすずめ)は朝比奈先輩のことか? というより、なぜここで先輩がでてくる?


狗神(いぬがみ)、そいつは、今回の依頼主だ。銃を下ろせ」


 店長の言葉に、狗神(いぬがみ)は舌打ちをすると、一応銃を下ろす。まあ、依然として微塵も警戒を解かず、俺から一定の距離を保っているわけだが。

 それにしても、依頼主ね。


「店長、面白がってないで、説明してくださいよ。状況についていけません」


 今わかってしまったのは、無関係と思っていた店長と朝比奈先輩が俺達、探索者の血と屍が散乱する世界に足を突っ込んでしまっていること。


「相良、お前の予知とやらを説明しろ」


 六花の奴、店長にそこまで話したのか。

 さて、どうするか。これ以上、情報を拡散するのは本意ではない。というより、俺に敵意のある奴らに教えるなど、爆弾担いで地雷原を走り回るに等しい行為だ。

 しかし、高確率でこの度、六花が店長にほとんど話してしまっている。隠すのは非常に困難であり、その意義にも乏しい。いや、店長の信頼を損なうという点では弊害しか残らない。 

ならば――。


「この場の俺の発言、秘匿してもらえるんですか?」


 これが俺の最低限の条件だ。情報が洩れれば俺は死ぬ。いや、俺だけじゃない。待つのはカリンや徳之助達の死。


「無論だ。こいつらは全員、探索者。依頼人の言葉はどんなことでも他者に漏らさない。仮に漏らしたら、私が責任をもって――」


 店長は周囲をグルリと一瞥すると、


「――殺してやる」


 冷えきた声でそう宣言した。

 店長の宣言で、部屋の空気が数度下がったような気がした。

ゴクリと誰かの喉が鳴る音がする。


「最後に、この中に奴らのエスがいる可能性は?」

「零だ。数日ごとに、エスについては確認している。私に偽りは通用しない。それはお前も知っているだろ?」


 そうだ。半蔵さんと同様、店長には他者の嘘を見抜く不思議な力がある。明美が懲りずに仕事の失敗を誤魔化してよく拳骨を頭頂部に受けていた。

 人間観察か何かと思っていたが、この断言の仕方なら、スキルか何かなのかもしれん。偽りを見抜く力か……本来レアな能力なはずなのに、俺の周囲にはこの手の力を持つ奴がチラホラいる。しかも、それに気づいたのも、このロードの能力に目覚めてから。何か因果関係でもあるんだろうか。

 兎も角、そこまでお膳立てが済んでいるなら、話すしかあるまい。もう賽は投げられたんだ。

 ポケットからスマホを取り出すと、机の上に出し、俺は話し始める。繰り返された四日間の俺の死と絶望の体験を。


                ◆

               ◆

               ◆


 俺の話が終わっても、部屋内の奴らはヘラヘラ笑っているだけで、信じた様子など皆無だ。第一、スマホの画像すら見もしない。

 それもそうだろう。元より、徳之助達のように初対面の俺の言葉を容易に信じる方がどうかしているのだ。

 捜査本部しか知らない情報を俺は持っていたし、この度、堂島に俺の記憶を念写させるという裏技を用いたのも確かだ。しかし、それも誤魔化しが絶対に不可能という類のものでは本来ない。おそらく、徳之助達が俺の言葉を信じたのは、捜査に行き詰まり、予知のような不確かなものにも縋らざるを得なかったから。


「世間をにぎわす『一三事件』に始まり、捜査本部内と志摩家内の陰謀論。さらに、警視庁のA、Bランクのサーチャーが賊の一人に全滅。ようやく、その賊を倒すが、そいつ以上の化け物が四体現れ、さらにボスキャラもおまけについてくる。

 三流ラノベ作家でももっとましなシナリオ書くぞ?」 


 狗神の言葉に、部屋中から嘲笑が漏れる。

 同感だな。俺の立場でも多分狗神と同じような感想を持つぜ。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもんだ。


「そうかよ。じゃあ、決裂だよな。俺は帰らせてもらう」


 端から信じてもらおうなどと思っちゃいない。奴らが俺を信じようとしない以上、これ以上の会話は時間の無駄だ。

 店長に向き直り、頭を軽く下げる。


「店長、そんなわけで俺には混みあった事情があるんで、今日、バイト休ませていただきます。明日から四日間の新人の指導も他のスタッフに回してください」


 扉に向かって歩き出すが――。


「何度も同じことを私に言わせるな。私に偽りは通用しない。それは相良であっても例外ではない」


 部屋中が色めき立つ。冗談半分の俺達武帝高校の教室に類似した雰囲気から、一気に緊迫した戦場のそれに変わっていく。


「それは俺の言葉を信じてくれる。そういうことですか?」

 

 振り返り、店長にその真意を尋ねる。


「無論全部ではない。お前のいう予知能力とやら、それは出鱈目だ」

「そらみろ、そいつは――」


 狗神が席から立ち上がり、俺に指を突き付けてくるが――。


「だが、それ以外は全て真実であり、一切嘘はついていない。理屈は不明だが、少なくとも、そこの画像を含めて相良は真実と考えている」


 店長の言葉に再度、部屋内は鳥カゴみたいにざわつく

 しかし今度の騒めきは先刻とは比較にならにものだった。俺のスマホを手にとり、情報を確認し始める。


「人間のキメラ化に、この殺し方。これが真実なら、こいつら心底いかれてやがる……」

 

 金髪サングラスの男の絞り出すような言葉に、皆無言の同意を示す。


「相良、お前個人はそいつらの強さをどれほどとみているんだ?」


 店長のこの声色からも、返答の拒絶の意思決定は俺に与えられていまい。

 それに、奴らの危険性を知らなければ、不用意に本事件に踏み込み過ぎて死にかねない。そうなれば、店長の信頼を失うことになるし、後味も悪い。

 首を突っ込むにしても、手を引くにしても、奴らの危険性を認識してもらわねば、俺も困る。


「最も弱いと目される賊の一人の推定レベルが8。頭を吹き飛ばしても生きてるほどのふざけた回復力に、奴の発動した能力により、レベル4の化け物数十匹が『府道公園』に溢れかえりました」


 絶句、これほど適切な表現もないだろう。驚愕を顔に漲らせながら、一同、完全に凍り付いてしまった。

 唯一、店長だけが腕を組み、俺に射抜くような視線を向けてくる。


「相良、お前レベルのことをどこで知った? いや、そもそもなぜそいつがレベル8と推測できる?」


 嘘は答えられないが、ごまかしはできる。


「自身のステータスを確認する能力を最近獲得したからです。レベルの概念はその時知りました。俺がその賊の一人をレベル8と推測したのは、単なる勘です。もしかしたら違うかもしれません」


 嘘ではない。俺は厨二病悪魔がレベル8であるかは知らないから。


「一番弱いというとその他の奴らは?」


 店長の声には強い怒気が含まれていた。店長かなり怒ってるな。俺が偽りを述べていないのはわかっているはずなんだが。


「その頭潰されて磔になっているデカい女は、SSクラスのサーチャーでレベル9以上。賊の他の四人は、少なくともそれ以上とみていいです」


 部屋中の意思が一つに統一されていくのが雰囲気でわかる。俺にはもう結論を聞かなくてもわかる。


(あね)さん、これはシーカーが対処すべき事件だ。マスターが不在である以上、依頼は断るべきだぜ」


 狗神(いぬがみ)の言葉に、次々に賛同の意を示す一同。

 本件は世界でも有数の力を有する日本の警視庁の特殊部隊を全滅させるような勢力。もとより、民間ギルドへの依頼の線は外していた。振り出しに戻っただけ。


「店長、話がまとまったようですので、俺はこれで失礼させていただきます」


 一礼して今度こそ立ち去ろうとするが、


「私が受けるんだよ!」


 六花とは別の厄介なお子様に右腕を掴まれる。


「ざけんな、お前、戦闘力は大したことねぇだろう! 役不足もいいところだ!」


 狗神いぬがみが、凄まじい剣幕で朝日奈先輩に食ってかかる。こいつ、よほど先輩が大事らしいな。だが、俺も今回は狗神(いぬがみ)の意見に同感だ。


「先輩、俺も反対だ」

「受けるんだよ!」


 拳を強く握り締め主張する朝比奈先輩の姿からも、持ち前の強情さが首をもたげてしまっている。今の先輩を翻意させるのは、店長でも難しかろう。まったく、六花といい先輩といい、俺が知る幼女はどうしてこうも頑固なんだ。


「私、このギルド抜けても受けるんだよ!」

「くそっ!」


 案の定、説得が無駄と分かると――


(あね)さん、あんたがこのギルドの臨時マスターだ。こんな無謀な依頼、断るよな!?」


 店長に助け船を求める狗神いぬがみ


「相良、依頼の内容は?」

「はあ? あんた夜雀(よすずめ)を見殺しにする気か?」


 狗神いぬがみの敵意が店長にも向く。


「私達は探索者だぞ。しかも、この度の依頼は武帝高校教師からの紹介でもある。依頼の内容を確認もせず、できませんなどと言えるか」


 話の流れからも、俺の意見はどちらかといえば狗神いぬがみに近い。断ってもらった方が助かるんだが……。


「店長、俺も――」

「依頼内容を言え」


 この人の性格からして、言わねば部屋を退出できまい。ホント、この暴君ぶりだけは何とかして欲しいものだ。


「俺が依頼したいのは、その画像にある奴らのアジトの特定、志摩家の重鎮が志摩花梨を狙う理由とその人物特定、『一三事件』の容疑者の捜査本部と志摩家内のスパイの特定。それらの情報の収集です。

 その証拠により、探索者協議会による一斉駆逐を作戦の最終目標としていますから、戦闘は極力して欲しくはありません」

「警視庁は内部のスパイのせいで大っぴらには動けず、証拠の提出ができない。そういうことだな?」

「はい」


 実際にはもう一つ、奴らを公の舞台に引きずり出す必要があるが、そこまで話す必要はなかろう。兎も角、俺のこの返答に偽りはない。

 気のせいか、爆発寸前の爆弾のような店長の姿がなりを潜め、この部屋に入った飄々としたものに変わっている。


「それなら私もできるんだよ」


 朝比奈先輩が、喜色満面で再度俺を見上げて来る。


「駄目だ」

「駄目に決まってんだろ!」


 俺と狗神(いぬがみ)の言葉が見事にハモリ、周囲から場違いな笑い声が漏れる。

 ここにきて狗神(いぬがみ)の俺に対する嫌悪は一層強まったが、あれほどあった敵意だけは驚くほどあっさり消失していた。

 

「相良、狗神(いぬがみ)、諦めろ。夜雀(よすずめ)がこうなっては、変心は無理だ」

「しかし、ですね――」

 

 俺達の反論を被せるように、店長は大きく息を吸い込み、


「我ら《夢妙庵(むみょうあん)》は相良悠真の依頼を受ける」


 大声で宣言を開始する。


「依頼内容は情報収取、担当は夜雀(よすずめ)。お前に任せる」

「はいなんだよ!」

「ふざけんな――!」


 元気よく立ち上がり右手を上げる朝比奈先輩と、反論を口にした狗神(いぬがみ)。彼らを一瞥もせず、店長は話を続ける。


「ただし、夜雀(よすずめ)は、このギルドハウスの分室Aでのみ作業を行うこと。その際には、狗神(いぬがみ)のチームが護衛につく。チームリーダーの狗神(いぬがみ)が不在のときの作業は一切禁止する。これでどうだ?」


 舌打ちすると、椅子に腰を下ろす狗神(いぬがみ)

 分室Aは、情報隠蔽のシステムでも標準配備されてでもいるだろう。さらに、狗神(いぬがみ)を初めとする奴らが護衛に着けば、万が一にも危険がいない。そんなところか。

 奴らが危惧しているのは、朝比奈先輩に危険が及ぶことだけ。それさえ防げれば何でもいいはず。俺も情報が入り、万々歳ってところだ。


「ありがとうございます」

「それとな、明日から四日間、バイトは出ろ。お前の役目は情報の収集のはずだ。出られるよなぁ~?」


 参ったな。断れば、その能力により店長にばれる。店長のお節介さは、六花とどっこいどっこいだ。確実に徳之助達と俺は手を切らされる。そして、店長自身が代りに本事件に関与するとか言い出すだろう。これ以上、彼女達を危険に晒すのだけは絶対にダメだ。受けるしかない。


「わかりました」

「ところで、報酬はちゃんと貰えんだろうな? こんな危険な思いして、ただ働きは御免だぜ」


 狗神(いぬがみ)が顔を顰めながら、俺に尋ねてくる。


「もちろんだ。依頼料については後日担当者の方から店長に連絡してもらう。

あとは、内金だよな」


 店長に顔だけ向ける。


「店長、いらなくなった武具とかありますか?」


狗神(いぬがみ)達には、朝比奈先輩を守ってもらわねばならない。こいつらの強化は必須だ。


「あるぞ。多量にな。何に使うつもりだ?」

「持ってきてください」

 

 怪訝な顔をしつつも、部屋内の数人に指示する。

 パシられた奴らは、不満を口にしながらも部屋から出ていく。


 

 数分後、テーブルに山の様に積まれた武具。

 現在地球時間で一八時一五分。異世界アースガルズは四十分の遅れがある。従って、一九の時まで、一時間二五分。移動を考えても、十二分に時間はある。とっとと始めよう。


                ◆

               ◆

               ◆


 所詮、《改良》は、武器を合成させるだけの単純作業に過ぎない。約二〇分で武器は上級への全ての改良が終了した。

 当初興味本位で、眺めていた野次馬は次第に増え始め、屋敷中から人が集まってきてしまう。

 そして、たった今、武器の性能につき簡単な説明をしたところなのだが……。

 グルリと周囲を見渡すと、皆、微動だにせずに、魂が抜かれたようにポカーンと出来上がった武具を凝視していた。

 朝比奈先輩や、狗神(いぬがみ)は勿論、あの普段感情の起伏の乏しい店長でさえも、頬を盛大に引き攣らせていた。

 石化してしまった群衆に対し、口を開こうとすると――。


「オーパーツ……生成能力?」


 ボソッと女性の呟きが静かな部屋中に反響し、それらが波となり瞬く間の内に広がっていく。忽ち、静寂は喧騒へと様相を一変させた。


「相良、お前、確か武帝高校を退学(くび)になりそうなんじゃなかったのか?」

「ええ、成績上、今もその筈ですよ」


 それは間違いない。昼の臨時試験はあくまでボーナス点。来週の実習試験を欠席すれば確実に退学になる。


「マスター、あんた、生徒の評価方法、絶対に間違えてるよ」


 右手の掌で顔を覆うと、テーブルにもたれかかれながら店長は独りごちる。


「相良君、すごいんだよ!」


 目を輝かせ、すごい、すごいと連呼する朝比奈先輩。いつものように頭をなでて、落ち着けようとするが、背筋に強烈な悪寒が走ったのでやめておく。


「取り敢えず、この改良を依頼の内金にしてもらえませんか?」

「依頼の内金って……このオーパーツ、全部でいくらするのか、お前知ってるのか?」


 武具の山を見下ろしながら、心底呆れ果てたような声色で尋ねてくる店長。


「さあ……いくらなんです?」


 武器の値段など知りはしない。三週目で、徳之助が上級の武具を上質のオーパーツだとか言っていたが、たかが中古の武具を掛け合わせたものにそこまでの価値があるとは俺にはどうしても思えない。


「いや、変な事を聞いた。依頼の料金はこれだけでいい」

「少なからず命を賭けるんだし、そういうわけには――」


深いため息を吐くと、店長は手をヒラヒラさせる。


「お前、忙しいんじゃないのか?」


 困ったな。店長が、聞く耳持たないモードになった。まあ、実際に働く狗神(いぬがみ)達からも不自然なくらい文句一つない。なら別にいいか。


「それじゃ、俺はこれで」

「ああ」


 俺はいつもの様に一礼し、店長に背を向け扉に向けて歩き出す。


「相良」

「はい?」


 肩越しに振り返ると、店長が憂懼の籠った眼差しで俺を見つめていた。


「無茶だけはするなよ」

「はい」


 右拳を天に掲げると、俺は部屋を後にする。



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