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第62話 臨時集中実習


 美夜子に連れられて、第一闘技場実技場(アリーナ)に足を運ぶ。

 生徒が入るのが許可されるのは、一三時三〇分からであり、俺達の他は、人っ子一人いない。

 ただ、その『俺達』の定義がかなり怪しいわけであるが。


「この観客、聞いちゃいねぇぞ?」


 観客席の最前列に座す三人に視線を向けて口を開く。


「でしょうね。だって、言ってないもん」


 腰に両手を当てて得意げに宣言する若菜。この女マジで殴りたい!

 それにしても、そうそうたる面子だよな。

 三人の中心にいる黒色短髪の大男が、体育連合会の会長――八神吹雪(やがみふぶき)。二メートルを優に超える巨体に、ワイルドな容姿、とても八神徳之助警視正と同じ遺伝子を受け継いでいるとは思えない。学年ランキング二位であり、武帝高校トップ3の一人。

 二人目が、制服の大きく開けた胸元に光る金色のネックレス、茶髪に色眼鏡。烏丸烈(からすまれつ)、文化系にはとても見えないが、これでも文化連合会会長だ。学年ランキング三位であり、こいつもトップ3の一人だ。

 最後の釣り目気味の赤髪ボブカットの美女が、天津祀(あまつまつり)、風紀委員長であり、美夜子の親友。

 学内ランキング上位が勢ぞろいなわけだが、その理由は、保健室に美夜子がいた理由に関係するのはほぼ確実。試合後、説明すると言ってたし、直ぐにわかるだろ。

 一礼すると美夜子も観客席へ行き、奴らの隣の席に座る。



 待つこと、五分。競技場に一人の人物が現れる。

 美夜子が勢いよく立ち上がり、他の三人からも驚きの声が上がる。それもその筈だ。俺の対戦相手、そもそも生徒ではなく、教師。現役のサーチャーだったから。

 この筋骨隆々のスポーツ刈りのおっさんは、戦術教官――石櫃(いしびつ)。石櫃家は朝霧家の分家筋。理由は不明だが、実習の度、俺は石櫃に必要以上にいびられてきた。そんな凡そ、教官としては失格のクズだが、当然のごとく、腐ってもCランクのサーチャー。実力は生徒とは比較にならない。そんなことくらい若菜も十二分に把握しているはずなのだが。


「今から臨時集中実習を始める」

「ルールは?」


 当然の疑問に、石櫃が額に太い青筋を張らせながらも、俺に右手を突き出し、


「相良、今若菜さんが説明中だぞ。黙ってろ!」


 いつもの様に怒鳴りつけてくる。

 若菜と言えば、石櫃に名前を呼ばれたのがよほど不快なのか、不機嫌そうに顔を顰めていた。相変わらず、勝手な奴。

 

「石櫃教官と二〇分間、戦ってもらう。気絶か降参したら即終了。もちろん教官には手加減をしてもらうけど、実戦に限りなく近いと思ってちょうだい」


 ああ、そういうことか。要するに、二〇分間で俺がどこまで戦えるかを見て若菜が評価する。

そして、若菜のこの薄気味の悪い笑みから察するに、奴は俺が途中で気絶すると確信している。俺が今急いでいると知り、嫌がらせでも思いついたか。

 どういうわけか、昔から、若菜は俺の嫌がることに労力を惜しまない。そんな歪んだ性格だから、まともな男など寄り付くはずもない。未だに恋人の一人もいないようだが、自業自得といえよう。


「早く始めんぞ」


 でもこれはかえって都合がよい。今の俺でもCランクのサーチャーに遅れなど取らない。そんな甘っちょろい世界で俺は生きちゃいないから。


 俺達が円武台の所定の位置につくと、若菜が右腕を上げる。

 俺をいたぶれることに快感でも覚えているのか、嫌らしい笑みを浮かべる石櫃。こいつ絶対、教官の適正に欠いている。


「それでは始め」


 若菜が腕を振り下ろすと同時に、地面を蹴りあげ、石櫃との距離を喰らいつくす。

 懐に入った俺は、ピクリとも反応できない奴の眉間を中指で軽く弾く。

 ドスンッとまるでダンプカーと正面衝突したかのように、石櫃は後方に吹き飛び、地面を数回バウンドすると、臀部を上げた状態で停止した。

 よし、まだ、一分と経ってない。これなら一二時二〇分には学校を出れる。

 腕を振り下ろした状態で固まったままの若菜に向けて咳払いをする。


「しょ、勝者、相良悠真」


 若菜の震え声での勝利宣言。


「若菜、俺はあいつ等と話をしてから、そのまま下校する。この後の俺の臨時集中実習の処理を頼む」

「ええ……」


 放心状態で機械的に頷く若菜をおいて、俺は美夜子達のいる観客席へと足を運ぶ。


                ◆

               ◆

               ◆


「相良悠真は、我ら体育連にこそ必要な人材」

「ざけんな、相良悠真は部活に入ってねぇだろ? そもそも、体育連に入る資格要件を満たさねぇはずだ! そいつは俺達がもらう」


 八神吹雪(やがみふぶき)の言葉に烏丸烈(からすまれつ)が俺を指さしながらも烈火のごとく、反発する。


「それをいうならお前ら文化連も同じだろう?」


一応口調は穏やかではあったが、吹雪の目は全く笑っていない。


「半年の継続入部の条件があるてめえらと違って、俺達、文化連は文化系の部活に入ってさえいればいい。今からどこかに入部させれば何の問題もねぇよ!」

「その条件は、単なる慣例にすぎん。別に学校規則に規定されているものではない。従って条件はお前ら文化連と同じだ」

「いや、違うね。慣例を破れるだけの柔軟性がお前ら石頭共にあるものかよ」


 明らかに険悪となった場に投げ入れられたのは、鎮めるための消火剤ではなく、ガソリンだった。


「あんたらが、相良悠真を欲しいのは、文武試合で勝利し、予算を得たいだけだろ?」


 天津祀(あまつまつり)の言葉で、二人の意図に予測がついた。

 この武帝高校は、サーチャー育成所。強さは必要最低条件。それは体育会系だろうが、文化系だろうが変わりはしない。

 体育会系部活はスキル中心の鍛錬を、文化系部活は魔術中心の鍛錬を行う学生達でつくる小規模組織。そのように理解しておけばほぼ間違いない。このように、両者とも普通の高校の体育会系、文化系とは一線を画しているのだ。

 そして、両者の予算は毎年二月に行われる文武試合で勝利したものが六割、敗者が四割得る事になっている。この文武試合とは、幾つかの競技でのガチンコの組織戦。各競技とも一定の強さが必要であることは当然の前提となっている。

 予算の規模は通常のレベルでは考えられない規模であるらしいし、両者が強者を得たいのは十分理解できる。

 そう思ったわけだが――。


「予算の問題ではない。我らの誇りの問題なのだ!」

「おおよ。俺も同じだ。相良悠真を俺達にくれるなら、例え俺達が勝利しても、予算は四割で構わねぇよ」

「たわけた事を! それは私の台詞だ!」


 要するに、予算獲得の目的ですらなく面子の問題だと。平和な奴らだ。まっ、こういう奴ら、嫌いではないのも事実だが。


「いずれにせよ、文武試合でしか役に立てられないよな? 

 そこんとこ、うちらは、あんたらのような単細胞取り締まりのための人材が不足している。相良悠真が風紀委員に入れば、くだらない揉め事は軒並みなくなりそうだしさぁ」

「自身が弱い事を棚に上げんなよ。いくら綺麗事いっても、俺達は強くてなんぼだぜ?」


 烏丸烈(からすまれつ)が、すかさず反論し、


「同感だ」


 八神吹雪やがみふぶきがそれに同意する。

 まさに、息ぴったりだ。何気にこいつら気が合うんじゃなかろうか。


「あんたら……」


 吹雪と烈に射殺すような視線を向ける天津祀(あまつまつり)

 この不毛な論争は何だ? 悪いが俺は当分、よほどのメリットがない限り、どこの組織にも加わる気はない。行動を制限されるなど真っ平だし、何より性に合わない。


「あのな――」


 口をひらくが、美夜子によって遮られる。


「みんな、今回集まった目的忘れたの?」


 美夜子の言葉に、三人とも気まずそうな顔で口を噤む。流石、現生徒会長ってところか。

 

「率直に聞きます。最後の枠は、相良君で皆、異論はないわね?」


 美夜子の意味不明な問いかけに、無言で頷く三人。

 枠? また面倒事の匂いがプンプンするな。とても五分やそこらで済む話とも到底思えないぞ。


「相良君――」

「悪いが、何度も言っているように俺は今猛烈に忙しい。話を聞けるのは五分がせいぜいだ。それに、この状況で余計なことに頭を使いたくもない。だから、来週の月曜にゆっくり話を聞く。それじゃあ、駄目か?」


 美夜子が困惑気味に三人を見渡し、意見を求める。


「頼むのは俺達だろ。それで構わねぇんじゃねぇか? 大体、まだ期間あんだろ?」

 

 烈が腕を組みつつ、即答する。


「阿呆の言葉に、今回ばかりは同意する。あの実力なら、調整など必要あるまい」

「なんでそんなに急いでるのか聞きたいところではあるけど、うちも同意」


 吹雪に続けて、祀も同意し、美夜子は軽く頷くと俺に向き直る。


「相良君、では来週の月曜日に生徒会室まで来てください。その際に詳しく説明します」

「わかった」


 俺は美夜子達に背を向ける。

 これは二度死んで自然に理解したことだ。一一月六日の日曜日。この日にどうやっても『一三事件』の容疑者共はカリンの殺害に動かく。まさに、俺にとって鬼門の日。この日曜日を無事切り抜ければ、次の日の午前九時にはシーカーが護衛として到着する。

 そうなれば学校にも通えるし、この退屈だが何気ない日常に戻れる。そんな気がするんだ。





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