第66話 二度目の冒険者登録
俺が次に訪れたのは、冒険者組合分館だ。
分館の扉の前でキョロキョロと忙しなく周囲を眺めている少年の恰好をしたエルフの少女が見える。
俺は此奴が無抵抗に傷つくのを見過ごすつもりも、あんな悲痛な顔をさせるつもりもない。そのための方法も知っている。
だから――そこで少し待っていろ!
受付の業務遂行中であるエルフの受付嬢――シャーリーの前まで足を運ぶと、見事な営業スマイルを向けてくる。
「こんにちは。本日はどのような御用件でしょうか?」
俺はカウンターに一万ルピを置き、
「これで、冒険者の登録を頼む」
力強く言葉を吐き出す。
その後、黒箱に手を突っ込み、カード作成中、シャーリーからお決まりの冒険者についての業務説明を受ける。
チーンとベルが鳴り、カードを手に取ろうとするシャーリーの行動を一時阻止する。
「少々、聞きたいんだが、冒険者のレベル等の個人情報を組合は把握しているのか?」
「はい。冒険者の登録時とランクアップ時のみ、氏名等の人物特定情報とレベルのみ組合の方で書き留めさせていただいております」
やはりか。シャーリーは三週目のグスタフの一件で、冒険者のレベルを漠然とであるが、把握している口ぶりだった。受付嬢はシャーリーだけではない。記録でもしてなければ、一職員が各冒険者のレベル情報を知ることは考えられない。
「登録した情報が超常者に知られるってことはあるのか?」
正直、彼奴らに付き纏われるのも鬱陶しいし、新たな揉め事が舞い込む匂いがする。
「どこでその言葉を?」
シャーリーは営業スマイルのままだったが、目は全く笑っちゃいなかった。
「いや、道端で普通に冒険者が話してたぞ」
もちろん、でまかせだが、冒険者組合前で俺の勧誘を行うくらいだ。周知の事実だと思うのだが。案の定、シャーリーも合点がいったのか、数回頷いている。
「今は疑問に覚えることが多いと思いますが、当該事項は組合の規則で一定レベル又は一定ランクの冒険者でなければ、委細を教えてはならない取り決めとなっております。
もちろん、話しても厳重注意程度しか冒険者にペナルティーはないので、ユウマさんのように耳にすることも多いわけですが」
そういう問題か? 三週目に、武帝高校の入試終了直後、校門前の不動産業者のレベルで公然と勧誘されたぞ。
「それで、超常者共に俺の個人情報、知られんのか?」
「ユウマさんは、冒険者の登録が初めてとなりますので、レベルが一定以上なら、超常者様方に報告されることになります」
ああ、多分報告決定だろうな。今回は、スカウティングもされてないし、レベルだけで、勧誘はされないと信じたいところだが、俺の希望的観測は大抵裏切られる。
「了解した。シャーリー、それ見ても騒ぐなよ」
俺の忠告に、ピクリッと眉を動かし、
「私も不肖ながら、組合の職務に従事する身、ご心配には及びません」
冷ややかな笑みを浮かべるシャーリー。どうやら、俺の忠告に受付嬢としてのプライドを傷つけられたらしい。こいつも、面倒な性格してやがる。
「そうかよ。なら、俺も急いでいる。とっとと確認してくれ」
「それでは――」
シャーリーは、カードに手を伸ばし、表を確認し、次いで裏を見る。
「……」
無言の笑みのままフリーズするのは前回と同じだが、この度は全身から滝のような汗が流れ始める。さらに、カードを握る右手を小刻みに震え始め、次第に大きくなる。傍から見ていると軽いコントだが、ヤバイな、俺の危惧は見事に的中したらしい。
「レ、レ、レ――」
はい。もう諦めました。勝手にしてくださいな。
「レベル8っ~~~!!!」
フロア全体に響き渡る割れ鐘をつくような大音声!
叫び続けるシャーリーに、フロア内の職員達、冒険者達の視線が一斉に集中する。
「お前な……組合の職務に従事する身だから、心配いらなかったんじゃなかったのか?」
「申し訳ありません~」
俺の呆れのたっぷり含有した言葉に、シュンとなって項垂れるシャーリー。
受け取ったカードを確認すると、レベル8。能力変動値は全てMaxだった。あのラヴァーズとかいう外道を殺したからだと思う。
「すまないと思うなら、超常者共に俺の情報を知らせないで欲しいんだが?」
「それはできません。規則ですから」
一転して、ピシャリと拒絶の言葉を吐くシャーリー。たくましい奴。
兎も角、超常者共への対応については、方針を若干変える必要があるな。
「わかった。それなら、次の要件だ。俺は運搬人を探している。あのエルフを雇いたい。取り次いでくれ」
シャーリーの頬が一目で判別できるほど壮絶に緩む。わかりやすすぎんぞ。
「セシルですね。直ぐに、取り次がせていただきます。
あの子が依頼を受けるか否かの判断となりますので、もしよければ、セシルを運搬人に選んだ理由を教えていただけませんか?」
セシルを雇いたい理由か。
一応の理由としては、《滅びの都》の攻略に若干陰りが見えて来たから。ダンジョンの出鱈目具合に加え、危機に瀕した際の俺の強制的バーサク状態。これでは命がいくらあっても足りない。俺の精神のストッパー役が是非とも必要だ。また、いくらレベルが高くても、仲間を直ぐに裏切るような奴らと組む気もない。
その点、セシルがいれば俺も早々無茶はしないだろうし、信頼性という観点からも申し分がない。
「信頼できるからだよ」
俺の言葉に、シャーリーはいっそう笑顔を深くする。
「それだけですか?」
もちろん違う。それだけなら条件を満たし、より適正の高い冒険者はいるはずだ。
多分俺はセシルのヒュアに会いたいという、その想いに異常なほどシンパシーを感じてしまってる。セシルの願いを叶えてやりたくなってしまっている。
だって、そうだろう? 俺もこの世で最も大切な奴に、真の意味でずっと会えずにいるんだから。
「他にもあるが、あんたに、教える意義を俺は認めない」
「そうですか」
俺の拒絶の言葉にも、満足げに頷くと、セシルを手招きするシャーリー。
こうして、俺とセシルは二度目の出会いを果たす。
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モジモジと手を忙しなく動かしながら、俺を伺う姿は同じ妹を持つ身としては奇妙な保護欲が湧く。このときばかりはシャーリーの気持ちが嫌というほどわかる。
「ユウマ・サガラだ。ユウマでいい」
右手を差し出すと、
「セシル・フォレスターです。宜しくお願いします」
セシルは、子供が見知らぬ玩具に手を伸ばすように、そろりそろりと握り返してくる。
「握手もしたし、自己紹介もした。お前と俺は今から数日間、背中を預ける仲間だ」
「はい」
頬にぽっと朱を注ぐセシル。でも、そこ照れるところじゃないぞ。相変わらず、強烈な女子力だ。女子だから仕方ないわけであるが。
「俺は少々、シャーリーと話しがある。そこの椅子にでも掛けててくれ。
終わり次第、呼びに行くからよ」
コクンと頷くとトタトタと小走りに椅子まで走っていくセシルを視界の隅に捉えながらも、再度受付まで行く。
「セシルを運搬人として雇いたいのは取りあえず四日間、その後はセシルの希望に従って更新の可否を決める。これでどうだ?」
「それは構いませんが……」
目をパチクリさせ、言葉に詰まるシャーリー。
「どうかしたか?」
「いえ、雇う側の冒険者に更新の可否が留保されるのが通常なので」
「嫌がる奴を無理矢理引き留めるほど酔狂じゃねえよ。俺は」
「そうではなく……いえ、何でもありません」
心底呆れた表情でゴホンと咳払いをすると、シャーリーは言葉を続ける。
「それでは組合の仲介手数料と運搬人の報酬四日間の合計一万八〇〇〇となりますが、よろしいでしょうか?」
「OK!」
金貨二枚をテーブルに置き、シャーリーから銀貨二枚を受けとる。
「それと紹介して欲しい超常者がいるんだが? 俺のレベルなら可能だろ?」
シャーリーのあのリアクション、確実に大騒動に発展する。あの客寄せパンダ状態は心底御免被る。ならば、先手必勝、超常者の勧誘が防げないなら、奴らが勧誘できない状況に持っていけばいい。
それに、目的の超常者なら、セシルの成長にも十二分に役に立つはずだ。
「私もそれをお伝えしようと思ったんですが、もう超常者様方のどなたかに勧誘されたのですか?」
若干、シャーリーの言動に棘がある。三週目でのレオンの説明では、組合を通さない契約は、禁止されてまではいないはずなのだが。
いずれにせよ、タイムリープで知りましたとは言えない。誤魔化すしかないのだ。
「いや。嗜好品の売却の際に、個人的に知り合っただけだ」
「超常者様方との直接の商取引は、できる限り控えるよう関係各所にはお願いしております。嗜好品等の売買は可能な限り、各ギルドの冒険者を通して行っていただきたく……」
なるほどな。違反した関係者に対する罰則はないが、組合としてはして欲しくはない。そういうことだろう。
「それは無理だ。そいつ、ギルドメンバーいないし……」
ピノア分館長のレオンに見せられた資料から、『セレーネ』とかいう超常者はメンバーが皆無の寂しい奴だと記憶している。
「は……?」
絶句するシャーリー。どうでいいが、そのリアクションは流石に相手に失礼だと思うぞ。
「俺が契約したいのは、セレーネとかいう超常者。メンバー数は調べればわかるだろ?」
「……」
「な、何だよ?」
「申し上げにくいのですが、セレーネ様は成長促進系の恩恵を持っていません」
「知ってるよ」
シャーリーから、まるで、雪山でビクフットに出くわしたかのような奇異な眼差しを向けられる。
「彼女を選ぶ理由を聞いてもよろしいですか?」
理由は単純に、奴の主人と眷属間のネットワークの能力が必要なだけだが、その有用性は俺の《小進化》の権能が前提となっているから話せない。誤魔化すしかあるまい。
「セレーネという超常者が気に入ったから。それでは理由にならねぇか?」
「ユウマさん、もしかして、女性の好みについて特殊な嗜好を持つ方ですか?」
エルフの受付嬢は、椅子にチョコンと行儀よく座るセシルをチラリと一瞥すると、哀れみのたっぷり含有した表情で、よりにもよってそんな意味不明でかつ、失礼なことを言いだしやがった。




