第63話 方針決定
自宅に戻り、【エア】の登録をしてから、ソファーに寝転がる。
これからのことを考えたかったのだ。
まず、判明していること。
【一三事件】について。
第一に、構成メンバーについては、遂に俺は、五人までは目視した。
まず、フールと呼ばれる自称悪魔。こいつを倒すこと自体はさほど問題ない。
次が、黒髪の鬼畜女――ラヴァーズ。命を賭してようやく倒した。そんな相手。今の俺にとっては明らかに格上。
これは俺の勘に過ぎないが、他の、金色の長髪の野獣のような男――トレンクスと、刀を持った眼鏡の男――ヒエロファント、シンメトリーの黒髪の少年――ハーミットは、あの鬼畜女より圧倒的に強者だ。
どうにか戦闘として成り立ったのは、この三人が手を一切出さなかったから。仮に奴らに一斉に襲われていたら、一瞬で勝敗は決していた。
そして奴らが俺を襲わなかったのは、鬼畜女がその協力を拒絶したから。
ここで仮説だが、彼奴らは仲間だが、信頼や友情といった感情では動いていない気がする。もっとドライで、無関心。なら、そこに付け入る隙があるかもしれない。
【一三事件】の捜査本部と志摩家内のスパイについては、予想すらついていない。
第二に、奴らのアジト――工房と三枚の象形文字の映った写真の情報について。これらの情報を俺は記憶として有している。
これらは、俺の唯一ともいえる武器。ステータスが上昇したせいか、今ならまだはっきりとイメージとして想起し得る。
もっとも、ステータスの上昇により、いくら記憶力が増しても、時間が立てば曖昧になろう。早急に、堂島と連絡を取り、彼女の念写で固定化しておくべきだ。
第三、被害者について。
カリンの亡骸から一つの事実が導ける。
胸部が抉り取られていたこと。そしてそれは、第四の被害者――フィオーレ・メストと酷似している。
ここで第二の殺人――『糸人形』は胴体部が消失していたし、『赤箱』と『肉球』は細切れになって胸部が消失してかは判断できない事件だった。
十中八九、奴らは、被害者の胸部を必要としている。あの位置からすると心臓だろう。
理由は不明だが、共通点が判明したのは大きい。
今、判明している事実は、こんなところか。
次が俺の行動指針。
一つ目は警察の協力。
今回の事件の解決には、やはり、徳之助達の協力は必要だ。巻き込めば奴らを危険に晒すことは十分に理解している。でも、奴らがいなければ、そもそもシ―カーを要請できず、待っているのは確実なるカリンの死だ。それに手掛かりも堂島の念写がなければ固定化できない。今回は直ちに、連絡を取るべきだろ う。
二つ目が第四の被害者――フィオーレ・メストの保護。
フィーオレ・メストの死により、事態は急展開を迎える以上、この女を殺させるわけには断じていかない。ここでのキーマンは、長門だが……いや、今はまだいい。
三つ目は、異世界アースガルドでのレベル上げ。できれば、バイトに出ずにレベル上げに集中したいのが本心だ。そして《滅びの都》の第二の試練の攻略。これは目標として外せない。
四つ目はカリンとの関わり方だが、これは取りあえず保留でいい。
こんなところだろうか。
まず、俺がすべきは――。
堂島と徳之助の携帯の電話番号は万一に備えて暗記している。こういうとき、タイムリープは便利極まりない。
徳之助堂島に必要最低限の事項のみを伝え、府道駅前の『スターパック』に二人を呼び出した。
「君が電話の主かい?」
「そうだ」
徳之助は普段通り、飄々と振る舞ってはいるが、席に座りもしないし、堂島など拾われたばかりの野良猫のようにピリピリしている。二人ともかなり警戒していらっしゃる。
まあ、自分の携帯に正体不明の人物から直接事件のタレコミだ。何の疑念もなく信じる間抜けにそもそも用などないわけであるが。
「なぜ、僕らの電話番号や素性を知っているのか。『一三事件』と君の関連性。聞きたいことは山ほどあるわけだけど?」
「教えてやるさ。嫌っというほどな。取りあえず、場所を変えるぞ」
席を立ち、受付で会計を済ませると、路上でタクシーを拾い、俺の自宅まで向かう。
堂島あたりが、乗車に渋るかと思ったが、一応大人しくついて来た。
途中、府道最大ディスカウントショップに寄ってもらう。
「堂島さん。あんたには書いて欲しいものがある。ペンと紙、専用のじゃないと本調子がでないんだろ? ここならあんたの好みのペンと紙もあるはずだぜ」
「君、なぜ――」
「疑問はあとだ。詳しくは後で話す」
驚きで目を見張る堂島を、徳之助が視線で促す。
二人とも、良くも悪くも子供の悪戯の類ではないと確信したのか、それから一言も口を開かなかった。
タクシーを降り、山道を歩いて俺の自宅に向かう。
お馴染みの二階建ての建物。その玄関口の前に、今絶対にこの場にいてはいけない異物が混じっているのに気付き、思わず蹲って頭を抱える。
「あのど阿呆……」
「少年?」
突然の俺の奇行に、徳之助が躊躇いがちに声をかけてくる。
「み、美咲!?」
「嘘、六花?」
二人の驚愕の声が見事にマッチし、
「相良っ! なぜ、美咲と一緒にいる?」
怒髪天を衝く状態で、小さなお節介女は俺に詰め寄り、予想通りの疑問をぶつけてきた。
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堂島の俺への不信感や警戒心は見事に消失したが、反面、俺にとってこの上なく厄介なおまけがついてくる。
うかつだった。俺が授業中泣き出して、ぶっ倒れれば、生徒思いのこいつなら、きっと家庭訪問くらいするだろう。自分のことに一杯一杯でそんな当たり前のことも思い描けなかった。
「説明しろ!」
出したお茶にも一切口を付けず、俺を睨みつけてくる六花。入学したての中学生のような外観ですごまれても全く怖くはないが、話が進まないのは困りものだ。大体、六花、お前、さっきからそれしか口にしてないよな?
「帰れ! 以上!」
俺の言葉に、憤慨の度合い強める六花。
「六花、私もお前の領分を超えていると思う」
「そうだ。ガキは帰れ!」
「ガ、ガキィ!?」
俺と堂島の拒絶の言葉に、六花は終に地団駄を踏み始めた。今のお前、マジで小学生にしか見えんぞ。
「まあ、まあ、そう頭ごなしに拒絶しない。僕ら、お兄ちゃん達と大事な話があるから、今日の所はおうちに帰りなよ。後で僕から、君に連絡するように伝えておくからさ」
事情を全く把握していない徳之助の当然の台詞に、堂島が俯き気味に口元を押さえて身体を震わせていた。気持ちは痛いほどわかるが、逆効果だぞ。それ……。
案の定、顔から全感情を消して、すっと立ち上がる立花。
「私は……」
「どうしたの?」
大きく肺に空気を入れる六花。俺と堂島は両耳に掌を当てる。
「私は――二四だぁ!!」
優しそうに微笑む徳之助の耳元で、音が爆発し、リビングの硝子を震わせる。
その小さい身体でよくもまあこんな馬鹿でかい声を出せるもんだ。
「ど、どういうこと?」
眼前で仁王立ちする六花に、未だ嘗てないほど動揺した徳之助が俺達に尋ねてくる。
「管理官、六花は一応、二四歳です」
堂島の言葉に徳之助の顎があり得ないほど開き、六花をマジマジと凝視する。
にしても、一応二四歳ね。堂島も、六花を保護対象として見ているのは俺と共通らしい。
「六花、お前には無関係なことなんだ。だから、今日は帰れ」
「話してくれないなら、相良にずっとついていくぞ」
「はぁ? お前、何、子供じみたこと言ってんだ?」
「私は教師だ。生徒を守る義務がある」
だからさ、本事件は教師が踏み込む領域を超えていると、再三堂島はそう言ってんじゃねぇか。
しかし、参ったな。ここまで意固地になっている六花を説き伏せるのは至難の業だ。仮に俺達が力ずくで六花をこの家から追い出しても、きっと前の様に追ってくる。そして無茶をして、己の身を危険に晒し、あっけなく命を落とす。
堂島に視線を向けると、苦虫を噛み潰したような顔で首を左右に振る。堂島も俺と同意見か。こいつも、六花に散々過去に振り回された口だろう。
「話すよ。でも約束しろ、絶対に無茶はしねぇと」
「わかった……」
いつもの様に頭を撫でつつ諭していたが、六花は頬を紅潮して俯くだけで、普段のような拒絶の言葉をぶつけてくることはなかった。
「ふ~ん、六花、あなたもしかして……」
堂島は、思い立ったように六花に向けて微笑むとその耳元で囁く。六花は赤い顔をさらに真っ赤に染めながら、首をブンブン振って必死に否定していた。何やってんだ、こいつら……。
「おふざけは終わりだ。本題に入るぞ」
俺の言葉に、徳之助、堂島の顔が水をかけられたようにキュッと引き締まる。六花も姿勢を正して、俺の言葉に耳を傾けてきた。
そして、俺は話し始める。未来に経験した絶望という名の物語を!




