第65話 商業組合での商談
突っ込んだ話と言っても、案件自体多いわけではない。
まずは、スカウトの件だが、狂虎、蝮、梟、多門のおっさんの四人にだけ秘密裏に話を通してもらうことになった。報酬として、俺の《改良》を見せ、注文通りの武具は造ると言っておいたし、おそらく、問題なくスカウトできるんじゃなかろうか。
捜査本部内と志摩家のスパイの件及び奴らのアジト等は、一先ずは動かず一晩良い案を考えることで一致した。
最後に、堂島に念写をしてもらい、それらをPCにスキャンして取り込んで編集し、データとして各自持つことになる。ただし、人前では絶対ファイルを開かないことが条件だ。
流石に自身の殺害シーンはかなり堪えたのか、堂島はフラフラになっていた。それとは、対照的に徳之助の方は、動揺の欠片も見せなかった。やっぱ、こいつも普通じゃない。
徳之助と堂島が帰ったあと、異世界アースガルドでの活動の準備を開始する。
まっ、準備と言っても、布の袋に塩、胡椒、砂糖を入れ、醤油を一升瓶に入れ替えて、それらをリックに入れるだけ。
これらは、途中で寄ったディスカウントショップでしこたま買い込んで置いたのだ。
【覇者の扉】から《中央市場》の裏路地へ行き、大通りに出ると、猫娘に出くわす。
「よう」
「にゃ?」
俺が右手を上げると、キョトンと小首を傾げるアイラ。そういや、今はアイラとは初対面だったな。
「人違い、いや、猫違いだった。すまん、すまん」
頭をポン、ポンと掌で叩く。
「お前―、あたいを馬鹿にしてるニャ?」
俺の右手を振り払い、フウ~と威嚇の声を上げつつも、耳をピンと立てて尻尾の毛を逆立てる。
その台詞、前回も聞いた。アイラの奴、揶揄われる事に異常な拒否反応を示すようだな。まっ、その理由にも大方の検討はつくわけだが。
「阿呆、貶すほどお前を知りやしねぇよ」
構わず、頭をそっと撫で続ける。餓鬼の憤りを抑えるのはこれが一番効果的だ。
ようやく、俺に敵意がないと知り、目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らし始めるアイラ。こうしてみるとマジで猫だな。
背後から気配がしたので、肩越しに振り返ると、獣耳を生やした金髪の美丈夫――ウォルトが、目を大きく見開いて俺達を眺めていた。
「ほら、保護者が来たぞ。あんまウォルトを心配させんなよ」
「うにゃ? お前、ウォルトの知り合いかニャ?」
「さあな」
右手を上げてひらひらしつつも、アイラに背を向け、歩きだす。
俺の行く先は、当然商業組合。
組合の受付に五キロの塩、胡椒、砂糖の袋と、醤油一升瓶をドンッとカウンターに置き、受付嬢に商業組合の登録と売却の意思を告げる。
受付嬢は、三週目以上に見事な奇声を張り上げながら奥の部屋に転がり込んでいく。数分後、入れ替わるように商業組合ピノア分館の館長――ケビン・エンダースが姿を現し、味見をしたわけだが、三週目とは比較にならないほど余裕を消失していた。
壮絶に気色ばんだ顔のケビンに応接室まで案内され、商談が開始される。
「素晴らしい! この白色の甘味成分に、黒色の液体状の調味料は私も長く商売をしていますが初めてです!」
砂糖はともあれ、醤油は日本特有の調味料だしな。それは、食したことはないだろうよ。
「商業組合に入りたい。これらの全てを売却し、その売却代金の一部を入会金と年会費に充当しくれ。
できんだろ?」
「勿論でございます」
恵比須顔で即答するケビン。
「ユウマ様、それでですね――」
「わかってる。今後の取引の話だろう? もちろん受けさせてもらおう。
だが、俺は今とんでもなく急いでいる。具体的な交渉は後日にしてもらいたい」
三週目の当初と異なり、今の俺には《改良》がある。鑑定を用いて、この世界の貴重な品物を買い込み、《改良》を加えれば、より高度な武具や魔道具を獲得することができる。
俺には小雪の治療という目的がある。高度な武具や魔道具を得られれば、迷宮の攻略もしやすくなるし、その作成した魔道具で小雪の病態の進行を止める事すら可能かもしれない。
要するに、この世界の貨幣を得る必要性が今の俺にはあるんだ。
「それはもう、ユウマ様のお暇なときで結構でございます。直ちに、品質検査をさせていただきます」
ケビンは、並びの良い歯を白く輝かせ、商品の精査に取り掛かる。
結果、塩五キロが一〇〇万ルピ、胡椒五キロが四〇〇万ルピ、砂糖五キロはなんと二〇〇〇万ルピ、醤油一升瓶が三〇〇〇万ルピとなる。
登録料と年会費を充当した合計――五四七四万五〇〇〇ルピが俺の所持金となった。
商業組合幹部一同から、どこぞの貴族のような接待を受けながら、俺は商業組合を後にした。
おまけのような話でした。休憩のような感覚で読んでいただければと。




