第68話 グスタフ開放作戦
セレーネに案内されたのは、二階の一室。
家具等が一切置かれていないがらんどうの部屋の中心には白色のチョークのようなもので魔法陣が描かれている。
「俺から行く。どうすればいい」
「その魔法陣の中心に膝をついて座るのじゃ」
言われるままに床に両ひざをつき、長跪となる。
セレーナが俺の前に立ち、右手の掌を俺の額に当て、ブツブツと何やら詠唱を始める。
床に描かれた魔法陣から濁流のような眩い光が溢れ、部屋中を満たし始める。
光は俺とセレーネを包むように、球状の立体的な魔法陣を形成していく。
「コネクション!」
セレーナの叫びともに、身体の芯が僅かに発火し、末端へと広がっていく。
もっと、レベルの上昇のような反応を想像していた俺としては、若干期待外れなことは否めない。
次はセシルだな。口を開こうとするが、セレーナが俺に倒れ込んでくる
「セレーネ?」
声をかけても反応がない。両肩を掴み観察すると、見事に気絶していらっしゃる。
セレーネを抱き上げ、一階のソファーに寝かせる。
「セシル、俺は少々、用事がある。この残念銀髪ロリっ子が起きたらお前も契約をしてもらえ」
「はい。了解です。でも、ユウマさん、そんなこと言うと、またセレーネ様が怒りますよ」
それは、仕方ないな。紛れもない真実だし。右手を挙げると、セレーネ宅から移動する。
◆
◆
◆
俺は目的の人物を探すべく冒険者組合ピノア分館へ向かう。
分館前では、金色の短髪に、全身に傷跡がある男――ベムと筋骨隆々の黒髪の男が、神妙な顔で話し込んでいた。
「すいません、ベムさん。これ以上、マスターについていけません。ギルド、抜けさせてください」
深く頭を下げる黒髪の男。
「そう言うなって。きっと、あいつなりの理由が――」
ベムが諭すような口調で、黒髪の男の肩に手を置くが、
「新人をいたぶるどんな理由が!?」
怒気の籠った声ともに、その手は振り払われる。
「あの新人が辞めたいと言ったのは、お前が?」
「そうですよ。あのままじゃ彼奴、冒険者として再起不能となる」
「そうか……」
「勝手な事をした報復ならいつでも受けますよ。でも俺は自分が間違ってるとは絶対に思わない!」
ベムは瞼に深い哀愁を籠らせながら、暫し、黒髪の男を眺めていたが、口を開く。
「いや、それは本来俺の役目のはずだ。色々すまなかった。お前は冒険者としても優秀だ。他でも――」
「ギルド、辞める必要はねぇよ」
突然の俺という第三者の登場に、二人は暫し驚きの色を示していたが、黒髪の男が額に青筋を張らせながら、俺に掴みかかって来る。
「部外者が余計な口出すんじゃねぇ!」
俺の胸倉を掴む黒髪の男の右手首を握り、引き離すベム。
「ギルドを辞める必要がないとはどういうことだ?」
ベムが獣のようなギラギラした目で俺を射抜く。
「おかしくなったグスタフをもとに戻したい。ついてこい」
路地裏に親指を向け、歩き出すと、ベムはもちろん、黒髪の男もしかめっ面ではあるが大人しくついてきた。
この辺なら誰にも聞かれないだろう。振り返り、二人に向き直る。
「お前、俺達のマスターと――」
「率直に聞くぞ。最近、グスタフが変わったな?」
黒髪の男の言葉を遮り、疑問を叩きつける。
「ああ。丁度、一か月前から徐々にだ」
「それ、奴が今しているペンダントを拾ったのが切っ掛けじゃなかったか?
重要な事だ。よ~く思い出せ!」
ベムが顎に手を当てて瞼を閉じ、黒髪の男も神妙な顔で腕を組み上空を見上げる。
「そういえば――浅域で拾ったのも一か月前か……」
ボソリと黒髪の男が呟く。
「そうだ。グスタフの奴、あのペンダント、やけに気に入っていつも身に着けてやがった。少し見せてくれって言ったらすごい目で睨まれたよ」
「どうやら、思い当たる節があるようだな?」
ベムと黒髪の男の瞳から、俺に対する強烈な警戒が薄れている。今なら俺の話に聞く耳を持つだろう。
「俺の仲間も同じ目にあったからわかる。予想ではそのペンダント、人を魔物に変える呪いのアイテムだ。まずは精神から少しずつ汚染し、遂には全身が完全な魔物となる」
「なら、マスターから直ぐに取り上げれば――」
黒髪の男の言葉に、ベムが大きく首を振る。
「そんな単純なことなら、わざわざ、こんな一目のつかない場所までくる必要がない。そうだろ?」
「ああ」
「他人に知られたくはない話……俺達仕組まれたのか?」
「おそらくな」
「くそっ!」
ベムは、般若のような形相で、右拳を路地の壁に叩きつける。
「どういうことだ? 俺にもわかるように説明してくれ?」
黒髪の男が困惑気味にも俺に尋ねてくる。
「探索しつくされている浅域に、そんな凶悪なアイテム、そうそう落ちてると思うか?」
「まさか、誰かがわざと浅域に置いたと?」
「そうだ、俺の勘では、グスタフを取り押さえ、ペンダントを取り上げようとすれば、まず魔物化する。さらに、あのペンダントの罠を仕掛けた奴にばれても同様だ」
置かれている現状を理解してか、黒髪の男から一目見て判別がつくくらい急速に血の気が引いていく。
「魔物化して助かる可能性は?」
「まず助からん」
俺の断言にベムは瞼を閉じていたが、カッと目を見開き俺に頭を下げて来る。
「グスタフを助けたい。力を貸してくれ!」
「もとより、そのつもりだ。あんた達にも手伝ってもらうぞ」
二人は眉の辺りに激烈な決意の色を浮かべながらも、大きく頷く。
グスタフ、開放作戦の口火はこのとき切られる。