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第61話 最後の始まり

一一月二日(水)


「相良!」


混濁する意識の中、俺は椅子から勢いよく立ち上がっていた。

嫌っというほど見覚えのある風景。人の死など縁のない少し前まで俺がいたはずの日常。


「戻って来たのか……」


まるで、サウナに入ったかのような凄まじい熱感とハンマーで殴りつけられたかのような頭痛、そして、地面と天井が逆転するくらいの眩暈に、倒れ込みそうになるも、小さな腕により、支えられる。


「大丈夫か?」


 俺を支えながら、愁眉を開いて見上げる幼い顔。その俺を労わる表情が、俺の体感時間として目にしたばかりの姿と重なり、不覚にも涙が込み上げてくる。

 

「六花、俺は失敗したよ」

「へ? お前、何言って――」


 一度言葉にすると、抑えることなど不可能だった。

どうしょうもない悲しみと悔しさ、そして徳之助達どころか、大事な女一人救えない自分自身の無力さが込み上げてきて、気が付くと、俺は六花を抱きしめていた。


「さ、相良?」


 身体に伝わる温かい波動の感触。冷やかしの歓声と壮絶なブーイング。

 六花はホオズキの様に耳たぶまで顔を真っ赤にしてバタバタともがいていたが、俺の顔を視界に入れ、目を見開く。


「お前、すごい熱だぞ!」


 六花の声を子守歌、視界がさらにぼやけ、俺の瞼はゆっくりと閉じていく

 

                ◆

               ◆

               ◆


 嗅覚を刺激する独特の薬品の匂いに顔を顰めて起き上がると、そこは過去に幾度となく運び込まれた保健室のベッドの上だった。

 頭はいつも以上にすっきりしているし、怠さも綺麗さっぱり消失している。おそらく、レベル上昇の反動が一気に来てぶっ倒れたんだろう。


(カリン……)


 あの絶望の世界は、俺のもう一つの可能性であり、真実だ。その世界で生きるカリンを俺は助けられなかった。カリンが死んだ。その事実は変わらないんだ。

 あいつは最後の瞬間まで俺を信じてくれた。あの外道共に自分を守ってくれる人達が一人一人、殺されながら、それでも俺が現れるのを待ってくれていた。なのに……俺はカリンの最後すら看取ってやれなかった。

 胸が張り裂け潰れそうな悲しみに、遂に耐えらなくなり、ベッドの上で蹲る。俺は胸を押さえながら、この激情が過ぎ去るのを待ち続けた。



ようやく、感情の制御がつくようになり、上半身を倒し、ベッドに仰向けになる。


(俺、本当にカリンを守り切れんのか?)


 今の俺に渦巻くのはこの自問だけだった。

 もう、ロードは打ち止め。二度とやり直しはできない。どの道、カリンの死に立ち会うなど二度と御免だから、それはいい。

 でも、レベル8の俺ですらあの黒髪糞女をどうにか倒せるかのレベルだ。より正確にいえば、奴の戦闘技術が拙く、かつ、俺を舐めきっていたからこそ、捨て身の攻撃をなし得たに過ぎない。真っ向から衝突していれば、敗北は必死だった。

 さらに最悪な事は他の三人の実力はあの赤髪女とは桁が違うということ。おまけに、ボスらしきものもいるらしい。止めは、志摩家と警察の捜査本部のスパイは特定すらできていない。

 俺は徳之助を始めとする警察に任せていれば何とかると考えていた。しかし、それだけでは足りない。足りないんだ。奴らに対抗できる仲間が欲しい。一人、一人が奴らとガチンコとやり合えるほどの。

 だが、そんな都合の良い人材がいれば、他の組織は放ってはおかないだろうし、徳之助達がとっくの昔にスカウトしているはず。

 強くなり、徳之助をはじめとする警察の協力を得て、ようやく『一三事件』の容疑者の一人を潰し、奴らの喉笛に手が届きかかったと思った矢先に、まるでちゃぶ台返しのように全て簡単にひっくり返されてしまう。

 解決すべき問題は山済みであり、一方、その方法がことごとく俺には糸口すらも思いつかない。まさに絶望的な状況ってやつだ。

 兎も角、ここにいても碌な考えが浮かばない。一度、落ち着ける場所に行って考えよう。


 上履きを履いて起き上がり、カーテンを開けると二人の女が椅子に座っていた。

 一人は、朝霧若菜(あさぎりわかな)。こいつは、一応保健医だ。別にいても不自然ではない。異常なのは、普段保健室など来そうもないこの女、現生徒会長――神楽木美夜子(かぐらぎみやこ)


 こいつら武帝高校の役員連中が、一般の実習程度で怪我するなど想像しにくいが、まあ、こいつらと俺は一生深く関わることもない。とっとと用を済ませることにする。


「体調悪いんで、今日は早退したいんだが?」

「でも、もう、どこも悪くないでしょ?」


 若菜の奴、やけに断定気味だが、今の俺の状態を知ってんのか? 流石にタイムリープの事実を知っているとまでは思えないが、俺の気絶をレベルアップの際の活動不能くらいには理解してそうだ。

もう間違いあるまい。此奴には鑑定の能力がある。問題はその鑑定の精度がどの程度かだ。

 直ちに話を終わらせよう。正直くだらない駆け引きはもううんざりなんでね。


「若菜、あんた俺のレベル、知ってんのか?」


 俺の疑問に、神楽木美夜子(かぐらぎみやこ)が顔から微笑を消す一方、若菜は逆に表情を緩める。


「どうだと思う?」

 

 背後から、俺の首に手を回してくる若菜。背中に当たる柔らかな感触に、こいつの悪癖が出た事を俺は理解した。若菜の奴を押しのけると、立ち上がる。


「話す気がねぇなら、俺は帰らせてもらう。減点でも勝手にしてくれ」


 今日の模擬試験の棄権と欠席は違う。理由なく欠席すれば、少なからず減点くらいされる。そうなれば、俺は即退学。

 だが、かかっているのはカリンの命。一分一秒、僅かでも時間が惜しい。若菜の悪質な癖が出たなら、午後中、付き合わされることにもなりかねない。いや、きっとそうなる。俺にとって何のメリットもない事項に、莫大な時間を浪費するつもりは今の俺にはない。

 それに、三週目での徳之助の言が真実なら、他の組織に俺の力すら示せれば小雪の治療は可能となる。もはや、武帝高校だけが、唯一の手段ではないのだ。


「漠然……」

「ああ?」

「私の能力は不完全なの。正確な値がわかるのはレベル2まで。つまり――」

「レベル3以上の者の強さは実際の戦闘を見ないとわからない。そういうことか?」

「そう。残念ながらね」


 若菜は両肩を上げて、さも残念そうに答える。


「それで結局、先生の分析の結果はどうなんですか?」


 美夜子が身を乗り出し、俺達の話しに割って入ってくる。


「私には相良の値がわからなかった」


「レ、レベル3!?」


 驚きと嬉しさが半々の顔で、勢いよく椅子から立ち上がる美夜子。

 俺の眼前でステータスを尋ねたこともそうだが、彼女の一連の態度から察するに、美夜子には強者を集める理由があるらしい。そして、若菜が関与していることを加えると、一つの結論しか出てこない。即ち、武帝高校の運営事項。

 兎も角、これで、奴の鑑定の精度が低いことが判明した。レベル2までしか鑑定できないなら、何もわからないと同じだ。若菜は朝霧家だが、過剰な警戒までしなくても、重大な問題は生じまい。

 ならもう、こいつらに用はない。帰ってこの数日間の作戦を練りたい。


「話なら後でやれ。俺は帰らせてもらう」

「ちょっと待って、話しだけでも聞いて!」


 美夜子が俺の腕にしがみ付いて来る。


「断る。俺は暇じゃない」


 武帝高校の運営事項? 所詮、命の危険などない温い世界だろ? 崖っぷちな状況にないこいつらと俺は時間の感覚も違うし、危機感が違う。時間を割いて話してもお互い不愉快な思いをするだけだ。


「時間がないなら、今から闘技場で私が指示する人物と戦いなさい。時間はとらせないわ。そうね、二〇分、その後、一〇分だけ彼らと話す時間さえもらえれば十分。

 臨時集中実習として処理するつもりだから、そもそも欠席にはならないし、多少の加点もつく。これでどう?」


 俺は、後少しでも減点されれば、即退学。三〇分で実習を終わらせられるなら、現在一一時五五分だから、移動時間をかんがみても、一二時四〇分くらいには帰れる。そのくらいの浪費なら、睡眠時間を削れば済む。

 それに、加点もつくなら俺にとってもプラスになるし、今回、徳之助から三週目と同じ提案をされる保証もない。小雪の治療のための道は、できる限り多く残しておきたい。


「わかった。だが、やるなら直ぐだ。一二時五〇分となったら、俺は帰らせてもらう」

「了解」


 空気を吐き出す美夜子。

 強者を得たい理由か。俺にとって面倒ごとが招来するのはほぼ確実だろうが、今は背に腹は代えられない。

 若菜は悪質な笑みを浮かべ、保健室を退出する。

こいつがこの手の表情をするときは、大抵新しい玩具(おもちゃ)を得たときだ。無論、玩具は俺だろうが。




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